第42話 子供の頃のエルナ



「おはようございます! お父様!!」


 エルナがまだ子供の頃。

 近衛騎士になる前。

 その頃からエルナは早起きだった。

 勇爵家の後を継ぐ者として、当然ではあるが、修行にも前向きだった。

 ただ、そんなエルナにも気持ちが入る日と入らない日があった。

 子供なのだからしょうがない。

 自分もそうだったと勇爵は思っていた。

 しかし、エルナは気持ちが入らない日でもちゃんと修行をしていた。

 逆に、気持ちが入っている日は修行を早く終わらせようとしていた。

 理由は、修行後に遊びたいからだ。


「今日は元気だな。城に行くのかい?」

「はい!」


 元気に返事をするエルナに対して、勇爵は苦笑する。

 城にはエルナの遊び相手がいる。

 いつも遊ぶのは無理だが、修行を終わらせれば自由時間。

 今日は絶対に遊ぶのだ、という決意に満ちている。

 だから勇爵は告げた。


「騎士を三人抜きしたら許可しよう」

「はい!!」


 勇爵家の騎士たちはそこらの騎士とはわけが違う。

 精鋭中の精鋭だ。

 子供に負けるのはありえない。

 しかし、エルナとて普通の子供ではない。

 ましてや気合が入っている。

 少々、厳しいか? くらいのラインでの提案だった。

 少し前に三人抜きをやらせて、三人目で苦戦していた。

 どれだけ剣技に優れていようと、子供は子供。

 体力が追い付かないのだ。

 今日は果たして、どうなるだろうか。

 そんな風に勇爵はエルナの成長を楽しみに見守っていたのだった。




■■■




 お昼の鐘が鳴った。

 それと同時にエルナは勢いよく屋敷を出発していった。

 それを見送りながら、勇爵はチラリと横を見る。


「まさか手加減でもしたのか?」

「とんでもない……本気でした」


 かわいい娘のために騎士たちが手を抜いた。

 その可能性を疑った勇爵だったが、騎士の言葉に嘘はなかった。

 そうなると可能性は一つ。


「あっさり三人抜きできるようになるとは……次からは五人抜きだな」


 エルナが成長したのだ。

 もしくは気合が入っていたからか。

 どっちにしろ、やろうと思えば三人抜きができるのだ。

 子供の成長は恐ろしい。


「やれやれ、セバス。ミツバ様にエルナを頼みますとお伝えしておいてくれ」

「かしこまりました」


 音もなく現れた執事は、しっかりと頭を下げて、また音もなく消えていく。

 迷惑をかけなければいいが。

 そんなことを思いながら、勇爵は苦笑するのだった。

 勇爵家を継いだ自分が、普通の子供を持つ親のような心配をすることになるのが、おかしかったのだ。




■■■




「――とのことです」

「まめね、勇爵は」


 セバスからの報告を受けたミツバは苦笑しながら、手際よく紅茶を淹れる。

 自分の分と、もう一つ。

 お菓子もセットだ。

 すると。


「ミツバ様! アルがいません!!」

「いらっしゃい、エルナ。少し休んでいきなさいな」


 エルナにお茶を出しながら、ミツバは笑う。

 今すぐにでも探しにいきたいエルナだが、ミツバの誘いは断れない。

 大人しく、椅子に座り、紅茶を飲む。


「ミツバ様、アルを知りませんか?」

「今日はどんな予定だったのかしら?」

「今日は街で見かけた古びた屋敷の調査をするんです! 誰も使ってない屋敷なのに、声が聞こえるらしくて!」

「あら? 面白そうね?」

「そうですよね! それなのにアルが……」

「今日も稽古を早く終わらせてきたのよね?」

「はい! 騎士を三人抜きしてきました!」

「エルナはすごいわねぇ」


 エルナの頭を撫でて褒めつつ、ミツバは少し声を張る。

 部屋の隅にいる者へ声を届けるためだ。


「だ、そうだけど? 今日はどうするの? アル」

「ちょっ!? 母上!?」

「あ!! アル!!」


 部屋の隅に隠れていたアルを見つけたエルナは、すぐさまアルを捕らえると、そのまま首根っこを掴んで、引きずっていく。


「ありがとうございました! ミツバ様!」

「気を付けていってらっしゃい」


 不服そうに自分を見つめる息子を無視して、ミツバは手を振る。

 そして二人がいなくなったあと。


「セバス」

「はっ」

「使われてない屋敷に危険はないのかしら?」

「どうやら……貴族の密会に使われているようです」

「困ったわね。じゃあ、人払いをしておいてちょうだい。私の名で屋敷を買ってもいいわよ」

「かしこまりました」

「ああ、それと。危なくない程度に脅かしておいてちょうだい」

「よろしいのですか?」

「大したことないって思ったら、またやるでしょう? 怖い思いも必要よ」

「エルナ様には逆効果かと」

「それならそれで面白いからいいわ」

「かしこまりました」





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