その36。説教とシンシア様の番

「……それで、何か言い訳はありますか?」


 俺は仁王立ちで正座をするシンシア様を見下ろす。


 結局俺の魔法のせいでミスリルの板が完全に消滅してしまったので、残りの受験生はまた後日実施となった。

 俺はお咎めなしとはなったが、もう少し手加減は出来なかったのか、と試験監督に多少のお小言を言われてしまった。


 まぁ俺も逆の立場なら文句の1つや2つは言いたくなるよ。

 だってどう考えても俺が悪いもん。


 しかし俺にはあの場で手加減をすることなど不可能だったわけで。

 そしてそれを指示したのはシンシア様のわけで。


「……私を煽るようにセーヤを貶したあのクソ野郎が悪いわ」


 シンシア様がボソッと呟くと、不貞腐れたかの様に俺から目線を逸らした。

 俺はそんなシンシア様に思わずため息を吐いてしまう。


「なっ!? な、何でため息なんか吐くのよ!」

「そりゃあ吐きたくもなりますよ。シンシア様が挑発に乗ったせいで大事になったのですからね? 本来ならば、俺と王子殿下だけなら俺が国王陛下と公爵様に言って穏便に済ますことが出来たのですから」

「うっ……じゃ、じゃあセーヤが侮辱されてるのを黙って見ていろと言うの!?」

「そうです。それが1番正しい行動です」

「っ……!」


 俺が冷静に、執事として感情を抜きにした言葉で断言すると、シンシア様が思いっ切り顔を歪めた。


 確かに俺が言っているのは15歳がやるのは難しいかもしれない。

 だがそれは元の世界の価値観であって、この世界ではそんなことは通用しないのだ。


 仮にシンシア様が平民であればもう彼女は生きていないだろう。

 

「シンシア様、平民はそんな理不尽を常に受けているのです」

「!?」

「仮にあの場に居たのが公爵家のシンシア様でなく平民であれば、その場で殺されていたでしょう」

「そんなの私は———」

「あの王子殿下がしないとでも?」


 俺は心を鬼にしてシンシア様を糾弾する。

 しかし、ここで1度言っておかなければ後々の俺の命が危ない。


「シンシア様があの場で何もされなかったのは公爵家と言う後ろ盾があるからです。恐らくこの事を知った公爵様は急いで王宮へ向かうでしょう。なので、次からはどうか公爵様にご迷惑をお掛けにならない様宜しくお願いします」

「…………」


 シンシア様は黙ったままで返事もしないし、顔が明らかに『納得しない』と物語っていた。


「———と、此処までは公爵家に仕える執事として言いましたが……これからはセーヤとして言います」

「……何よ。どうせどっちにしろ私を責めるんでしょ……」


 不貞腐れた様子のシンシア様は全く俺と目を合わせない。

 返答も何処か投げやりな様子。


 俺はそんなシンシア様の顔と同じ高さまでしゃがむと、シンシア様の頭に手を置いて口を開く。


「俺の為に怒ってくださりありがとうございます」

「っ……何よ急に……」


 いきなり感謝された事により驚きに目を見開きながら少し顔を赤くするシンシア様。

 しかしそっぽを向きながらも俺の手を拒まないと言う事は、そこまで機嫌が悪くはないという事だろう。


「誰だって自分のために怒ってもらえるのは嬉しものなんですよ」

「そ、そうなの……? それはセーヤも……?」

「勿論です。ただ、次からは主に俺の為に怒りを抑えてくださると助かります」

「そ、そう……ふ、ふーん……分かったわ。次からは相手のいない時に怒るわね」


 ふぅ……何とか説得できたぜ……次からはもっと気を付けてもらわないと本気で死ぬからな……。


 俺は上機嫌に鼻唄を唄うシンシア様を眺めながら、ほっと胸を撫で下ろした。







 ———次の日の試験会場。


「———セーヤに良いところを見せないと……名誉挽回のチャンスよ……」


 シンシア様が無詠唱で俺と同じ《火球》を唱える。

 それと同時に俺とほぼ同じ位の火球が現れた。


 これには会場の試験官や試験監督も驚きのあまり椅子から立ち上がって前のめりになる。

 勿論俺も。


 ———昨日あれだけ手加減をしてと言ったのに!?


「シンシアさ———」


「———燃え上がりなさい!」


 シンシア様の言葉と共に火球が豪速球で板へとぶつかると———


 ゴオオオオオオオオオオオ!!


 昨日の俺と同じ様に板を溶かし尽くして背後の煉瓦の壁をぶち抜いた。


「「「「「…………」」」」」


 流石に2日連続、更には初っ端からこんな事になるとは思っていなかった会場の試験監督や試験官は呆然。

 何なら涙を流す者まで現れた。

 

 そんな可哀想な方々を他所に、シンシア様が俺の下へ嬉しそうに駆け寄る。

 

「どうだった? 私の魔法?」

「……とても凄かったですよ」

「ほんと!? ならよかっ———」

「———全然良くないですよっ!? また試験ができなくなるじゃないですか!! 手加減は何処に行ったのですか!?」

「て、手加減したわよ! 昨日のセーヤくらいまで! セーヤだって昨日はそこそこ手加減してたじゃない!」

「今は言い争っている場合ではありませんッ!!」


 俺は試験官陣の下へ走って向かうと———


「教師の方々、本当に心からの謝罪を申し上げますっ!! 弁償は我がシルフレア公爵家で致しますので! 本当に、申し訳ありませんでしたッッ!!」


 ———前日の分も兼ねて外見も恥も捨てて全力で土下座をかまして謝り倒した。


 と言うかそれしかもう俺達が学園に入る道は残されていなかった。





「……私、やらかしちゃったかしら……?」


 首を傾げるシンシア様に俺は心の中で叫ぶ。


 それは主人公がいうセリフなんですよシンシア様———ッッ!!


 


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