第36話 とある学院長の一日



 帝国魔導学院の学院長、トーマス・フォン・シェーンベルク。

 多くの優秀な魔導師を輩出した学院の長として、彼は皇帝からの信頼も厚く、周囲からも一目置かれていた。

 将来的には帝都に入り、重要な要職につくのではないか?

 そう目されていた人物だった。

 しかし、今、シェーンベルクは玉座の間で孤立無援となっていた。


「言い訳があるなら聞こう、シェーンベルク」

「こ、皇帝陛下……これは何かの間違いでは……?」


 シェーンベルクはそう言うほかなかった。

 先日、自分が素質なしとして、退学させた女学生、クロエ。

 彼女が仙国にて冒険者となった。

 それはいい。魔法の才能がなくても、冒険者にはなれる。

 ただ、問題なのはそのクロエを連れてきたのが、シルバーという点だった。

 帝国の情報収集能力は優秀だ。

 いくら隠そうと、情報を繋ぎ合わせれば真実にたどり着く。


「貴様が退学にさせた少女をシルバーが連れていった。あのシルバーのことだ。意味もなく、そんなことはしないだろう。そして、その少女は仙国にて古代魔法と思わしき力を使って、モンスターの大群を追い払ったそうだ。この情報を繋げると……貴様がみすみす古代魔法の素質を持つ魔導師を退学したということになる」

「し、しかし! 魔導書を読んだのはヴィム君であり、シルバーは彼には必要な魔力量がないと……!」

「それもまた事実。しかし、魔導書が読める生徒はほかにもおり、その生徒を貴様が退学にしたことも事実。そしてまんまとシルバーにその生徒を取られ、その生徒は将来有望な冒険者となった。我が帝国で取り立てれば、どれほどの戦力になったことか……」

「へ、陛下! お言葉ですが、私には古代魔法の素質を見抜くことは不可能です! ですから学院にシルバーを呼び寄せたわけです! 退学した生徒に素質があったとしても、私には気づきようがありません!」

「確かにその通りでしょう。ですが、学院長。シルバーは再三にわたって、念を押しませんでしたか?」


 皇帝の横に控える宰相。

 その言葉を聞き、シェーンベルクは顔を青くした。

 思い返せば、そうだった。

 たかが退学する生徒。

 それをシルバーは気にしていたし、確認もしていた。


「そ、そのような些細なことは……」

「その些細なことを見逃したせいで、我々は将来の近衛騎士隊長を失った。これは失態ではないか?」

「そ、それは……」


 追及に対して、シェーンベルクは言葉を返せなくなる。

 シェーンベルクの任務はより良い人材を発掘すること。それを逃したという事実がある以上、何も言えない。

 たとえ、それが超特殊な逸材だったとしても。


「し、シルバーはなんと言っているのですか!? これは契約違反では!? 正式な依頼できているのに、我々に彼女のことを教えないとは!」

「そのシルバーからの伝言です。チャンスは与えた。気づかない方が悪い、ということらしいです」

「そ、そんな……」

「冒険者ギルドに所属した以上、我々に手は出せん。とはいえ……」


 皇帝は静かに告げる。

 震えるシェーンベルクは床を見続けた。

 これから何を言われるのかわからなかったからだ。


「見抜けなかったという一点で大きな処分を下すのは、理不尽というのもの。三か月分の給金を没収とする。以後、見落とすことのないように職務に励め」

「は、はっ! 寛大な処置に感謝いたします! 以後、このようなことがないように精進いたします!」

「下がれ」


 皇帝の寛大な処置に感謝しながら、シェーンベルクは玉座の間から下がっていく。

 それを見ながら、皇帝は呟いた。


「奴の出世は取りやめだ。一生、魔導学院の学院長をさせておけ」

「よいのですか?」

「例外的な逸材は見抜けなかったが、普通の逸材は育てあげている。今の役職ならば問題あるまい」

「では、そのように。しかし、本人は帝都にて重要な役職を望んでいるという話ですが?」

「失態を演じた者を帝都に呼び寄せられるか。なにより、奴はシルバーの機嫌を損ねた。それだけのことではあるが、それだけと断ずるには相手が大きすぎる。帝都の魔法関連の職に就かせれば、シルバーと会うこともあろう。わざわざ奴の機嫌を損ねる必要はない。シルバーが健在な間は、奴は帝都には呼ばん」

「かしこまりました」


 深く息を吐き、皇帝はこの話題を終わらせたのだった。



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