希死念慮

maria159357

第一将【ゆりかご】






希死念慮

第一将【ゆりかご】


 登場人物


          将烈


          斎御司






          橆令 むりょう


          悠都 はると


          冽羽 れつば 


 
































 いつか


信念と正義が


ぶつかる日が来るとしても。






































 第一将【ゆりかご】


























 ―これは、“将烈”という男の人生を、少しだけ振り返った物語である。


 1人の男が見てきた世界には、一体何が映っていたのだろう―








 確か、俺が3歳くらいの頃だ。


 そんなに小さいときの記憶なんて、ほとんど残っていないのだが、その時のことだけはなぜか覚えている。


 俺には同じ歳の兄弟がいた。


 そいつも俺と同じ金の目をしていた。


 所謂“双子“というやつなのだが、俺達が生まれてすぐ、不吉ななんだと家族は罵られたと後から聞いた。


 「お前たちの子供は存在してはならないのだ。なぜ普通の人間から、このような目の色をした子が生まれるのだ」


 「お前たちのどちらかが、悪魔と密約でも交わしたのではあるまいな」


 「早く私たちの前からその子らを消すのだ」


 「さもなくば、お前たちにも災いが降りかかるぞ」


 「ああ、なんと恐ろしいことか」


 人間それぞれなんだから、目の色くらい違ったっていいだろうと思うが、歴史上の理由なのか、それとも俺の生まれた地域や村の問題なのか、とにかく、1人は何処かに置いてこい、もしくは殺してしまえと言われたそうだ。


 「絶対に嫌です」


 当然、母親は拒んだ。


 「なんだと!?」


 「村がどうなってもよいというのか!?」


 「この女、きっと悪魔との子を宿したに違いない!悪魔に心を奪われているのだ!」


 「待ってください。その子たちは、確かに私達の子供です」


 父親は母親を説得するから時間をくれと周りに頼み、俺たちが3歳になるまでひっそりと育てた。


 3歳になってすぐの頃、災害や飢饉に襲われた村は、俺達が災いの元になっていると因縁をつけ、両親ごと俺達を殺そうとした。


 両親は殺される前に村を出て、近くに住んでいた親戚のもとへ俺達を預け、その後、行方知れずとなった。


 いきなり子供2人ともなると、食費もかさむため、俺達は別々に引き取られることになり、親戚をたらい回しにされる日々を送った。


 物心つく頃には喧嘩というものにも慣れ、俺は俺を馬鹿にしてくる同年代の奴らを・・・いや、年上もいたのかもしれないが、よくは覚えていない。


 「おい、なんでお前目の色が違うんだよ」


 「俺知ってるぜ!こいつ、呪われてんだよ!近づくと俺達まで呪われるぞ!」


 「お前なんか死んじゃえよ」


 「そうだよ。お前なんか生きてたって、俺達みたいに立派な大人になれるわけじゃねぇんだから」


 とにかく、喧嘩を売られたらすぐに買って、そいつらをボコボコにしていた。


 先に手を出されるのが俺でも、例え相手が複数人だったとしても、悪いのは俺。


 「またあんたがやったのかい!?本当に面倒な子だよ!」


 「まあ!なんでこんな酷いことを!?この子たち怪我してるじゃない!」


 「よくこんな酷いことが出来るわね」


 「なんだ、またお前か!?生意気な目つきしやがって!!!」


 「おい、折檻部屋に閉じ込めておけ!」


 いつだって俺だけが大人たちに折檻された。


 今思えば、あの頃から世の中の理不尽というものが気に入らなかった。


 たらい回しにされたある日、俺は、親戚でもなんでもないクズのような男のもとに預けられ、盗みの手伝いをさせられたり、その男の罪を着せられることになった。


 「おい、今から盗みに行くぞ、起きろ」


 「・・・・・・」


 「聞いてんのか、殺すぞ!」


 大体はコソ泥のような盗みで、夜中に動き出すことが多かった。


 寝たふりをしたこともあったのだが、男に蹴られたり殴られたりして、起こされてしまうのだ。


 俺は身軽だったし指先も器用だと言われたが、こんなことに使われるなんて、気持ち悪くなる気分だ。


 そんな俺に転機が訪れたのは、本当に急だった。








 クズ男が、捕まった。


 俺と2人で盗みに入っているとき、警備をしていた男にあっさり捕まったのだ。


 俺を指さして、俺も道連れにしようとしたのだが、俺はそのとき、無意識に走りだしていた。


 息の続く限りずっと走り続けて、足を止めたのは、久しぶりに、初めてかもしれないが、綺麗な朝日が見えたから。


 「やっと、1人になれた」


 誰にも囚われず、縛られず、干渉もされない生活が始まった。


 すぐに腹が減って、その辺に落ちていたボロボロの布切れで身体と顔を覆い隠して街に出た。


 そこで、あいつらと出会った。


 「ここは俺達の縄張りだぞ」


 「は?」


 「悠都、そんないじわるしちゃダメだろ」


 「うるせえ。ここは沢山食糧が棄てられてる、宝の山がある場所だ!俺達がようやく見つけたんだぞ!なのに、こんな新参者に縄張りを荒らされてたまるか!」


 「ごめんね。君もお腹空いてるんだよね?一緒に食べよう」


 「・・・・・・いや、いい」


 「あ・・・・・・」


 あまりの空腹のせいなのか、それとも、相手にするのも面倒だと判断したのかは分からないが、とにかく、俺はその場から離れようとした。


 だが、後ろから「待て」と言われ、反射的に足を止める。


 そいつは俺と同じくらいの手で俺の肩を掴むと、そのままぐいっと自分の方へ振り向かせる。


 俺の目をじっと見ていたから、また何か言われるのかと思っていた。


 「すげー!こいつ目に宝石入れてる!」


 「違うと思うよ」


 「え!?違うのか!?」


 「もともとそういう目の色なんじゃないかな?俺の親の知り合いにも、銀色の目の奴がいたって聞いたことあるし」


 「へー。そうなのか」


 「ね?そうだよね?」


 青い髪、後ろで1つに縛ったほうの男が、俺に聞いてくる。


 俺は返事を返すこともなくじっとしていると、もう1人の茶色で癖っ毛の男が、またしても喧嘩腰に言ってくる。


 「おい!返事くらいしろよ!!」


 俺の胸倉を掴みあげたかと思えば、男は俺の顔を見て表情を止める。


 自分では気付いていなかったが、どうやら、相当生人とは思えないような顔をしていたようだ。


 男は、掴んでいた手を放して、2人の後ろにあった大きな袋をごそごそを漁ったかと思うと、そこからパンを幾つか差し出してきた。


 「・・・・・・」


 「食えよ」


 「・・・・・・」


 「食えって」


 「・・・・・・」


 「え?何?なんなのこいつ?何考えてんのかさっぱり分かんねえ顔してんだけど」


 「とりあえず小屋に連れて行こうよ」


 「怖いよ、こいつ。え?俺達と同じ子供だよな?なんでこんなに目つき鋭いわけ?めっちゃ怖い」


 「色々あったんだろうね。ほら、行くよ」


 青い髪の男は、1つの袋を背負うと、俺の手を引っ張って歩き出した。


 もう1人の男も、慌てたように袋を持って小走りに付いてくる。


 袋からは色んな匂いがしたが、きっと全部食べ物なんだろうということは、容易に想像できた。


 一時間くらい歩いた森の中に、小さな小屋が建っていた。


 「さ、どうぞ」








 誘われて中に入ったものの、思っていた通りそれほど広くはなく、小さなテーブルが1つ、そこに椅子が2つ、ベッドが1つ、奥にも部屋があるようだから、そこにトイレなどがあるのだろう。


 それよりも、このベッドに2人で窮屈に寝ているのだろうかと思ってしまう。


 俺の両脇から、それぞれ男がすり抜けて中に入ると、背負っていた袋を一旦下ろした。


 床下収納があるようで、取っ手部分を引っ張ると袋を両方詰め込んだ。


 テーブルの上に3つのパンを並べると、お椀にも見えるコップに、水を入れてそれもテーブルに並べた。


 椅子が1つ足りないと思ったが、茶色の髪の男がベッドに腰を下ろし、青い髪の男が俺に椅子に座るよう勧めてきた。


 「・・・・・・」


 「お前、本当に何も言わねえな」


 「そういえば、俺達の名前言ってなかったね。俺は橆令。よろしくね。で、こっちが悠都。君の名前は?」


 「・・・・・・」


 「こっわ。こいつこっわ。まじで何?つかこのパン美味い。もう一個喰いたい」


 「もう一個だけだよ。悠都ってばいつも食べ過ぎるんだから。頻繁に街に行くといつか捕まるよ」


 「別に棄てるもん拾ってるだけだろ。そもそも、あいつらが棄ててんだから文句言われる筋合いはねえよな。盗みではねえし」


 「そうだとしても。これ君の分だからね」


 「・・・・・・」


 「食べないと倒れちゃうよ」


 「橆令、放っておけよ」


 「ベッドは狭いけどここで寝てるんだ。まあ、悠都は寝相悪くて、いっつも床に落ちてるんだけど」


 「アグレッシブだからな」


 「褒めてないけど」


 「・・・・・・」


 夜になって、2人は寝た。


 俺はなかなか寝付けなくて、椅子に座ったまま、しばらくぼーっとしていた。


 それでもどうしようもなくなって、俺は小屋を出た。


 小屋よりも寒い空気が漂う夜は、あいつらに支配されていた頃より少し、いや、随分と心地良かった。


 そんなことを思っていたら、いつの間にか、そんな寒空のもと寝てしまったようだ。


 「死んだか?」


 「まだ生きてるよ。とりあえず風邪ひくから中に運ぼう」


 「え、俺達で運ぶの?子供が子供運ぶの?結構無理じゃね?」


 「でもこのままってわけにもいかないでしょ」


 「じゃあ・・・布団持ってきてかけてやればよくね?」


 「あんなぺなぺななやつ、意味無いよ」


 「確かに。冬場とか寒いよな。街に行ったときに棄ててねぇか確かねぇとな」


 「あれ、いつの間にか目を開けてる」


 「まじか」


 何やら五月蠅いと思って目を開けたら、案の定俺はまだしっかりと生きていて、昨日の2人がなにやら話をしていた。


 「お前さ、目ぇ開けたなら何か言えよ」


 「・・・・・・」


 「橆令、こいつ俺たちのこと嫌いなんだと思う。無理に一緒に生活するの止めた方がいいと思う」


 「多分、一般的に考えると、嫌われてるのは悠都だと思うけど、まあ、俺も確実に好かれてるとは言えないから、今は何も言わないことにするよ」


 「え?今なんて言った?空耳?」


 「確かに無理強いはよくないか。気が向いたらいつでもおいで。歓迎するから」


 「・・・・・・」


 「ほら、また何も言わねえし」


 「・・・・・・」


 俺は文句も礼もすることなく、その時はあいつらから離れた。


 これ以上、他人に関わるような人生を送りたくないと思っていたから。


 街に出てみたものの、あいつらが街に出たがらない理由がよくわかった。


 どいつもこいつも欲に塗れ、男は女を、女は男を、場所を厭わず欲していたし、食べ物にいたっては、一口食べて残りを棄てるのが金持ちのステータスと言いたげだ。


 よく見ていると、働いてる奴らは金欲しさに仕事をしているだけで、自分の生みだしたものがどこでどうされようと、気にも留めていない。


 治安も全くといっていいほど無く、車に轢かれて苦しんでいる人が目の前にいても、誰も助けようとしない。


 そもそも、その人に気付いていない可能性もある。


 誘拐が起こっても、殺しが起こっても、他人にはとんと無関心な大人たちは、干渉しすぎる大人たちと同じくらい不愉快だ。


 ぐうう、と大きな音がお腹から聞こえてくると、近くにいた奴らは、俺を見て目を丸くし、すぐに遠ざかって行った。


 「汚い」


 「消えろ」


 「なんでこんなところに」


 「臭い」


 初めて言われたわけでもない言葉たちが次々に聞こえてくるが、俺は気にせず食べられる物を探した。


 やっとの思いで見つけたのは、必要な部分だけを取り除かれたまま横たわっていた動物だった。


 埋葬されることも冥福を祈られることもないその動物に、俺は親近感を持った。


 俺はその動物を両手に抱えると、川まで行ってかるく水で洗い、焼いた方が良いのかさえわからないまま、肉を食べた。


 正直、気持ち悪さもあったし、埋葬してやったほうが良かったのではないかとも思ったが、俺だったら、綺麗なまま埋葬されるより、俺の骨や血や肉を喰らってほしいと思った。


 そうして誰かの命になれるなら。


 口の中にもお腹にも違和感を残したまま街を歩いていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。


 路地裏に、大人の男が3人と、子供が2人いた。


 子供の方には見覚えがあった。


 「おいガキ!なにぶつかってくれてんだよ!!」


 「すみません」


 「ふざけんなよ!!この洋服高かったんだからな!」


 「弁償しろよ。ほら、金出せ」


 「すみません。俺達親がいなくて、お金も持っていないんです」


 「ああ!?知るかよそんなこと!!いいから金出せっつってんだろ!!」


 「金がねえんだったら、金奪って来いよ!盗んで来いよ!」


 「俺達はそういうことはしねえ!」


 「ああ!そもそも、お前がぶつかってきたんだろ!?」


 「人の大事なもの汚しちゃったんだから、弁償するのは当然のことだろ?そんなことも分からねえ馬鹿なのか、ガキは?」


 「ガキじゃねえ!」


 「なら、責任取れるよな?」


 「盗みが無理なら身体でも売ってこいよ。お前等みてぇなガキが好みだっていう野郎どもだっているだろうし、金持ちに気に入られれば、そのままそこで生活も出来て俺達に金も渡せるぜ」


 「ふざけんなよ!だいたい、お前らがわざとぶつかってきたんじゃねえか!汚れが分かりやすいように白い服なんか着やがって!」


 「なんだと!?」


 大人の男の1人が懐に隠し持っていたナイフを取り出し、あいつらに突きつける。


 これにはさすがに驚いたようで、2人して逃げる準備をしていたのだが、大人の男の残りが2人の後ろに回り込んだため、逃げることが出来なくなった。


 「皮を剥げば、多少の小遣いにはなるか?」








 「ガキ相手にすることじゃねぇ!」


 「うるせぇ。お前等が金を持ってなかったのが悪い。それに、俺達を怒らせた」


 「こっちの野郎は可愛い顔してるな。おい、こいつはその辺の親父に女として売ってやろうぜ」


 「こっちの生意気なガキは殺すか。いや、痛めつけて、そういうのが趣味のお方に売る方が金になるかもな」


 男たちの卑下た笑いは、俺の耳にまでしっかり届いてきていて、そのせいで、俺はさっき口にしたものが胃の中で逆流するくらい、反吐が出た。


 「さあて、幾らで売れるかナッ!!?」


 語尾が不自然なほど強まった仲間を不思議に思ったのか、茶色の癖毛の子供を拘束しようとしていた男は、隣にいたはずの男の方を見ようと視線を移す。


 だが、そこに立っていたはずの男は、地面に顔を伏して倒れていた。


 「は?」


 ナイフを持った男は、何が起こったのかわかっていないようで、キョトンとしていた。


 「あ、お前」


 「なんだこのガキ!?どこから沸いて出てきやがった!?」


 「お前も一緒に殺されてぇのか!?」


 「危ないぞ!逃げろ!」


 「・・・・・・」


 誰の言う事も聞きたくなかった。


 「大人しくしてりゃあ立派か」


 「ああ!?なんだてめぇ!?」


 「言う事聞いてりゃあ可愛いか」


 「お前も一緒に売ってやるよ!まずは品定めしてやっから、顔見せてみろ!!」


 「逃げろって!!!」


 「俺はな」


 ナイフを持った男が近づいてくる。


 布を被っている俺の顔を覗こうと、男が俺の頭へと腕を伸ばしたとき、俺は思い切りその腕を掴んで指を折ってやった。


 一瞬、男は痛みにも気付いていないようだったが、すぐにその痛みに気付くと、俺にナイフを振り下ろしてきた。


 「このガキィィィィィィ!!!!」


 死ぬことなんて怖くない。


 だけど、この世にはまだまだ恨みがあるから、今ここで死ぬわけにはいかない。


 こんな奴らに殺されるなんて御免だ。


 こんな奴らを野放しにしてる世の中にも、仕返ししてやらなきゃ気が済まない。


 死ぬのは、その後だ。


 「死ねえええええ!!!」


 俺は自分を包んでいた布を男に向けて投げつけると、視界が暗くなって足元をふらつかせる男に背後から近づき、足を蹴ってバランスを崩したところで側頭部を蹴飛ばした。


 そのまま男の頭は壁に激突し、ずるずると壁に沿って倒れた。


 残された男は唖然としていたが、倒れた拍子に手から離れたナイフを取ろうと身を屈めたところで、茶色の髪の子供に急所を蹴られ蹲っていた。


 しかし手にナイフを持ち、子供を1人でも殺そうとしたとき(それは俺の想像だが)、俺は男の手を蹴ってナイフを落とさせると、そのまま男の手を地面に踏みつけた。


 ナイフは丁度俺の近くに舞い戻ってきたから、俺はそれを手にして男の顔に突きつけた。


 「ひいいいっ!!ゆ、許してくれ!か、金なんかもういらねえから!!!」


 「・・・・・・」


 「もう止めておけ」


 「・・・・・・」


 大の男が粗相をしながら気絶していた。


 これ以上何かしようとは思っていなかったが、傍から見れば、俺がこいつらを殺そうとしているように見えたのかもしれない。


 俺はナイフをゴミ箱に捨てると、そのまま立ち去ろうとした。


 「待てって」


 茶色の髪の奴が俺の服を掴んでいた。


 「助けてくれてありがとう」


 「・・・・・・」


 「おい、御礼言ってんだからなんとか言えよ」


 「御礼言ったの俺だけどね」


 「・・・・・・別にお前等を助けたわけじゃない。そいつらが気に入らなかっただけだ」


 俺の言葉に、2人は互いの顔を見合わせていた。


 未だに掴まれたままの服に、俺はなんとかそれを振りほどこうとしたのだが、どうしたものか、がっしり掴まれている。


 「結果的に助けられたわけだから」


 「そうそう」


 「・・・・・・」


 ズルズルと引きずられ、見覚えのある小屋に招かれる。


 椅子に座らされ、目の前にはパンが3つ並び、お椀に注がれた水がテーブルに並ぶと、2人の男も適当に座る。


 「それ、全部食べていいから。御礼だから」


 「・・・・・・」


 「遠慮すんなって。俺達、さっきいっぱい喰ったから全然平気なんだ!」


 「・・・・・・」


 ただの直感だった。


 こいつら、嘘吐いてるなって思った。


 でも、大人が吐くような汚ない嘘じゃないことは分かったから、パンの1つに手を伸ばして、口に入れた。


 腹は減ってるはずなのに、ゆっくり食べることしか出来なかった。


 「あ」


 「え」


 俺は、残りの2つのパンをそいつらに渡した。


 遠慮したとかじゃなく、なんとなく。


 「借りは作らねえ」


 「・・・いや、むしろ作ったの俺達だと思うんだけど」


 「そろそろ教えてほしいな」


 「?何を」


 「名前。まだ聞いてなかったから」


 「あ、そういやそうだな」


 「・・・・・・」


 それからしばらく、名前を教えろと迫ってきた2人に、俺はなぜ名前を言わないのかも分からなくなり、ついに名乗ることになる。


 「将烈」


 「将烈か。よろしくな」


 「・・・・・・」


 「?なんだ?俺の顔に何かついてるか?」


 「・・・・・・お前、名前なんだったか」


 「嘘だろ!?ずっと認識してなかったわけ!?おい!こいつなんなんだよ!!」


 「よろしくね、将烈。俺は橆令」


 「なんで普通に2回目名乗ってんだよ」


 こうして、俺達は3人での生活を始めることになった。


 この時間が、ずっと続くんだろうと思ってたんだ。








 「おい、計画はどうなってるんだ」


 「当日の警備なんかも調べてます」


 「今回は今までにないくらいの大物だからな。失敗なんか出来ないぞ」


 「サツの動きはどうなってますかね」


 「あいつらは無能だ。例え現場を見られたとしても、逃げ切ればなんとかなるさ」


 



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