神がかりゲーマーズ:俺の人生は神様が遊ぶゲームだった。しかもバグって詰んでた件

あいきんぐ👾

第一章:WorldGazer

STAGE 1

1-1

「この世界が本当の現実世界である確率は、数十億分の一以下である」

 ――イーロン・マスク




 人生はクソゲーだ。


 彼女いない歴=年齢の一式いっしきリョウにとって、大学最後の無駄に長い夏休みは地獄でしかなかった。


「誰だよ、バラ色のキャンパスライフとか言った奴……」


 彼女もできないし、就活の内定ももらえない。

 この四年間、それこそクソがつくほど真面目に大学生活を送ってきた結果がコレかよ。

 もはや俺の人生、クソゲーを通り越してバグってるんじゃないか?


 西早稲田にしわせだのボロアパートの一室で、リョウはVRゴーグルを装着し、仮想現実オンラインゲームの世界に逃げ込んだ。


 レジェンド・オブ・ヴァルハラ・オンライン。

 通称、LOV。

 今や世界で10億人以上がプレイする、超人気オンラインゲームである。


 そのゲームの中では、プレイヤーは誰でも『もう一人の自分』になることができる。


 年齢や性別、人種や職業、モテるとかモテないとか……そういった現実世界の一切と無関係な世界。

 ただ唯一『強さ』だけが価値をもつ世界。


 それはリョウにとって理想の世界だった。


「あっ、リョウさん! こんにちは~」

「リョウくん、私のことキャリーしてよ~」


 LOVの世界にログインすると、すぐに他の見知らぬプレイヤーたちが声をかけてくる。リョウはその世界ではちょっとした有名人だった。


「あーあ、こっちの世界が現実だったらいいのになぁ……」


 デイリーミッションを消化するため、市街地ステージの戦場を一人ソロで駆け抜けながら、彼はボソリと呟いた。


 LOVではプレイヤーの実力に応じてランクが付けられており、最上位のレジェンドランクに到達するのは全プレイヤーの上位0.01%以下と言われている。


 昔からゲームだけは得意だったリョウは、LOVがリリースされて以来、大学に行っている以外の時間はほぼずっとログインして戦い続け、日本最速でレジェンドランクに到達した。


 それは事実上、日本最強のプレイヤーということでもある。

 だから、彼はその日から一躍有名人になってしまったのである。


 まあ、有名といってもあくまでゲーム内だけでの話だが。


「わー、リョウさんだ、カッコイイー!」


 そんなわけで、現実世界では全くモテないリョウでも、LOVの中ではモテモテだった。


「くそーっ! 何でこっちが現実じゃねーんだよぉ!」


 リョウはソロで戦場を駆け抜け、そんな理不尽な怒りを弾丸に込めて次々と敵を撃破していく。

 いや、本当に理不尽すぎるのだが。


 と、その時。


 先ほどまで周囲にいた敵の影や、遠くから聞こえる銃声やエンジン音など、一切の音が不意に消え、辺りは突然、不気味なほどの静寂に包まれた。


「なんだ……?」


 天使が通る。

 どこかの国にそんなことわざがあるらしい。

 突然の沈黙を意味することわざ。


 だが、この静けさはそんなレベルではない。

 人の声や物音だけでなく、気配すらも全く感じられない。


「何か、おかしい……」


 そう思った時、不意にそれまで市街地だった周囲の景色が、まるでテレビのチャンネルを切り替えたように一瞬で切り替わった。


 茫然とするリョウの前に広がったのは、樹齢何年かもわからない巨大な樹木が立ち並ぶ、鬱蒼うっそうとした仄暗ほのぐらい森だった。


「何だ、これは?」


 こんな風にいきなり景色が切り替わるのは初めてだったし、こんな森も今まで見たことがない。


 限定イベントか何かか?


 リョウは深呼吸して、改めて冷静に周囲の状況を確認した。

 前後左右、どちらを向いても同じような景色が広がっている。


 まるで鎮守ちんじゅの森のような、神秘的な原生林。


 遠くには真っ白な霧が立ち込め、あたりは耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。

 静かすぎて、時間が止まってしまったかと錯覚してしまうほどだ。


 ただ木々の合間から降り注ぐ木漏れ日のゆらめきだけが、時間が止まってしまったわけではないことを物語っていた。


 これは、バグかな。

 リョウがそう思って、ゲームを再起動しようとした時。


「彼女が欲しいか!!」


 突然、そんな声が聞こえてきて、リョウは慌てて周囲を見回した。

 それはまだ若い、いや幼いと言ってもいいくらいの少女の声だった。

 だが、周囲360度、どこを見ても声の主の姿はない。


「出会いが欲しいか!!」


 またもや声が響く。

 どの方向から聞こえてくるのかまるでわからない。空気の振動もなく、脳内にダイレクトに声が流れ込んでくるようだ。


「リア充のような毎日が欲しいか!!」


 これは何だ?

 混乱する頭の中で、リョウはそれでもハッキリとその声の問いかけへの答えが心に浮かんでいた。


「ほしい……、欲しい!」


 無意識に叫んだ彼の声が、シンとした冷たい空気を打ち砕いた。


「可愛い彼女を作って、リア充みたいに毎日キャッキャウフフしたい……退屈な日常は、もうまっぴらだ!」


 そんな、自分でもビックリするようなセリフがいきなり喉から飛び出した。


 すべての言葉を吐き出してから、ハッと我に返った彼は、何とも言えない気恥ずかしさを覚えた。


「まったく、バカみたいだ……」


 21歳にもなって、俺は何をやってんだか。


 だが、彼のその言葉を受けて満足したように、少女の声が答えた。


「よし、ならば与えてやる!」

「えっ?」


 与えるって、どういう意味だ?


われはアマテラス」


 そう少女の声は名乗った。


「願いを叶えたければ、我に力を示すがよい!!」


 少女の声と共に、空に一筋の金色の閃光がきらめいたと思うと、リョウの目にうつる森の景色がぐにゃりと歪んだ。

 

 そして、次の瞬間。


 ドガァァーン!!


 爆音がとどろき、反射的にシールドを張る。

 シールドの半透明の青白いハニカム模様が視界を覆う。


 直後、リョウの体は爆風に吹き飛ばされて宙に浮き、後方の巨大なヒノキの幹に激突した。

 シールドのおかげでダメージは受け流すことができたが、何が起きたのか全く理解できない。


 ただ一つ間違いないことは。

 今、目の前に『敵』がいるということ。


 森は激しく炎上していた。

 その炎の中に一つの影が浮かび、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 今の爆発の威力といい、どんな凶悪なモンスターが現れたのか想像もつかない。リョウはすぐに応戦できるように身構えた。


 だが、炎の中から現れたそいつは、モンスターなんかではなかった。

 むしろ、ソイツの外見を一言で表現するなら……それは『美少女』だった。

 しかしただの美少女ではない。

 背中まである長い髪は炎のように赤く輝き、金色の瞳はキラキラと神秘的な光を放っている。そしてそいつが着ている服は……。


「神?」


 それは、秋葉原とかに売っていそうな、白地に『神』という漢字一文字がでかでかとプリントされた白いTシャツだった。

 こんなダサいアバターあったっけ?


「いかにも、我は神じゃ!」


 美少女は腰に手を当てて、誇らしげに胸を張った。

 胸元の神の文字が輝く。


「いやいや、自己主張激しすぎだろ!」

「さあ、人間よ。我に力を示してみよ!」


 少女はリョウのツッコミを無視して、悠然と歩を進めてくる。

 戦えってことなんだろうか?

 だが、なぜこいつは武器を持っていない?


 通常、武器を装備した状態であれば、その武器が目に見えるはずだ。しかしその少女は何も武器を持っていないように見える。


 『神』と書かれたふざけたTシャツ一枚着ただけの無防備な姿で、手ぶらでトコトコと歩いてくる。まるで健康のために近所を散歩でもしているかのような軽い足取りだ。


「どうした? かかって来い。我のあふれる神オーラに怖気づいてしまったか?」


 小馬鹿にしたような笑顔で少女がいう。

 むかつく野郎だ。てか、何だ神オーラって。


「よくわかんねーけど……戦えってことなら、遠慮なくいくぜ!」


 リョウはイングラム(SMGサブマシンガン)を構え、少女のシャツの『神』の文字に照準を合わせた。

 敵である以上、美少女だからといって手を抜くわけにはいかない。


 ドガガガガガ!


 耳をつんざくような連射音が森に響き渡る。

 無数の弾丸が少女の全身に浴びせられ、白いTシャツが真っ赤な血に染まる……かと思ったが。


「ほいほいホイホイホイホイ!!」


 謎の奇声を上げながら、少女がものすごい速度で手を振り回した。


「なっ!?」


 なんと、ソイツはあろうことか、弾丸を全て素手でキャッチしてしまった。

 そして、握った両手を前に差し出して手を開くと、ジャラジャラと大量の弾丸が地面に落ちる。


「どうした、もう終わりか?」


 少女がクスクスと笑った。


「そんなのありかよ……リロード!」

「遅いわ!!」


 リョウが弾丸をリロードした一瞬のうちに、50メートル以上あった二人の間合いが一気に縮まる。攻撃が間に合わない。速すぎる!


 視界いっぱいの少女の不敵な笑顔。

 至近距離で見ても可愛い。じゃなくて。


 やられる……!


 それはゲーマーの本能だった。

 リョウは、常人ではありえない超反応で後ろにのけぞった。

 刹那、少女が繰り出した強烈なアッパーカットが鼻先をかすめる。


 ズバァーンッ!!!


 ものすごい衝撃音と共に、振り上げられた拳から何かが発射され、頭上の木の枝が吹き飛んで円い青空が広がった。


 やば。こんなの喰らったら即死確定だ。


「てか、ありえねーだろ!」


 心の中でツッコミを入れながらも、リョウの体は止まらない。

 ゲームに青春を捧げた者ならではの素早い操作で瞬時に装備を切り替え、最速で攻撃を繰り出す。


 その間、コンマ一秒以下。

 少女はまだアッパーカットを繰り出した姿勢のまま硬直している。


 いける!!


 リョウがイングラムから持ち替えた武器、それは日本刀だった。


「もらった! 喰らいやがれーッ!」


 ザンッ!!


 鋭い一閃が少女をとらえ、胴体を一刀両断……したはずだった。

 だが、実際に一刀両断されたのはリョウの体のほうだった。


 視界が真っ赤に染まり『DEATHデス』の文字が表示される。


「はぁ!? 何でだよ!」


 リョウは思わず絶叫した。

 クリア目前の復活の呪文を母親に捨てられた時以来の悲痛な叫びだった。


「まあ、ギリギリ合格じゃな」


 赤く染まった視界の中で、少女が親指を立てて笑っている。

 イイネ、じゃねー!


「どう考えてもおかしいだろ!」


 彼の経験上、さっきの攻撃は間違いなく会心の一撃だった。

 勝利を確信していただけに、この理不尽な敗北に納得できない。いや、これは理不尽どころか……。


「チートじゃねぇかよ、ふざけんな!」


 リョウがそう訴えると、少女は急に真顔になって腕を組んだ。

 美少女だとベガ立ちも様になる。服装だけは壊滅的にダサいが。


「はぁ……チートじゃと?」冷たい表情で彼を見下す。「くだらん。お主が弱いから負けた。ただそれだけのことじゃ」


 容赦ない言葉の暴力。

 可愛い見た目に反して最悪な奴だ。


「お前なぁ、チート使っておいて何を偉そうに……」

「よいか、チートだから負けたなどというのは、チートすら使えないクソ雑魚ナメクジの言い訳に過ぎんのじゃ」

「え……はぁ!?」

「そもそも、我は神じゃぞ。神自体がチートみたいなものなんじゃから、神がチートを使うのはもはや当たり前じゃろうが」


 少女は馬鹿にしたような調子でそううそぶいた。

 何だコイツ。言ってることが滅茶苦茶すぎる。


「それに、チートを使われて負けて悔しがるなら、お主もチートを使えばよかろう。それをせずに負けて文句を垂れるなど、笑止千万。勝つために使えるものは全て使う。それが戦いというものじゃ」

「ゲームはそういうものじゃねーだろ!」


 こいつはクズだ、とリョウは確信した。

 勝つためなら反則でも何でもやる、ゲーマーの風上にもおけない奴。

 しかもチートを使って勝ったくせに、自分は神だとのたまい、チートを正当化してやがる。完全なサイコ野郎だ。いや、サイコ美少女か。


 次第に暗転していくリョウの視界の中で、そのサイコ美少女は彼を見下しながら、勝ち誇ったように笑っていた。


「安心しろ、お主の望みはちゃんと叶えてやる。それがこの世界の『勝利条件』じゃからな」

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