第7話 目には目をだと気付く。 

 ささやかなクリスマス(イブ)パーティを圭の部屋でした翌朝。麻莉亜まりあはまどろみの中にいた。


 彼女は受験生で昨夜は少し遅くまで頑張って受験勉強した。


 彼女の姉ふたりと圭が通う『私立蒼砂そうさ学園高等学校』に合格するためだ。合格圏内ではあったが努力を怠らない。圭と並んで通学する駅までの坂道を想像してにんまりする。


 それに、夜中まで頑張ったら心行くまでクリスマスを圭と過ごせるという思惑もある。


(起きたら連絡くれるって言ってたし……)


 しっかり者の麻莉亜まりあは昨日の内に圭との約束をしていた。


 因みに圭も麻莉亜まりあの受験勉強に付き合うという名目で、遅くまで自室で勉強をしていた。


 ふたり共学年で10位前後の成績を取っていた。努力家だ。


 ついでながら長女雨音あまねは常に学年のトップを譲らず、次女沙世さよは学年の真ん中よりやや下だが、1年生ながら名門私立蒼砂そうさ学園女子サッカー部のレギュラーを獲得していた。余談だが。


 さて、ひょんな事からイメチェンを遂げた翌朝。学校はもう冬休み。


 遅くまで受験勉強していたこともあり、麻莉亜まりあはベットの中で圭のモーニングコールを受けた。


(まだ7時前なのに……ふふっ)


 起きてすぐ連絡をくれるひとつ年上の幼馴染で許嫁が、かわいいやら愛おしいやらで思わずベットの中で「ローリング悶絶」をしてしまう。


(知らなかった……わたしこんなにも……圭ちゃん好きだったんだ)



「ごめん、朝早くに」


「ううん、いいの。おはよ、圭ちゃん。いい天気みたいね」


 麻莉亜まりあはカーテン越しに零れる朝日に目を細めながらようやくベットの上に座る。寝癖で髪がひと房「ぴょん」と跳ねている。


「そうだな、いい天気だ。ところで麻莉亜まりあちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど。いまいい?」


「圭ちゃんのお願いならいつだっていいですよ(てれてれ)」


 麻莉亜まりあは今日クリスマスのお出かけの事だと思っていた。


(本が好きだから圭ちゃんは本屋に寄りたいのかなぁ……?)


 ふたりで並んで立つ本棚の前の景色を思い浮かべ「にんまり」とした。


「じゃあ、麻莉亜まりあちゃん。早速で悪いんだけど、?」


「助ける……ですか?」


 思いもしてない言葉が圭から伝えられる。


「ん……百聞は一見にかずっていうだろ? 悪いけどちょっと外見て」


「外ですか?」


 頭の上に「はてなマーク」を浮かべながら言われたとおり、麻莉亜まりあは外を見る。パジャマのまま。


 近くにあったカーディガンを羽織る。それでも軽く身震いする。クリスマスの朝。


 麻莉亜まりあの部屋の窓の外はバルコニーで、圭の家も同じように向い合せのバルコニー。


 朝の爽やかな日差しの中バルコニー越しで「おはよ」をするのだろうと「にんまり」するのを我慢しながら期待に胸膨らませる麻莉亜まりあだったが、少し引っかかる。


……なんだろ? 『手伝って』てことかなぁ……でも何を?)


 小首を傾げて窓を後ろ手に閉める。目に飛び込んだのは……


沙世さよ……ちゃん?」


 麻莉亜まりあのひとつ上の姉沙世さよがなぜだか朝から圭の家のバルコニーにいる。そして――


「おはよ。麻莉亜まりあちゃん。朝から悪いね、早速だけど助けてくれない? この!」


 麻莉亜まりあの目に飛び込んだのは我が姉が朝っぱらから許嫁をバルコニーで「逆さ宙吊り」にしている姿だった。流石に手すりの内側なので間違っても地面に激突とかはない。


 ***

沙世さよちゃん! どういうこと⁉ 説明して!(わなわな)」


 びっくり仰天の麻莉亜まりあは着替も忘れ、パジャマにカーディガンで圭の家に行き階段を駆け上がって「逆さ宙吊り」の圭を救出した。


 そして現在麻莉亜まりあは、姉沙世さよを正座させて説教中だった。


 いくら力自慢とはいえ、男子をバルコニーで「逆さ宙吊り」にするのは行き過ぎだ。どんだけの力なのだ? 2階から地面に落ちることはないとは言え、十分な恐怖はある。


「だって、こいつが……悪いし」


 正座のまま圭を引き寄せてヘッドロックして何発か頭を殴る。たまに麻莉亜まりあがする「ポコポコ」とは殴り方がまるで違う。ガチな拳のやつだ。


沙世さよちゃん!」


「だってなんだって! 見てみ!」


「何これ?(ぽかん)」


 沙世さよから渡されたスマホの画面を麻莉亜まりあは見る。そこには男女が寄り添って歩く姿があり、ひとりは圭だった。


 そして女子が着ているのは見慣れたコート。


「えっと……これがなに?(なになに?)」


「学校の裏サイトに上がってた。圭の熱愛報道的な! 麻莉亜まりあが許嫁になったばかりだってのに、ひでぇ奴! もう浮気だ! しかも、めっちゃかわいこちゃんじゃない⁉ そんな訳で朝から吊るしてた。何発かケリいれて」


 麻莉亜まりあは心を落ちつけるように深呼吸をする。


「ホントに酷いわ……(しみじみ)」


「だろ? もうこれは許嫁破棄だ! 破棄確定! いや、許嫁詐欺で懲役5年確定!」


 麻莉亜まりあはアヒル座りしていた足を正座しなおして、圭に深々と頭を下げた。


「圭ちゃん。ごめんなさい。の顔がわからない姉で……本当に、申し訳ありませんでした(ぺこりん)」


 沙世さよにロックされていた首元を擦りながら「別にいいよ、こいつがバカなのは前からだから」と苦笑いをした。


「えっ⁉ どういうこと⁇ まさか麻莉亜まりあ、あんたコイツの浮気かばうの? いや、そういうの口出しするのはウザいだろうけど、やめた方がいいよ? 甘い顔するとすぐつけあがるヤツだよ? 圭は」


 麻莉亜まりあは額に手を当て「どう言ったら伝わるかなぁ……」と大きめの声でつぶやいた。やめときゃいいのに圭が軽口を叩く。


「伝わんないよ、沙世さよ。筋肉バカ。きっと頭の中まで筋肉女子なんだ」


 火を見るよりも明らかという言葉がある。この圭の部屋という限られた空間では、力に関しては沙世さよが絶対王者。


 そして沙世さよは圭に対しての暴力を「スキンシップ」という都合のいい言葉で表現する。なので、沙世さよの力でかかとを圭の太ももに落とした。


 見慣れた風景である。ここにいる誰もが幼い日から見てきた風景。


 沙世さよの暴力に圭が悪態をつき、沙世さよが更なると言う名の暴力で答える。即死級の暴力で。


 それを麻莉亜まりあは「ダメだよ、沙世さよちゃん! 圭ちゃんかわいそう(おろおろ)」みたいな感じで止めに入るのが一連の流れ。


 しかし、今日は違った。麻莉亜まりあは重い溜息を吐き出し、見たことない目で沙世さよを見た。睨むのではない。どちらかと言えばさげすむ目。


 漫画なら麻莉亜まりあの背景には『ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!』と擬音で埋められているはずだ。


「ど……どうしたの、麻莉亜まりあそんな怖い顔して。圭の浮気のことなら私が体に言い聞かせるから……」


 沙世さよは性懲りもなく拳をかまえる。


。よく見て。これ私のコート。つまりこの蒼砂そうさ学園裏サイトの熱愛報道写真は


「えっ⁉ でもあんた……」


「はい。ですが?(キリッ!)」


「ちょ、ちょっと待って! 麻莉亜まりあ! いや、麻莉亜まりあさん‼ け、圭⁉ いや……圭さん‼ ごめん、なんか怖い。助けて……ください!」


『良妻賢母』の麻莉亜まりあは夫への理不尽な暴力には徹底抗戦を辞さない派だった。


 良妻賢母はやるときはやる女子なのだ! 掛かってこいや、えいえいおー!













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