オーディン~臆病者と呼ばれた男の物語~

maria159357

第1話断罪の腕






オーディン~臆病者と呼ばれた男の物語~

断罪の腕



     登場人物




      クラウディウス・オーディン


      ジュバローズ


      リビィ


      シーヴィ


      グリード


      デガル


      ヴィント


      デスロイア・マウロ・イデアム


      カトリ―ナ


      エレン






























平和は微笑みから始まります。


        マザー・テレサ






































 第一翔【断罪の腕】




























 風に乗って唄は紡がれ


 時に乗って声は綴られ


 空に抱かれ愛は語られ


 海に抱かれ君は産まれた




 一陣の風に吹かれ 流れ行く灯


 光に愛されずとも 決して忘れはしない




 我等ただ受け継げし者


 天高く剣を掲げよ


 彼に今捧げし唄を


 来世にも遺そう




 人によって花は愛でられ


 人によって馬は駆け抜き


 人によって夢は継がれて


 人によって人は産まれる




 ひとひらの花が散る様 彼は逝く旅人


 時代に愛されずとも 決して消えはしない




 我等まだ途切れぬ誇り


 唄い継ぎ共に歩もう


 彼が胸刻みし誓い


 口ずさみ遺そう


                                     ―英雄唄 『光紡ぐ者』 より




 「ただいまより、クラウディウス・オーディンの公開処刑を始める」


 ざわつく雑踏の中、一人の男が叫んだ。


 「目をお覚ましください!戦争で命を奪い、それ以上奪いなど、ただの殺戮ではありませんか!!」


 男の訴えに耳を貸す者は僅か。


 国王は顎鬚を摩りながら、悠然とした態度で男を見ている。


 「斬れ」




 これは、一人の男の物語である。


 歴史の中に確かに名を刻んだその男。今でこそ彼は英雄などと言われているが、かつては臆病者と呼ばれていた。


 この物語は、そんな男の、語り継がれることがなかった真の物語である。








 「ただいま、オーディンはもう寝ちゃったか?」


 「おかえりなさい。さっき寝たところよ。起こさないでね?」


 「それにしても可愛いな」


 「ふふ」


 男、オーディンはこの小さな村で産まれた。


 村の名は『ボブリュッフ村』といい、ワイン用の葡萄を育てていることで有名な村だ。


 この村で採れた葡萄で作られたワインは、味わいも深く風味も豊かで、喉越しも良いと貴族の間でも評判だった。


 ボブリュッフ村はどこの国にも属していないことでも有名な村で、独立国のような存在でもあった。


 それは葡萄栽培だけで村が潤っていたことと、村人は国の統治下に置かれるのを嫌がっていたからだ。


 オーディンの父親エレンと母親カトリ―ナも、葡萄作りをして生計を立てていた。


 数年経ってオーディンも六歳になった頃、両親を少しずつ手伝う様になった。


 「オーディン!遊ぼうよ!」


 「ダメだよ!美味しい葡萄作らないといけないんだ!」


 「けち!」


 近くに住むオーディンと同じ歳の少女、シ―ヴィの家もまた、葡萄を作っていた。


 「シ―ヴィじゃない。オーディン、遊んでいらっしゃい」


 「でも」


 「そうだぞ。女の子に迎えに来させるなんて、ダメじゃないか」


 両親にそう言われ、オーディンはシーヴィと毎日のように遊んでいた。


 「何して遊ぶ?」


 「かくれんぼ!」


 「またー?シーヴィ、全然見つからないんだもんなー」


 「ふふふ。オーディンがじゃんけんで負けるからでしょ」


 太陽が空に浮かび、二人を見守るかのように燦々と輝いている。


 それから数年経ち、オーディンは村でも一番と言われるほどの働き者になっていた。


 生まれながらに母親譲りの綺麗な黒髪と端正な顔立ちを持ち、父親譲りのしっかりとした男らしい体格に芯の真っ直ぐした性格。


 朝な夕な働くそのオーディンの噂は、瞬く間に村の外にも広がって行った。


 「オーディン、そんなに働いて楽しいの?」


 「楽しいも何も、仕事だからな」


 「ふーん」


 大きくなってからも、シーヴィはオーディンのもとにちょくちょく顔を出していた。


 シーヴィには兄がいて、その兄が農園を継いでいるためか、シーヴィは家事に専念していた。


 「なんだよ」


 じーっと見ていられると仕事がやりにくいのか、オーディンは手を止めてシーヴィの方を向く。


 「別に?ただ、毎日毎日仕事ばっかりしてたんじゃ、お嫁さんも貰えないなーと思ってただけ」


 「それはお前だろ。毎日毎日俺んとこ来てたって、嫁には行けないぞ」


 「・・・・・・」


 ぷくー、と頬を膨らませているシーヴィの心が読めず、オーディンは汗を拭うと再び腕を動かしだす。


 それを見て、膨らませていた頬を元に戻すと、シーヴィはオーディンに気付かれないようにため息を吐いた。


 「残っちゃったら貰ってよ」


 「何を?」


 「何をって・・・私をよ!」


 まったくこちらを見ずに仕事をしていたオーディンは、腕を腰に置いてシーヴィの顔を見ると、呆れたような声を出す。


 「お前みたいなじゃじゃ馬、俺の手には負えないよ」


 「何それ。これでも私、一応料理は得意なんだからね!」


 えっへん、といったように、シーヴィは腕組をして言うが、オーディンはそれを適当に受けながす。


 そんな平和な日々が続いていた。


 「それにしても、オーディンは本当に働きものね」


 「ああ、そうだな」


 すでに疲れて寝てしまったオーディンの寝顔は、親から見ればまだまだ幼いものだ。


 一方その頃、貴族たちがはびこるジュバローズ国では、国王が新しい騎士を探していた。


 「何?オーディン?誰だそれは」


 「は。かの葡萄で有名なボブリュッフ村で、働き者と言われている少年です」


 「ああ、あの村か」


 ジュバローズ国王もワイン好きで、特にボブリュッフ村で採れた葡萄から作られたワインは、お気に入りだった。


 「その男を人質に、村を買う事も出来るやもしれんな・・・。よし、明日早速行ってみようではないか」


 癖の強いごわごわした髪を、後ろにいる女が櫛で梳いて行くが、その特徴的な髪型が直ることはなかった。


 国王は顎を摩りながらニヤリを笑う。








 翌日、オーディンは朝早くから起きて葡萄の様子を見ていた。


 そして空を見上げると、背伸びをする。


 「うん。今日も良い天気になりそうだ」


 誰よりも早くから仕事を始めていたオーディンは、葡萄の手入れをする。


 そうこうしているうちに両親も村の人も起きてきて、一斉に仕事に取り掛かる。


 太陽が少しだけ低くなると、少し遅めの昼食を食べる。


 「なんでお前がいるんだ」


 「じゃーん!今日は私が作ってきたサンドイッチ!美味しそうでしょ!」


 「あら、本当ね」


 「旨そうだな」


 いつもなら、家族三人でピクニックのようにシートを広げて食べているのだが、今日はなぜかシーヴィが一緒にいた。


 シーヴィが作ってきたというサンドイッチを、躊躇なく父親は食べる。


 母親も知っていたのか、いつも準備されているはずの昼食が用意されておらず、オーディンはしかたなくそれに手を伸ばす。


 その時、何処からか地響きが聞こえてきた。


 「地震・・・じゃないな」


 地震ではない地響きがしばらく続くと、村には珍しく来客がおとずれてきた。


 旗に描かれている国旗を見ても、何処の国のものかなんて分からないが、数十頭の馬が無遠慮に入ってきたことで、オーディンは眉間にシワを寄せた。


 昼食を食べていたオーディンたちの前で馬が止まると、後ろの方からひと際目立つ格好をした男が現れた。


 「お前が噂のオーディンって奴か?」


 「噂のかは分かりませんが、クラウディウス・オーディンは私です」


 「ほう」


 マジマジとオーディンを見た男は、馬に乗ったまま、オーディンを見下ろして言う。


 「俺の城で騎士として雇いたいんだが、どうだ?」


 「騎士?」


 今まで葡萄を育てたことしかないというのに、この男は何を言っているんだろうと、正直思っていた。


 そんな心の中の声が顔に出ていたのか、男はこう続けた。


 「立派な騎士になれるよう、こちらで訓練を受けてもらう」


 小さい頃から、男の子たちはみな騎士に憧れていた。


 強く逞しく、それでいて勇敢なその姿は、国とは関わりを持っていない村で育ったオーディンからしてみても、魅力がないわけではなかった。


 しかし、こうして葡萄を作ることにも誇りを持っていて。


 「折角ですが」


 そこまで言ったところで、男がオーディンの声に被せてきた。


 「じっくり考えるんだな。明日、また迎えに来る。その時までに考えておけ」


 そう言うと、馬たちは甲冑を身につけている男たちを背に乗せたまま、軽快に走り去っていった。


 その日の仕事が終わると、オーディンは部屋で仰向けになって天井を仰いでいた。


 コンコン、と控えめなノックが聞こえてきて、オーディンは身体を起こし胡坐をかくと、両親が部屋に入ってきた。


 「オーディン、あの話なんだけど」


 「心配しないで。行く心算ないから」


 「そうじゃなくてね、その、行っても良いのよ?」


 「え?」


 小さい頃から活発で、それこそ騎士ごっこなどという遊びもしていた。


 こんな小さな村で一生を終えるだけが道ではないと、そう言われた。


 「俺は今の生活で満足してるよ。騎士になるのは憧れだったけど、父さんや母さんを残していけないよ」


 「俺達のことなら気にするな。お前が幸せになるなら、それでいいんだ」


 「国は嫌いだ。武力でしか人を動かすことが出来ない。貴族だって同じだ。あいつらは金や権力だけで全てを手に入れようとする」


 カトリ―ナはオーディンの掌をそっと包み込むと、何度も何度も撫でる。


 「なら、あなたがそれを変えなさい」


 「変える?」


 「嘆くだけなら誰にでも出来るわ。それこそ、オーディンが嫌いな国にも貴族にもね。けど、行動するのは意思の強い人間だけ」


 その日の夜、まるで別れを惜しむかのようにして、三人は一緒に寝ていた。


 翌日、昼ごろになるとまた馬に乗った男たちがドドドドド、と地響きを立てながらオーディンのもとにやってきた。


 オーディンは少しの服とおまもりだけを荷物としてまとめていた。


 「オーディン、いらっしゃったわよ」


 家を出ると、そこにはどこから聞きつけたのか、村人たちも集まっていた。


 「よう。決まったようだな」


 「・・・はい」


 男は満足そうに笑うと、一頭の馬がパカパカと歩いてきた。


 その馬に乗れと言うことかと、オーディンは生まれて初めて馬に乗ろうとした。


 「オーディン」


 「・・・シーヴィ」


 見送りに来ていたシーヴィは唇を噛みしめていたが、すぐに微笑んだ。


 「元気でね」


 「ああ。みんなをよろしく頼んだ」


 馬に跨ると、オーディンはこちらを振り向くこと無く去って行ってしまった。


 「寂しくなるわね」


 「そうね。カトリ―ナ、何かあったら私たちに言ってね」


 「ありがとう。シーヴィも、わざわざ来てくれてありがとう」


 「いえ、私は」


 村一番の働き手だとか、数少ない男手だとか、そういうことではなく。


 オーディンという一人の人間がいなくなってしまったこと。


 「きっと、オーディンなら立派な騎士になれます。誰よりも強く優しい騎士に」








 城に着いたオーディンは、馬から下りると思わず顔を上に向けてしまう。


 村では見られない高く広い建物に、そこに住まう多くの人達。


 ジュバローズ国王はさっさと何処かへ行ってしまったらしく、オーディンは騎士たちの部屋へと案内された。


 「よ。新入りか?」


 「あ、はい」


 最初にオーディンに声をかけてきたのは、オーディンより年上のように見える、目尻にホクロがある男だった。


 「俺はグリード。よろしくな!」


 「オーディン。よろしく」


 グリードはニコニコ笑いながら、他の仲間たちも紹介してくれた。


 「こいつはデガル。ちょっと無愛想だけど、良い奴だよ。で、こいつはわりと最近入ってきたヴィント」


 短髪のデガルに、ボサボサの髪のヴィント。


 それ以外にも何人も紹介されたが、一気に覚えられるはずもなく、主にグリードたちと行動を共にしていた。


 「ジュバローズ国王のこと、どのくらい知ってる?」


 「ほとんど知りません」


 「まじか!あんまり言うなって言われてんだけど、一応話しておくな」


 オーディンのベッドが用意されており、それは村で寝ていたものよりも遥かに豪華で、そして気持ちよさそうだ。


 そこに荷物を置いて座ると、グリードがずいっと横に座った。


 「実はさ、国王には一人娘がいるんだ。リビィっていうんだけど、本当はアナゴルシア国に嫁ぐはずだったんだ」


 アナゴルシア王国は、リビィを貰うために、ジュバローズ王国に金も宝石も、欲しいと言われただけ贈り物をした。


 しかし、幾ら贈り物をしてもリビィは来る気配さえなく、怒ってしまったとか。


 もともと領地の取り合いをしていたこともあってか、近々そのアナゴルシア王国とは戦争になるかもしれないとのことだった。


 「ああ、敵対って意味では、もうひとつでかい国があってな」


 ジュバローズ王国は主に二つの国と睨みあいをしている。


 一つは先程話にも出たアナゴルシア王国で、もう一つはトニサ―ル王国というらしい。


 「まあ、俺達は実情を知ったところで、何も出来ないんだけどな。ただ命令が出れば戦いに行くだけ」


 「戦い・・・」


 何かあれば言ってくれと、グリードはオーディンの背中を叩いた。


 その日から、オーディンは鍛錬を始めた。


 しかし、元から喧嘩や争いなどが嫌いなオーディンは、抵抗があった。


 それでも両親の気持ちを組んで、日々訓練と鍛錬を繰り返していた。








 オーディンが城に雇われてから三年が経つと、十五になったオーディンは随一とまで言われるほどの剣の使い手となっていた。


 背も伸び、もとから端正だった顔立ちは、幼さよりも男らしさの方が強くなってきた。


 「精が出るなぁ」


 「グリード」


 剣の手入れをしていると、グリードたちがやってきた。


 「ねえオーディン、今度の戦争の話聞いた?」


 「いや、まだ」


 オーディンと同じ歳のヴィントが、ガシャンガシャンと甲冑を身に纏いながら近づいてきた。


 サイズが大きいらしく、それをデガルが慣れた手つきでサイズを測り直していた。


 「相手はアナゴルシアだってよ」


 「アナゴルシア・・・」


 金品を貰うだけ貰っておいて、一人娘を嫁にやらなかった相手。


 一度、形式だけリビィは相手国に行って来たようなのだが、断ったらしい。


 「大砲も銃も馬も準備は出来てるみたいだから、いつでも出陣出来るようにしておけよ」


 「わかった」


 そう言うと、グリードは剣を抜いて知らない誰かとまじえ始めた。


 まだオーディンの横で、なにやらガシャガシャしているヴィントは、ぷは、と甲冑を脱ぐと汗だくのまま一気に地面に寝転がった。


 サイズの確認をしたデガルは、それを手直しする人に渡しに行く。


 「オーディンはさぁ」


 「ん?」


 「怖くないの?初めてでしょ?」


 寝転がったまま、ヴィントが尋ねてきた。


 「・・・わからない。怖いのかな」


 上半身を勢いをつけて起こすと、ヴィントはオーディンにぐいっと顔を近づける。


 「だってさ、人が死んでいくんだよ?僕まだ一回しか出たことないけど、すごく怖かったよ。自分だって死ぬかもしれないと思ったら、逃げたくなった」


 「ヴィントはなんで騎士に?」


 「僕のとこはすごく貧しくてね。なんていうか、親に売られたのかな」


 「・・・ごめん。変なこと聞いた」


 「ううん!グリードもデガルも優しいし、ここにいればお腹が空くこともないし」


 何を話せば良いのか分からず、オーディンとヴィントはしばらく周りの鍛錬風景を眺めていた。


 それから三日後の明朝、戦争へと旅立つことになった。


 準備をしていると、オーディンのもとに甲冑を着終わったグリードがやってきた。


 「よ。やっぱり戦争になったな。大丈夫か?」


 「うん」


 「オーディンどこの隊だ?」


 「リービッヒ隊・・・?」


 「なんで疑問形なんだよ。けどリービッヒ隊ってことは、一番最初に出るようだな。それにお前、まだ時間かかりそうだな」


 まだオーディンが足の部分しか穿き終わっていないのを見て、グリードが笑いながら着るのを手伝ってくれた。


 慣れていて手際のよいグリードのお陰で、なんとか頭以外の甲冑は身につけられた。


 「ありがとう」


 「いいってことよ。ほら、早く行かないと。リービッヒ隊長は怖いからよ」


 ニシシ、と笑って送ってくれたグリードに御礼を言うと、オーディンは急いでリービッヒのもとへと向かった。


 リービッヒ隊に到着すると、整列と敬礼をし、何やら言っているようだが、遅れてきたオーディンは後ろの方にいるためか、それともちゃんと聞こうとしていないからか、よく聞こえなかった。


 話が終わって馬に乗ろうとしたとき、リービッヒに声をかけられた。


 「お前が新人のオーディンか」


 「はい」


 乗ろうとかけていた足を下げると、リービッヒはオーディンを上から下まで見て、ふう、と息を吐いた。


 「良いか。何があっても走りぬけろ。油断するな」


 「はい」


 「それから、余計な感情は入れるな。相手に命乞いをされても止めをさせ。そして仲間が倒れても助けるな」


 「・・・はい」


 ならいい、と言って、リービッヒは自分の馬へと跨った。


 オーディンもそれを横目で見たあと馬に乗り、これから向かうアナゴルシアの方角へと馬を走らせる。


 まだ太陽は昇らず、少し肌寒さも残る。


 日の出とともに攻撃する心算らしく、それまではアナゴルシアが見える位置でみな隠れながら気持ちを整える。


 そしていよいよ太陽が地平線から顔を出し始めてきたとき、リービッヒの指示によって一斉に馬を走らせた。


 地響きに目を覚ましたのか、それともアナゴルシアも準備をしていたのか、攻撃を始めるときにはすでに武器を持っていた。


 その頃、ジュバローズ国の方でも、第二、第三部隊の突入を始めていた。


 「はあっ」


 初めての戦争に参戦したオーディンは、その腕で次々に敵を倒していった。


 「たっ、助けてくれええっ!!」


 わあああ、と朝の静けさとは真逆のような耳障りな声があちこちから聞こえてくる。


 それは助けを求める声だったり、断末魔の叫びだったり、戦いに気持ちを昂らせたものだったり。


 背後からきた気配を察知したオーディンは、手綱を引いて避けると、それとは別に、遠くから弓を射る人影が見えた。


 正面から来る敵に剣を振るいながらも、空からくる攻撃にも身構えていた。


 「お、お願いだ・・・やめてくれ」


 懇願されても、それを聞き入れることはなかった。


 気付けば自分も剣も血塗れで、目の前には地獄絵図のような光景が広がっていた。


 日が暮れれば、自然と互いに陣地へと戻って行き、翌日に備える。


 オーディンは血だらけになった身体を拭き、今日自らの手で葬ってきた敵たちを思い浮かべていた。


 もちろん被害は自国にもあるが、死亡した仲間を連れて帰ることさえ出来ていない。


 「オーディン」


 剣を拭いて研いでいると、リービッヒが声をかけてきた。


 呼ばれたため、その手を止めて後をついて行くと、リービッヒはこう言った。


 「明日はお前が先に行け」


 「え?私がですか?」


 「指揮は俺がとる。お前は先陣切って前へ出ろ、いいな」


 「・・・はい。わかりました」


 初めてだと言うのに、何を考えているのか。


 しかし、それを断ることも出来ず、オーディンは承諾した。


 翌日、リービッヒはオーディンを先頭に立たせ、また戦争が始まった。


 太陽が昇ってすぐ、相手の首を斬った。


 腕や足を斬れば、馬から落ちて助けを求めるが、誰も手を差し伸べることはない。


 戦争は七日間にわたり続いた。








 七日目、戦争が終わる頃には雨が降っていた。


 アナゴルシアが降参したことによって、ジュバローズの勝利が確定した。


 勝利に喜ぶ者がいる中、オーディンは一人屍の中に紛れ込んで佇んでいた。


 地面を覆い尽くすようにして倒れている多くの屍をかきわければ、その中には鍛練中に何度か顔を見た者もいる。


 ザザザ、と降る雨に身体ごと濡れていても気にはならないほど、オーディンはそれ以上の何かを感じていた。


 「・・・・・・」


 「オーディン、そろそろ帰ろう」


 「・・・ん」


 「オーディン」


 すでに他の者は馬に跨ってジュバローズに向かっている中、なかなか馬に乗ろうとしないオーディンのもとにヴィントとデガルがやってきた。


 「・・・・・・」


 足元に横たわっている、すでに息などしていないひとつの身体は、顔に泣きボクロがついていた。


 「すぐにハゲタカが群がってくる。それに他の動物たちも」


 「ああ」


 気持ちを断ち切るようにして馬に跨ると、オーディンたちも城へと帰って行った。


 城に戻ったオーディンの手の甲には、知らぬ間につけられたのであろう傷があった。


 血はもう出ていなかったが、オーディンはその傷にそっと触れた。


 身体を拭いてしばらくすると、リービッヒがオーディンたちの部屋にやってきた。


 「オーディン、ジュバローズ国王が呼んでるから来い」


 「はい」


 上も下も身体にフィットした騎士の服を着て腰に剣を収めると、オーディンはリービッヒの後を着いて行った。


 ジュバローズ国王の部屋まで来ると、リービッヒは一礼をして去ってしまった。


 「入れ」


 「は」


 背もたれの大きな椅子に座っているジュバローズ国王の前に着くと、片膝をつこうと背を屈める。


 すると、コツコツ、とヒールのような音が聞こえてきたかと思うと、ジュバローズ国王隣に一人の女性が腰を下ろした。


 ジュバローズ国王ほど大きな椅子ではないにしろ、ピンクや赤を使った可愛らしい装飾が施されている。


 ふわっとしたフリルのスカートにも、耳にも首にも頭にも、キラキラと輝く様々な色の宝石がちりばめられている。


 「オーディン。此度の戦での活躍、聞いておるぞ。よくやってくれたな」


 「いえ」


 「この城には多くの騎士たちがいる。だが、世に残るのはその中でも一握りだけだ。お前もきっと役に立つ騎士になるのだろうな」


 ハハハ、と高笑いをするジュバローズ国王の横で、ツンツン、と人差し指で何か訴えている女性。


 それに気付くと、ジュバローズ国王は思い出したようにまた話出した。


 「そこでだ、領地を与えても良いと思ったのだが、娘がお前のことを気に入ってな。どうだ?娘の婿になるのは」


 女性はすっと椅子から立ち上がり、オーディンへと近づいてきた。


 顔がすっぽり隠れるくらいの、何かの毛がついている扇子を畳むと、それをオーディンの顎にあてて顔をあげさせた。


 意思とは関係なくあげられた視線の先には、ふわふわとしたパーマがかかっている、長い黒髪の女性。


 オーディンを見るとにこっと笑い、赤く染まった唇を動かす。


 「あなたほどの騎士なら、私は構わないわ」


 なんとも上から目線の言い方をしてきた女性は、自らをリビィと名乗った。


 ジュバローズ国王の部屋を出てきたオーディンが自分の部屋へと戻ると、デガルとヴィントが待ちかまえていた。


 オーディンがリビィと結婚するかもしれないという噂はあっという間に広まっており、それについて質問された。


 「オーディン結婚しちゃうの?」


 「これからどうなるんだろうね」


 「オーディンは結婚しても騎士のままなのかな?」


 知らぬ間にこんなに大事になっているとは思っていなかったオーディンは、思わず頭を抱えてしまった。


 日取りは決めたのかとか、騎士を止めるのかとか、結婚話は前から出ていて、それでアナゴルシアとの戦いに勢力を持って行ったのかとか。


 いつの間にか、デガルとヴィント以外の騎士たちにまで囲まれていたオーディンは、何か言おうとしたのだが、次々に質問が降りかかってきて、なかなか言えなかった。


 そこで、手をあげて一旦言葉を制止させると、ここでようやくオーディンが口を開いた。


 「断った」


 「・・・えええええええええええ!?」


 リビィとの婚約の話を断っていたオーディンだが、ジュバローズ国王とリビィは、少し考えてまた答えをくれと言ってきた。


 断ったら即城を追い出されるのかと思っていたが、オーディンほどの勢力を削れることも出来ないようだ。


 これで質問をされることはなくなるだろうと思っていたオーディンだが、甘かった。


 「なんで断ったの!?」


 「何が気に入らなかったんだ?」


 今度は、そんな質問がきた。


 リビィを見たことのある者は、それなりに見た目も性格も知っているからか、見た目に不服があるのかとか、性格が性格だからな、と言っていた。


 見たことがない者は、どういう人なんだとか、折角地位を手に入れるチャンスなのにとか、騎士よりも良い役職を貰えるとか、そんなことを言っていた。


 しまいには、オーディン抜きで話が盛り上がってしまい、オーディンは部屋の隅で男共が楽しそうに話しているのをただ黙ってみていた。


 「オーディンオーディン!!」


 翌日、朝早くからヴィントがオーディンの耳元で叫んで起こした。


 時計を見るとまだ五時にもなっていなくて。


 「何」


 顔だけをヴィントに向けると、ヴィントは嬉しそうに笑いながら、薄っぺらい新聞のようなものを見せてきた。


 「・・・あ」


 そこに書いてあったのは、『アナゴルシア戦において勇敢な姿を見せた剣の使い手、英雄オーディン』の名。


 「すごいね!もうオーディンの名前広まってるよ!きっと近くの村や街にも配られてると思うよ!」


 「・・・迷惑」


 「なんでー?すごいことじゃん!」


 ヴィントはそれを持ったまま、また次の人、次の人と、どんどんそれを見せていた。


 そんなヴィントを見ながら、オーディンは思っていた。


 英雄などと書かれていても、自分は仲間の一人さえ助けることは出来なかった。


 オーディンの名が広まると、ジュバローズ王国と手を結びたいという近隣の国が増えてきた。


 それは喜ばしいことでもあったのだが、オーディンとしては少し煩わしくもあった。


 「リービッヒ隊長」


 「どうした?」


 「あの、隊員が多すぎて把握出来ないのですが」


 以前から武力を持っていたジュバローズ王国には、騎士になりたいという若者や、親に売られてくる子が多かった。


 最近ではその数が一気に多くなり、一人一人を見ることも難しく、名前さえ覚えられないほど人であふれかえっていた。


 「そうだな。今度の試験で必要な人材だけを見極めよう」


 「お願いします」


 その頃、リビィは自室で化粧台に座り、じーっと自分の顔を眺めていた。


 小さい頃から大事に育てられてきた。


 それこそ、蝶よ花よと愛でられ、手に入らない物はないほどに。


 欲しいと思えばなんでも手に入った。


 洋服も宝石も豪華な部屋も、ましてやこの美貌を持って生まれたのだから、男の人はリビィに次々声をかけてきた。


 その面々は地位も権力も金もある人ばかりで、リビィはそれが当然だと思っていた。


 しかし、今回の話は別だ。


 オーディンという男は小さな村の出で、金もなければ地位も何も持っていない。


 だからといって、零というわけでもない。


 此処に来てそれほど日が経っていないのにも関わらず、剣の腕は勿論のこと、周りからも厚い信頼を持たれている。


 それになんといっても、リビィは面食いだ。


 オーディンを初めて見た時から、いつか必ず自分のものにしようと思っていた。


 そして、それが当然であると。


 父親にお願いしてオーディンと結婚しようと思ったリビィだったが、オーディンはその話を断ってきた。


 理由は言わなかったが、もしかしたら村にいたときの女が関係しているのかと、リビィは考えていた。


 オーディンが騎士としてジュバローズに来る際、見送りに来ていたと言っていた家族でもなければ恋仲でもない、一人の女。


 「ちょっと良いかしら」


 「はい、なんでしょう」


 リビィはオーディンを迎えに行った騎士の一人に声をかけると、二人っきりの密室状態にし、男の耳に口に近づけた。


 「なんて言ったかしら、オーディンの村」


 「ボブリュッフ村です」


 「そうそう。確か、オーディンの見送りの時に、同じくらいの歳の女がいたって言っていたわよね?」


 「ええ」


 口角をあげると、リビィは男の逞しい胸板に指を這わせ、上目遣いに見上げる。


 「その女のこと、詳しく聞かせて頂戴」








 「オーディン、何処行くの?」


 皆が鍛錬をしている中、オーディンは一人馬に乗って何処かに行こうとしていた。


 「ちょっとな。すぐ戻ってくる」


 「わかった。けど気をつけてね。また近々戦争が始まるらしいから」


 「ああ」


 馬を奔らせると、そこはアナゴルシアとの対戦ですでに人間の腐ったような臭いが漂う、あの場所だった。


 動物に荒らされたのか、それとも気候によってなのか、人と呼べるような形のままのものは残っていなかった。


 腐敗臭というのか、オーディンは腕で鼻元を覆いながら馬を下りて歩く。


 手綱を持ちながら歩くが、馬も臭いが嫌なのか、臭いから顔を遠ざけようと顔をあちこちに動かす。


 「グリード・・・」


 グリードが横になっていた場所に向かうと、顔では判別出来ないほど酷い状況だった。


 その場所で、時間にしてきっと一時間ほどいただろうか。


 オーディンはグリードをゆっくり眠らせると、まだそこに広がる光景に、顔を顰めた。


 馬に跨って城に戻る頃には、すでに陽は沈んでしまい、オーディンは夜中に少しだけ鍛錬をし、それから寝床へ向かった。


 「オーディン、グリードのところに行ってたの?」


 もう寝ていると思っていたヴィントが、ごろん、と身体を反転させてこちらを見る。


 そうだと答えれば、ヴィントは笑った。


 「ここに来てからさ人がどんどん死んじゃって、悲しむ暇もないくらい辛かった。グリードはいつも声をかけてきてくれてね、オーディンみたいに死んだ人を弔いに行くこともあったんだ」


 隣の仲間が倒れても助けるな、心を許した友が助けを求めてきても振り向くな、例え自分が死ぬと分かっても縋るな。


 そんな中でも、やはり悲しみというのは耐えられない時がある。


 「ありがとう。本望だったとは言わないけど、きっとグリードは分かってくれるよね」


 「うん」


 グリードがいなくなってすぐ、ヴィントが夜中泣いていたのを見つけた。


 理由を聞いてみたら、グリードが斬られたとき近くにいたらしく、きっと自分が処置をしていれば助かったかもしれないと。


 敵が射った弓を、グリードが乗っていた馬が受けてしまい、そのまま落馬。


 同じように落馬した仲間が敵に襲われていたため、それを助けようとしたところ、脇から刺さった剣によって倒れてしまったようだ。


 ヴィントが倒れたグリードを見つけたとき、まだ息をしていて、しかし助けることも出来ず、グリードはそのまま息絶えてしまった。


 「グリードに助けられたのに、グリードを助けられなかった」


 悔しそうに言うヴィントの上の段に寝ていたデガルも、そっと目を開けていた。


 二人は気付かなかったが、そのまま話を続けた。


 「オーディンは強くなってどうなりたいの?やっぱり騎士として名を馳せたい?」


 ヴィントの質問に、オーディンは少し考えるように首を傾げた。


 「もともと、強くなりたいなんて思ってなかった。別に村の生活で不自由してなかったし。けど騎士には憧れてた」


 「じゃあ、騎士になる為に来たの?」


 「ん、まあ。でも名を馳せたいなんて思ってないな」


 「そうなの?折角そんなに強いのに?もったいないと思うけどな」


 ヴィントの言葉に、オーディンは天井を見ながらこう答えた。


 「強さなんて持ってても、人の心は救えないよ」


 「でも」


 「もう寝よう。明日もまた厳しい練習用意してるみたいだから」


 無理矢理ヴィントを納得させると、オーディンも身体を横にした。


 翌日、思っていたよりもハードな鍛錬が続き、バタバタと騎士たちが倒れて行った。


 「なんか、今日気迫はすごいね」


 こんなことは以前にもあった。


 それは、アナゴルシアとの対戦が近づいてきたときだ。


 きっとまた戦争でもはじまるのだ。


 そしてその日の鍛錬終了後、リービッヒから通達があった。


 「今度はトニサ―ル国か。あそことは昔から仲悪かったもんな」


 「今日まで戦争しなかったのが嘘みたいだ」


 トニサ―ルとの戦争は決めたようだが、戦力がまだ整っていないため、こちらから仕掛けることはまだない。


 「また戦争か」


 騎士としての役目と言われてしまえばそこまでだが、出来れば戦争に出る騎士ではなく、平和を保つ騎士でありたかった。


 「オーディン、頼んだぞ」


 「・・・はい」


 自分はまるでただの駒だと。








 「お父様、また戦争でもするの?」


 「なんだリビィ、興味あるのか」


 「ないけど、何処と?」


 「トニサ―ルだ。あそこの領地の中には、お前が好きな原石を掘っている村もあるぞ」


 「本当!?嬉しい!」


 交渉が上手いのか、それとも人徳なのか。


 トニサ―ル国には多くの領地があった。


 噂によれば、村をひとつ買うのに、通常の五倍の値段を出して交渉しているようだ。


 金に目が眩めば、簡単に落とせる。


 「トニサ―ルとはボブリュッフでも色々あったからな」


 「ボブリュッフ、ってあのワインの葡萄作ってる村?」


 「そうだ。よく知ってるな」


 どこの国にも属さずに、百年、いやそれ以上長く単体で生き残ってきた村。


 それは極上の味を産みだす葡萄のお陰。


 同じように作ろうと試みた城の科学者たちが、葡萄を持ちかえってきて研究をしたようだが、同じ物は作れなかった。


 葡萄の作りかたは村の者だけが知っていて、脅したとしても金で売れと言っても、決して口を割らない。


 何十年か前に一度、村を襲うぞと脅したときには、ボイコットをされてしまい、ワインが作れなくなってしまった。


 襲わない代わりに葡萄を作るように頼めば、村人は頬が落ちるほど美味しいものを作った。


 それで需要と供給が成されてきた。


 「ねえお父様」


 「どうした?」


 「私、一度その村に行ってみたいわ」


 可愛い一人娘にねだられては、ジュバローズ国王も断ることは出来なかった。


 明日にでもすぐに村へ行けるようにと、召使たちに準備をさせた。


 「それにしても珍しいな。どうかしたのか?」


 「ふふ。いいじゃない。私だって領地になるかもしれない村のことは興味あるのよ?」


 あはは、うふふ、と交わる笑い声は地を這うようにして消える。








 「こりゃいかんな」


 「どうする?これじゃあ今年は良いのが作れんぞ」


 「参ったな。こんなことになるなんて」


 「被害があまりに酷いぞ」


 「とにかく、しっかりと固定しよう」








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