その4。「何か懐かれた様な気が……」

 俺は呆けた顔をしたシンシア様を見て、今後のことを考えて若干諦観気味になる。

 

 いや、これで泣かれでもしたら完全に俺終わっちゃうよ。

 まぁでももうやらかした事だし諦めよう。


 俺は悟りを開いた修行僧の様に穏やかな心でシンシア様に訊いてみる。


「僕が何かおかしな事を言いましたか? もし言ったのであれば謝罪しますが……」

「う、ううん違う……」


 なら何だよ。

 言ってくれないと分かんねぇって。

 こちとら前世で碌に女友達居なかったから女の情緒には疎いんだよ。


 俺は未だぼんやりとした表情で首を振るシンシア様に心の中で毒付く。


「ならどうしたのですか?」

「えっと……セーヤは少し変な人だなって」


 ……失礼なやっちゃなこの悪役令嬢(幼女)。

 それに今の会話の中で俺が変人扱いされる様な事は言った記憶ないんだけど。

 強いて言うなら『私』と呼んでいたくらい。


 俺があからさまに不機嫌になっているのに気付いたのか、首をまたもやブンブン振って訂正して来た。


「べ、別に悪い意味じゃなくて……ただママもパパも使用人も、皆が私に『王子殿下の次期正妻としてお淑やかな令嬢になれ』って言うから珍しくって」


 そう言えばシンシア様は王子……後の王太子の婚約者だったな。

 確かにそれならお淑やかな令嬢になれって言われるか。


「まぁ僕は対外的にお淑やかでいれるなら普段は別にどうだって良いですね。だって面倒ですし」

「そう……」

「シンシア様……?」


 俺がそう言うと、シンシア様が黙って俯いた。


 うーん……何かおかしなこと言ったか?

 別に普通じゃない?

 どうせ結婚したってずっと2人でいるわけじゃ無いんだしさ。

 

 やはり子供でも女の心はちっとも分からないな……と思っていると、シンシア様が顔を上げた。

 その顔は何故か悩みがなくなった様な晴々とした表情だった。


「———そうよね! 別にずっとお淑やかさでいる必要はないものね! ママ達に出来る所を見せて頼んでみるわ!」

「それがいいかと」


 何かよく分からないが解決した様で何よりだ———と安心し切っていたその時。


「———それじゃあ今からこの家全部を案内しなさい!」

「はい!?」


 今からって———貴女が帰るまで後30分も無いんですけど!?


 しかし俺の思いと裏腹に、シンシア様は案内しろと言ったくせに先々と行ってしまった。


「ちょ、待ってください!」


 俺は大急ぎで跡を追った。


 くそッ……ずっとお淑やかで居ろって言えばよかった!









「それではまたお会いしましょう。セイドさんも突然の来訪を許していただきありがとうございます」

「はい、此方こそ私の弟子の実習に付き合ってくださり誠に有難うございました」


 お淑やかモードに入ったシンシア様がセイドに美しい礼をすると、セイドも柔和な笑みを交えた礼でそれに応える。

 

 因みに30分で俺は全ての場所を案内したぞ。

 まぁその代わりめちゃくちゃ走ったけど。


「……又のご来訪お待ちしております……」


 俺は気乗りしないものの、失礼のない様に当たり感触の無い言葉を選んで言う。

 するとシンシア様がニンマリと笑みを浮かべると、俺の耳元にボソッと呟く。


「私が居ないからって泣くんじゃ無いわよセーヤ。すぐに来てあげるから楽しみにしてなさい」

「……楽しみにしてます」

「よろしい」


 俺の返答に満足いったのか、シンシア様ら納得顔で馬車へと乗り、馬車は俺の家から出て行った。


「随分と仲良くなられたのですね」

「五月蝿いよセイド。僕は今後悔しているんだから」


 セイドにニマニマしながら言われ、思いっきり顔を顰めた。


 はぁ……将来が不安過ぎるんですけど……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る