第20話 あたしが専属メイドと呼ばれていた頃 1



 あれから、およそ3年の月日が流れた。

 あたしは今も、ギルバートの専属メイドとして働いている。



「おめでとうございますギルバート! 人気者ですねえ。ほら、大量のお手紙と贈り物が届いてますよ~っと」

「そこら辺に置いといてくれ。これが終わったら返事を書く」

「は~い。あ、美味しそうなカップケーキはっけ~ん! これ食べていいですか~?」

「好きにしろ」

「わ~い」



 ギルバートは、今日で16歳を迎える。

 初めて会った時は、病気の所為もあって年齢より随分子どもっぽく見えたものだけれど、今の彼はどちらかと言うと年齢より大人っぽい。

 背はみるみる伸びてあっという間にあたしの背を追い越したし、体つきもいつの間にか逞しくなったし、顔つきも、いかにも賢そうでシュッとしてて、凜としている。


 おかげさまで、あんなにメイドたちに怖がられていたのが嘘みたいに、今のギルバートは信じられない程よくモテる。

 誕生日の朝に、貴族のお嬢様方からこんなにたっぷり贈り物が届くくらい。


 ちょくちょく男爵に連れられてお貴族様のパーティーに出席しているけれど、その時もさぞきゃあきゃあ言われてるんだろう。

 ダンスのお相手とか頼まれてにっこり笑顔で応えてるんだろうな――……。

 あたしは参加したことないから、想像もつかない世界だけど。



 お金持ちの男爵子息とは言え、爵位を継ぐことのない三男がここまでモテるのはあまり聞いたことがない。



 ……いや、どうだろう。ギルバートの場合、絶対に、爵位を継ぐことがない、とは言い切れない。


 爵位は基本的に長男が継ぐものだけれど、何らかの事情があれば――――例えば長男が無能だとか、三男の方が優秀だとか――――そういう理由で、下の息子が爵位を継ぐのは認められている。


 男爵にとって利用価値のある存在になる。


 そう宣言したギルバートは、めきめき頭角を現した。まだ大学には通っていないけれど、すでに長男と次男よりよっぽど頭がいいらしい。この間書いた論文も有名な教授とやらに絶賛されて雑誌か何かに載ったし、「うちで教鞭を執らないか」なんて、あちこちの大学からオファーを受けている。大学を出てもいない16歳にこんなオファーが来るのは普通あり得ないって、さすがのあたしでもわかる。

 

 男爵はギルバートを贔屓するようになった。


 見た目が良くて頭も良くて、社交的で狩猟も馬術もそつなくこなし、誰からも絶賛される非の打ち所のない三男――――……試験の点にばかり拘って学生寮に引きこもるくせ、大した成績も論文も残せていない、内向的で陰気な兄二人に比べれば、重宝するのも当然と言える。パーティーに連れて行くのも、ギルバートばかりだし。


 周囲はそれを見ているから、次の男爵はギルバートとみて、それですり寄っているんだろう。



 あたしはカップケーキをかじりながら、机の上ですらすら書き物をしているギルバートを盗み見た。



『僕がお前を守ってやるから』



 あの日、ギルバートは確かにそう言ってくれた。

 あの時の言葉を、彼は覚えているんだろうか?



 …………うーん、どうだろう。多分覚えてないだろうな。

 あの時はちょっとテンションが上がってただけで。いつまでも守ってくれるとか、そういうことじゃないのはわかっている。



 男爵は何度か、ギルバートに本邸に来るよう催促していた。

 自分の傍に置きたいんだろう。そしてもっと相応しいメイドや従者をつかせてやりたいに違いない。あたしなんかじゃなくて。


 どう考えても、あたしはギルバートに相応しくない。元奴隷だし、素行も悪い。

 ギルバートはこの離れでの生活の方が落ち着くと、男爵の催促をなんやかんやと躱しているけれど、それもそのうち断り切れなくなるだろう。

 そしたら、あたしはすぐ捨てられるに違いない。――――……その時はたっぷり退職金を貰おう。煙草と酒をどんなに買っても当分困らないくらいの金を貰って、しばらくはのんびり暮らす。最高の生活だ。



「――――どうした?」

「へ?」


 ぼんやりしていると、ギルバートがいつの間にかあたしを見ていた。


「顔が変になってるぞ。何か気になることでも?」

「いえ、別に~……? このカップケーキ? マフィン? どこの店のもんかなあって思ってただけです」

「気に入ったのか?」

「ええ、そこそこ。……ギルはどうなんです? 気になるご令嬢はいるんです? こ~んなにモテモテなんですもん。一人や二人はいるんでしょうね」

「別にそんなもの……なんだ? もしかして妬いてるのか?」

「は? んな訳ないでしょ。あたしにとってギルはず~っとお子ちゃまですし、そのギルに惚れてる女性陣もみ~んなお子ちゃまみたいなもんですからね!」


 瞬間、グシャ、と嫌な音がした。

 力を入れすぎたのか書き損じでもしたのか、ギルバートの手元の紙がくしゃくしゃになっている。


「誰が、お子ちゃまだって?」


 黄金色の瞳が怒りに燃え上がっていた。あたしは構わず、べえっと舌を突き出した。


「年の差は永遠に縮まりませんからね~」

「大した年齢差でもないだろうが!」

「お子ちゃまはお子ちゃまです」

「今は俺の方が背が高いぞ!!」

「背の高さで競おうとするところがお子ちゃまなんですよ」

「ぐッ……」


 ギルバートの顔がむう、と悔しそうに歪む。頭がいいくせに、こういうところはほんと変わらない。

 

 あたしはポケットから小箱を取りだして、ギルバートにぽんと放り投げた。

 ギルバートが慌てた様子で受け取る。


「誕生日おめでとうございます、ギルバート」


 彼の顔がぱあっと輝く。さっきまであんな顔をしてたのに、ころころ表情が変わるところも本当に子どもっぽい。


 いそいそと箱を開けたギルバートは――――……


「可愛いネックレスでしょ? 今度のパーティーではそれつけてってくださいね!」


 にっこり笑顔の林檎がつけられた、ださかわネックレス。

 明らかにお子ちゃま用のネックレスを手に、もう一度怒りを爆発させた。


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