第1話 ふとした決意


 ――死のうと思う。


 高校一年生の初夏。

 窓際の席に座っていた佐伯雅人は決意する。


 窓を透過する湿度のある日射。

 窓の外ではセミたちが鳴いていた。


 今ここで――そうでは無い。

 これからなのだ。


 外で鳴く彼らと同じ、この数日間で。


 さて、どうやって死のうか。

 自身の最期だ。今のうちにじっくり考えよう。

 

 三階から見えるグラウンドの景色。

 雅人は清々しい顔で空を眺めた。

 

 少し晴れている。

 快晴とも言えず、曇りとも言えない。

 微妙な天気。

 

 まるで、僕の様。

 幸とも言えず、不幸とも言えず。


 自分のため、誰かのため。

 その価値すらわからず、ただ綿毛の様に浮遊する日々。

 

 僕はこんな少し晴れた日に死にたい。

 直感的な思いからの切実な願いだった。

 

 しかし、雅人は死ぬまでに叶えたいものがあった。

 自身のくだらぬ願い。

 夢の様な、幻想の様なその願い。


「一つくらい1つくらい叶えても良いよな」

 ため息の様に零れたその言葉。

 

 すると、窓からそよ風が入る。


 心地良い風で、

 不思議と自身の思いが肯定された様な気がした。

 

 やりきれない後悔が残らない様に。

 雅人はゆっくりと頷いた。

 

 才色兼備の委員長、神崎詩織。

 彼女とえっちをすること。

 

 明るくも無く、

 暗くも無い性格。


 笑顔と呼べるほどの笑みは、一度も見たことが無かった。


 美人ではあるが、どこか大人びた雰囲気がある。


 悪く言えば、若い雰囲気が無いのだ。

 それ故、人間らしい。

 

 僕はそんな彼女を愛していると思うほど好きなのだ。


 僕はそんな彼女とえっちがしたい、俗に言うセックスがしたい。


 自身の本能のまま、彼女を好きな様にしたい。


 それが出来るなら死んでも良かった。

 それほどの気持ち。


 まあ――死ぬのだけど。


 だから、僕はこの夢を叶えたいのだ。

 

 しかしながら、そのくだらぬ願いには根本的に問題がある。

「どうやって話すか、だよな……」

 肘を机に右手を頬に当て、雅人は化学のノートに文字を書いていった。

 書くことで頭を整理する。


 授業の板書――いや、違う。

 彼女と話す方法についてだ。


 勉強を教えてもらう。

 学校のことを聞く。

 普段何しているのか聞く。

 箇条書きに記載する中、雅人は気づいた。


 どれも僕らしくない。

 このままだと、彼女に不審がられてしまう。


 それ以前に何が僕らしさなのか。

 強いても浮かばない。

 僕らしさなど、今の僕には無いのだ。


「まあ、不審がられてもいっか」

 どこまで考えても、彼女が抱く不信感は拭えないだろう。

 吹っ切れた様に顔を上げた。

 

 何せ、死ぬのだもの。

 どちらにせよ、もう話せないのだから。


 当たって砕けろ。

 声を掛けて、駄目なら駄目だ。

 駄目で元々。ダメもとだ。


 雅人は掃除が終わったらすぐ、詩織に声を掛ける。

 そう決めた――。

 

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