春告鳥は君のため舞う

涼海 風羽(りょうみ ふう)

少年の思い出

***


「クッソー、テルユキめ、おぼえてろ!」

「へっへーんだ、あっかんべぇ! ……おい、お前大丈夫か?」

「……ひっぐ……テル……」

「怪我してないな。ほら立てるか、ハルナ」

「ぐす、うわあぁ~ん! こわかったぁ!」

「わっ、抱きつくなバカ! あいつら逃げてったから。安心しろ、な?」

「うん……でもテル、怪我してる。ちょっとみせて」

「いいよ、ただの擦り傷だ。そのハンカチ、お前のお気に入りだろ」

「いいの。言うことをきいて」

「む……好きにしろぃ! …………おっ?」

「わぁテル、上見て。雪だ、雪が降ってきたよ」

「本当だ。もう三月だってのに……そうだ、良いもの見せてやるよ。いつものとこ行こうぜ」

「丘の公園? もう夕方になるよ。帰りがおそいと怒られちゃうよ」

「へっちゃらさ! 走れば間に合うよ、行こう!」

「いたいっ、テル、手つかむのいたいよぉ!」







「よっし着いたぁ! ほら、見ろよハルナ!」

「はぁ、はぁ……テ、テル足早いってばぁ」

「ごめんごめん、でもこっからの眺めを見せたくって」

「ここからの? いつも遊んでるとこ、ろ……わあ!」

「面白いだろ、雪が降ってるのに、山の向こうは夕焼けだぜ」

「きれい。町も、田んぼも、川もみんなオレンジ色になってる」

「お前もオレンジ色になってるぞ」

「テルだってほっぺた赤いよ」

「えっ、あっ、寒いからな、雪も降ってるしな!」

「知らなかった。私たちの町がこんなにきれいだったなんて……テル、ありがと」

「いいってことよ。……ていうか、もう来月で中学生だぜオレたち。いやー、六年間はやかったな。忙しくなるんだろうな、中学生になったらきっと」

「…………うん」

「あー、で、でも、お前ブキヨウだからなぁ。困ったときはいつでも言えよ。お、オレが絶対に助けてやる!」

「そうだよね。テルは私が泣いてる時、いつも助けてくれたもんね」

「であるからして、だな……えーとあの、こ、コレカラモカワラヌオツキアイヲ、じゃなくて、えとその、あぁ」

「テル?」

「オーケー、まずは落ち着くんだ。何といいますか、えーと、ぼく、ミヤマテルユキは……ハルナさんのことを──」

「テル。私ね、引っ越すの。来月に博多って町へ」

「…………え? 引っ越す?」

「……うん」

「は、博多って福岡ってところだよな、そんな、東京から福岡って言ったら」

「もうテルとは会えなくなる……ずっと言えなかった、ごめんね……ごめんね」

「お、おい泣くなバカ! やーっ良いんじゃないか? その博多って町の方がここより良い町かも知れないだろ? ほら、せっかくのカドデだ、祝ってやるぞ。あはっ、あはははっ、めでたいなぁ、めでたいなぁ!」

「テル……」

「向こうでも楽しくやれよ! あはっはっはっは! めでたいなぁ! あはは、め”て”た”い”な”ぁ”!」

「あのね、テル。私ね、まだ誰にも言ったことないけど、夢があるの」

「ゆめ? 何になるんだ?」

「舞台の女優さん。ずっと憧れてたんだ。いっぱい歌って、いっぱい踊って、たくさんの人を笑顔にしたい」

「ふぅん、そっか。大変そうだけど、がんばれよな!」

「ありがとね、テル」

「じゃあさ、何か歌って見せてくれよ、未来のスターさん」

「……うん、わかった!」

「おぉっ、女優ハルナの誕生だ! こりゃ、めでたいなぁ!」






 丘の上から少女の歌が風に乗る。


 なごり雪が降る中で落ちた滴に気付くには、あの日の俺はまだ幼かった。


 小さな町が白むどこかで、一羽のうぐいすが鳴いていた。


***


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