第6話 彼女との日々(1)


 一年五組。

 昼休み。


「ねえ、佐伯くん」

 雅人の席の前に来た詩織は無表情だった。


 何事も動じない様なあっさりとした顔つき。

 それがクラスでの詩織だった。


「どうしたの――委員長」

 顔を上げ、雅人は不思議そうな顔をする。


 彼女と仲の良い女生徒以外、みんな彼女を委員長と呼んでいた。

 だから、僕もここではそう呼んでいる。


 彼女のクラスメイトとして。


「先生が補習と言っていたわ。――九時までだそうよ」

 伝言の様に伝えると、彼女は自席へと戻って行った。


「……わかった」

 承諾する様に雅人はゆっくりと頷いた。


 事実、補習は無かった。

 これは僕らの合言葉の様なもの。


 先生とは公園のこと。

 補習は塾のこと。

 九時は待ち合わせ時刻。


 つまり、彼女の言葉を僕らの言葉に戻すとこうなる。


「私の塾が終わる九時頃、いつもの公園に来て」


 彼女は携帯を持っていなかった。

 この時代に珍しいと思ったが、彼女の事情を聴いて不思議と納得した自分がいる。 

 

 それ故、僕らの連絡手段は、対面での会話だけだった。

 

 数多くの人間がいる中、この言葉の真実を理解出来るのは僕らだけ。


 平凡な世界。

 しかし、どこか僕らだけの世界があった。


 ―――


 夜九時。公園。


 この公園は雅人の家の近くの公園。


 自身の家の近くの場合、義母親に遭遇する可能性があるから。

 そう言ってこの場所を選んだのは彼女だった。

 

 公園のベンチで雅人は小さくため息をついていた。


「こんなことあるのか……」

 妄想の様な願い。

 結果的にそれが叶ってしまった。


 そして、あろうことかその彼女と僕は関係を持つことになる。


 恋人か――。

 いや、それこそ妄想だろう。


 友人か――。

 それもちょっと違う。


 死に様を考え、共に死ぬ。

 言わば、同志なのだ。


 僕らの公園会議は、今日で三回目。

 三回目にもなると、雅人は詩織の事情を多少は理解していた。


 三年前、実の母親が病気で亡くなったこと。


 二年前、父親が一回り以上年下の女性と再婚したこと。


 一年前、父親が海外へ単身赴任になったこと。

 


 そこから彼女と義母親との日々が始まってしまったのだ――。


  


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