第33話 若返りの街 後編


 古代遺跡の偶発的な発動。

 それに対して、父上はすぐさま答えを出した。


「これまで全く異常がなく、我々が来てから稼働した。襲撃もないため、これは完全に偶発的な稼働。ならば、原因は我らアードラーであろうな」

「しかし、陛下は幾度もここに訪れているのでは?」


 父上に対して、レオが質問する。

 確かに父上は幾度もこの街に訪れている。

 だが。


「来た時はワシや妃だけ。子供と来たのは初めてだ。強い魔力によって稼働したとみるべきだろう」

「では、どう対策するおつもりですか?」

「知れたこと。ワシ自ら、古代遺跡に赴く。それまでお前たちは留守番しておれ」

「危険ですぞ……」

「ここにいても解決はせん。ぐずぐずしていたら、好機とばかりに命を狙われる。そうなる前に解決する必要があるだろう。アリーダ、何人か選抜せよ。この場はエルナに任せる」

「かしこまりました」


 非の打ちどころのない指示だ。

 皇帝自らが危険かもしれない遺跡に行く以外は。

 ただし、戦力は限られる。

 今、父上は全盛期に近い。

 小さくなった俺たちより、よほど戦力になることは確かだ。


「久しぶりに体が軽い。モンスターの一体、二体、出てきてほしいものだが」

「ご冗談はよしてください」

「いやいや、冗談ではない。昔を思い出す。近衛騎士団を率いて、戦場に出ていた頃を、な」


 そう言って父上はさっさと遺跡に向かってしまう。

 残された俺たちは大人しく待つしかない。

 まぁ、アリーダもいるし、あちらは問題ないだろう。


「僕らはどうする?」

「どうするって言われてもな……やれることも限られるぞ」


 この体では動くのも一苦労だ。

 やれることなんてあるだろうか?

 頭を悩ましていると、俺を抱いたまま、ジッと俺を見ていたエルナがおもむろにお菓子を取り出した。

 そして。


「あーん」

「食べるか!?」


 思わず、エルナの手を叩いてしまう。

 とはいえ、子供の力だ。

 エルナは気にした様子もなく、苦笑していた。


「ごめんなさい、つい……」

「まったく……」


 体は子供になっても、精神はいつもどおりだ。

 俺はエルナの手から逃れると、扉に向かう。


「どうするの?」

「ちょっと街の様子を見に行く」

「やめたほうがいいんじゃないかしら?」

「様子を見るくらいはできる」


 言いながら、俺は背伸びをして、なんとか扉を開ける。

 それを見て。


「よくできたわね! えらい!」

「子供扱いするなって言ってるだろ!?」


 調子の狂う奴だ。

 もう見た目どおりの年齢にしか見れないらしい。

 軽く苛立ちつつ、俺は部屋を出た。

 そして、敷いてあった絨毯に足を取られ、盛大に転んだ。


「……」

「大丈夫ですか!? アル様!」


 フィーネが駆け寄って、俺を助け起こす。

 それを見て、エルナが告げる。


「やっぱり屋敷にいたほうがいいんじゃない?」

「……見回りは中止だ。飯を食う」

「用意しますね」


 子供の体は思ったようには動かない。

 そのせいで、歩くのも一苦労だ。

 これでは様子を見る前に怪我をしてしまう。

 とりあえず腹ごしらえからだな。




■■■




「おい」

「なによ?」


 エルナは俺の抗議を気にした様子もなく、俺の隣に座って、出された料理を切り分ける。

 それくらいできると言いたかったが、さきほどの例があるため、強く出られない。


「アル様、ゆっくりされるならアルコールを飲まれますか?」

「頼む」

「駄目よ! 今は子供なんだから!」


 フィーネの言葉をエルナが強く否定する。

 フィーネも、しまったとばかりに口を押さえる。

 いつもどおりのつもりだったんだろう。


「そのとおりですね。失礼しました」

「アルも子供だって自覚しなさいよ」

「俺は子供じゃない!」

「子供はみんなそういうのよ」

「……」


 こいつ……。

 思わず拳を握るが、エルナは余裕の表情だ。

 子供と大人では、何をしても効果はない。


「早く食べないと冷めるわよ?」

「くそっ……」


 なぜこんな目に……。

 理不尽さを感じつつ、俺は食事をすすめる。

 そして、しばらく時間が経ったあと。

 いきなり街のはずれで爆発が起きた。

 そちらは遺跡のほうだ。


「父上!?」


 何かあった。

 慌てて、俺は走り出すが、また足がついてこない。

 顔面から床にダイブしそうになるが、その前にフィーネが俺を受け止めた。

 柔らかい感触が顔を覆う。

 息ができず、窒息しそうになりながら、なんとか顔を上げる。


「大丈夫ですか!? アル様!」

「どうにか」

「う、羨ましいであります……!」

「言ってる場合ですか!?」


 すぐに体勢を立て直し、俺は部屋の入口へ向かう。

 しかし、その瞬間。

 街が光に包まれた。

 そして、その光が晴れた瞬間。


「戻った……?」

「ああぁ~……アルが戻っちゃった……」

「残念そうにするな!」


 俺たちは元に戻っていたのだった。




■■■




「なかなか良い経験だったな、アリーダ」

「二度とやりたくはありません」


 戻ってきたとき、父上はご機嫌でアリーダは不機嫌だった。

 理由は父上のとった手法にあった。

 遺跡はしっかり稼働状態であり、中の防衛装置も作動していた。

 それらを倒して、中枢に向かったが遺跡の止めかたがわからなかった。

 ゆえに父上は魔力を溜め込んでいる中枢を破壊した。

 それが先ほどの爆発だ。

 そのせいで、遺跡は倒壊し始め、アリーダたちは父上と共に決死の脱出を余儀なくされた。

 悩むだけ無駄、という感じで即断するのはいいが、後始末をさせられるほうはたまったもんじゃないだろう。


「なかなか愉快な思い出になった。お前たちはどうだ?」

「自分は後悔しかないでありますよ……」

「後悔だと?」

「子供の姿なら女性に甘え放題でありました……アルノルトをみて、そのことに気づいたときにはもう……」

「ほう? アルノルトは策士だな」

「狙ってやったわけではありません」

「でも、何かしたな? 聞かせてみよ。安心せよ、誰にも言わん」


 そう言って父上は珍しく、俺の肩を掴んで、自分の方に引き寄せる。

 俺が嫌がっていると、今度はトラウ兄さんの肩を掴んだ。


「トラウゴット、それでアルノルトはなにをした?」

「それがなんと!」

「父上! トラウ兄さん!」

「よいよい。ワシが許す」


 絶対に話されたくない。

 何とか阻止しようとするが、父上がそれを邪魔する。

 結局、トラウ兄さんが父上不在の間のことを話してしまい、父上は俺をニヤニヤと見つめるのだった。


「なんて街だ……」

「けど、父上がいつもより楽しそうでよかったね」

「まぁ、それはそうだな」


 厄介な騒動だったが、それだけは感謝しよう。

 それ以外は感謝できないが。

 そんなことを思いながら、俺たちは馬車に乗って、エリクスの街を離れたのだった。

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