第6話 明朝地に立つ六牙将

 重松は風歌を見下ろしながら薙刀を構えた。

 朝日が隠れるほどの巨体は、見ているだけでも押し潰されそうである。

 しかし風歌は臆することなく、腰を落として地を蹴った。


 低い姿勢を維持したまま忍者刀を引き抜き、馬の足元を狙って刀を振るう。

 薙刀の面の部分でその攻撃を防いだ重松は、刀を弾いて薙刀を高く掲げた。


 風歌は高い位置から放たれる攻撃を受け流すと、持ち上げられた馬の前脚を見て横方向へ体重を乗せる。

 直後。馬が前脚を下ろす勢いを使って、重松は叩きつけるような縦一閃を放った。


 「ッ!」


 風歌は横方向に転がることで直撃を回避した後、アスファルトを蹴って突進する。

 二合打ち合ったのち、重松の薙ぎ払いを宙返りで回避した。


 それに合わせて後方へ下がった重松が、馬上で薙刀を大きく振りかぶる。

 再度突進しようと踏み出していた風歌の足は、放電しているかの如き重松の覇気に急停止した。

 全力で踵に力を込め、今来た方向へと回避行動を取る。


 「むうぅんっっっ!!!」


 力強い掛け声と共に、重松が全力で薙刀を振った。

 空気が裂けたかと錯覚するほどの威力によって突風が巻き起こり、近くに立っていた自販機や放置自転車達がガタガタと震えを起こす。

 風歌はギリギリ直撃を避けたにも関わらず、頬に一筋の朱が走った。


 あまりの風圧に鎌鼬かまいたちが発生し、風歌の頬を浅く裂いたのである。


 「どおっ!!!」


 重松の攻撃はたった一度だけではない。

 再び、彼は薙刀を振り上げていた。


 「くっ!」


 2度目は避けられないと判断した風歌は忍者刀を構え、襲い来る薙刀を受け止める。

 金属同士がかち合う甲高く重い音に加えて、忍者刀から削れるような粗い音が漏れ出ていた。


 と、次の瞬間。

 忍者刀はクッキーのように容易くへし折れ、刃先が宙を舞った。

 重松の圧倒的なパワーによる斬撃に、刀が耐えきれなかったのである。


 「なぁっ!?」


 折れる寸前に気付いて回避に移っていたため、薙刀の直撃は免れた。

 しかし薙刀に気を取られていた風歌の脇腹へ、馬の蹴りが突き刺さる。


 「う"っ……!」


 ばん馬による、人間のものとは桁違いの威力を持った蹴りを受けた風歌は、体をくの字に曲げて後方まで吹き飛んだ。

 水切りの平石の如くアスファルトを数度跳ねた後、地面にごろりと横たわる。


 「ぐぅっ……ごほっ!」


 腹に風穴が開いたかのような重い痛み。息を吸うたびにずきりと電流が走り、こみあがる吐き気に負けそうだ。

 それでも重松は容赦することなく、手綱を引いて風歌に突進を仕掛ける。


 

 その時、アスファルトを引きずる甲高いゴムの音が鳴り響いた。

 

 「!?」


 背後を振り返った重松の視界に映ったのは、物凄い速度でこちらへ直進する白いミニバンの姿。

 馬を操って直撃を避けた重松の隣を通り過ぎ、ミニバンは急ブレーキをかけながら車体を横に向けて停止する。

 倒れる風歌の前に合わせた扉が勢いよく開き、中から伸びた手が彼女の襟を掴んで車内へ引きずり込んだ。

 再びタイヤが回転し、煙を噴いて走り始める。



 

 朦朧としていた意識が戻り始め、横たわっていた風歌は柔らかい感触に気が付いた。

 頭を動かすと、それが女性の太腿ふとももであることに気が付く。

 太腿の主である女性は風歌と目が合うと、母親のような微笑みを見せた。


 「まさか『辻斬り太刀花』を拾うなんてね~」


 そう口にした彼女の名は白木しらき 紗也さや

 『夜叉猫やしゃねこ』の通り名を持つ、風歌と同じ危険度『A』の極悪犯罪者である。


 沙也の太腿に頭を乗せた状態の風歌は、伸ばそうとした足が当たった事で、隣の座席にもう一人の人物が座っていたことに気が付く。

 首を僅かに持ち上げて睨みつけると、そこにはサングラスに金色のネックレスをつけた、ストリート感をプンプンとかもし出している怪しげな男が座っていた。


 「せまい」


 しかし、風歌はその男の正体など一切興味は無い。

 足を快適に伸ばすため、スニーカーで男の頬を何度か軽く蹴り座席の端まで追いやった。


 「図太い子だ……」

 

 頬に風歌のスニーカーが食い込んだ状態のまま、サングラスの男は困ったように軽く笑う。

 2人がそんなやり取りをしている中、バックドアガラスを振り返った沙也が驚愕の声を上げた。


 「ケンちゃん! 『薙ぎ赤鬼』が……ついてきてるよ」

 「マジ!?」

 

 『ケンちゃん』と呼ばれたサングラスの男も、沙也と同じくバックドアガラスを振り返って後ろの景色を見る。


 「逃がすかぁっ!」

 

 硬いひづめでアスファルトを蹴りながら、重松の馬がミニバンの後を追っていた。

 運転手がアクセルを全開に踏んでいるにも関わらず、馬は数メートル後ろを引き離されずについてきている。

 凄まじい走力だ。


 馬上の重松が薙刀を高く持ち上げ、柄を強く握って構えた。

 次の瞬間。その剛腕をもって薙刀を横一文字に振り抜く。


 「「────ッ!?」」


 金属のひしゃげる甲高い音が耳を突き刺し、車体が大きく揺れた。

 重松の薙刀はミニバンの後部を裂き、巨大な斬れ痕を作り出したのである。

 言い換えれば、薙刀の届く距離まで迫られているということを表していた。


 「車を壊されちまったら困る……! ここは一丁、この健太郎サマが相手してやるよ!」


 頬に乗っかかったままだった風歌の足をどけ、『ケンちゃん』こと健太郎が座席の窓を開ける。

 足元に置いていた箱を手に取った後、窓から身を乗り出して『何か』をばら撒いた。


 「そぉら、喰らえ!」


 ばら撒かれたのは大量の黒い塊。目を凝らしてよく見ると、先の細い三角錐の形をしている。

 いわゆる、『撒菱まきびし』だ。


「小賢しい真似を」

 

 撒菱を見た重松は手綱を引いて一瞬だけ止まったものの、すぐさま薙刀を持ち上げて強く振るった。

 薙刀によって押し出された空気の圧が前方を襲い、撒菱たちは紙のようにあっさりと吹き飛んでいく。

 飛んできた撒菱がミニバンに突き刺さり、後ろの扉はハチの巣状態となってしまった。


「おいおい、バケモンかよ!」

「『六牙将』に常識が通じないのは理解していたけど、一振りで撒菱を掃除するなんて……!」


 頭を低く下げながら、重松の超人じみた力に2人は驚嘆する。


 「ったく、コイツは高くつくってのに……」

 

 健太郎はサングラスを持ち上げてため息を吐いた後、次なる『武器』を用意した。

 再び窓から上半身を乗り出し、追ってくる重松と対峙する。

 

 「!」


 重松が見たものは、成人男性である健太郎が肩に担ぐほどの大きさをした筒だった。

 そしてその先端には、流線形の塊が取り付けられてある。

 

 小型噴進砲ロケットランチャーだ。


 健太郎がトリガーを引き、先端部分の砲弾が煙を吐いて一直線に飛んでいく。

 構えられた薙刀の、広い面の部分に触れた途端。激しい閃光が辺りを包み、黒煙と爆炎が弾けて空気を揺らした。


 「ヒュー! 最高だな!」


 黒煙の中から重松が出てこない事を確認した健太郎は笑みを見せ、車内に体を戻して窓を閉める。

 自身を押し出そうとする風歌の足を受け流して、膝に置くことで落ち着かせた。


 重松は追ってきていない。

 運転手がハンドルを切って角を曲がると、ひとまず逃亡の成功を喜んだ。


 車通りの多くなってきた車道をのんびり走行する中、体調がましになってきた風歌が口を開く。


 「これ、どこに行ってるの?」


 待ってましたと言わんばかりに口の端を持ち上げ、健太郎が質問に答えた。

 

「俺たちの本拠地だ。六牙将が出てくる相手となると相当だろうとは思ってたが、相手が『辻斬り太刀花』だったなんてねぇ」

「ずっとあなたを探してたらしいわよ?」

「私を?」


 バンが大通りから外れ、たまに対向車とすれ違う程度の静かさになる。

 沙也の補足に二度頷き、健太郎がその理由を語った。


「『黒鷲一派くろわしいっぱ』に、今度こそ手を貸してもらおうと思ってな」


 健太郎が発したその単語を聞いた途端、風歌の表情が不機嫌に染まる。

 当然だ。風歌は以前にも何度か、この『黒鷲一派』への勧誘を断っているのだから。

 

「忍者の仲間になんかならない、って言ったでしょ? 脱獄も、別に頼んだわけじゃないし」

「ああ分かってる。『辻斬り太刀花』が恩義を感じるような人間じゃあないことくらい、先の勧誘でよく知ってるぜ」


 『黒鷲一派』は、忍者の集団……言い換えると、街に潜む犯罪者の集団だ。

 毎日のように暗殺や強盗の話が訪れ、四六時中盗みの事を考えているような連中である。

 

 風歌はただ平穏な日常を送りたいだけ。

 そんな闇の社会に生きる気はないし、何より集団の中で活動するということが大嫌いだ。

 集団での活動は自我が制限されてしまう。自由に生きたい風歌にとって、何かに縛られることは耐え難い苦痛なのである。


 だが健太郎はそんな風歌の思考を理解した上で、再度の勧誘を行ったのだ。

 彼女が必ず食いつくであろう、たった一つの情報を引っ提げて。


「……『椿骸つばきむくろ』がどこにあるかを知ってる」

「!」


 不機嫌だった風歌の表情が再び変化した。

 眉を跳ね上げ、目を大きく見開いて硬直する。


 それもそのはず。

 『椿骸』は数少ない大業物の名刀――。


 そして、風歌がかつて握っていた愛刀なのだ。

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