未来への地図





我楽多

未来への地図




 「偽りの自分」を愛されるよりも、「本当の自分」を憎まれる方がいい。


          カート・コバーン




































 第二将【未来への地図】




























 将烈が何かを調べようと部屋を出て行こうとしたとき、丁度ノック音が聞こえた。


 ドアを開けるとそこには、祇園がいた。


 「何処か行くのか?」


 「いえ、大丈夫です。何かありましたか?」


 「研究所のこと、調べるって言っただろ?その報告にきたんだ」


 そういえばそんなことがあったと、将烈は祇園から手渡された研究所に関する報告書にざっと目を通す。


 「結果から言えば、特に問題は無さそうだったよ。健康食品を扱っている研究所らしくて、衛生的な面のことを考慮して、街から離れた場所で作ってるらしい」


 「・・・そうですか。わざわざありがとうございます」


 「今日は1人なのか?」


 いつもなら、将烈の隣には波幸だとか火鷹だとかがいるというのに、今日は将烈1人であることに疑問を持ったようだ。


 その質問に関して、将烈は祇園から渡された報告書をデスクの上に置きながら、小さく笑ってこう答えた。


 「いつも誰かといるわけじゃありませんよ。俺だって1人でいるときくらいあります」


 「そうか。そうだよな。邪魔して悪かったな。じゃあ俺は戻るから」


 「ええ。ありがとございます」


 急いでいるのか、とりわけ話すことも無かったからか、祇園は早々と帰って行った。


 将烈は出口に向けていた足を一度止め、デスクの上の放った報告書へと目線を送る。


 煙草を吸おうと口に入れ、ポケットに入っているライターの蓋を開けてカチカチと火をつける素振りは見せるが、煙草同様、いじっているだけで一向につけようとはしない。


 何度目かのカチカチの後、強めにライターの蓋を閉めると、煙草を咥えたままで部屋から出て行った。








 「先日入ったばかりの新人、様子はどうだ?」


 「それが優秀なんですよ。仕事の覚えも早いし、子供にも懐かれてるしで」


 「そうか。それなら良かった。時間があるとき俺の部屋に呼んでくれ」


 「分かりました」


 コンクリートで固められた建物の中。


 規則正しく並べられた部屋が、数え切れないほど存在している。


 音が反響しないようにと、防音までつけられた各部屋には、まだ幼い顔つきをした子供たちがいる。


 「龍也さーん、お呼びですか―?」


 呑気な声を出して走ってきた新人に、呼ばれた本人、龍也は和やかに微笑む。


 茶色の髪の毛は少し癖っ毛だが綺麗にまとまっており、真っ黒い目、耳には青いピアスをつけている。


 爽やかなお兄さん、といった感じだろうか。


 「君の仕事ぶりは聞いてるよ。こっちとしても大変助かってるよ」


 「いやいや、それほどでもー。龍也さんに褒められるなんて、光栄ですよ」


 「お世辞は良いよ。それより、君が今面倒見てる子の体調はどうだい?貧血になって倒れたって聞いたけど」


 話しをしながらも、龍也はシャカシャカと何を作っているのかと思えば、手作りのパンケーキのようだ。


 IHにフライパンまで準備をし、トッピングようのホイップクリームや果実なども置いてある。


 「もともと貧血気味だったみたいで。鉄分を注入しながら様子みてるとこですよ」


 「それならいいんだ」


 耳では話しを聞いているのだろうが、手はどんどん動いて行き、パンケーキを完成へと導いて行く。


 ついに出来上がったものは、5段重ねのもので、卵白が多く含まれたためか厚みもあり、そこに大量のホイップクリームと、ラズベリーにオレンジ、グレープフルーツなどの果物、上からチョコレートソースをかけた、なんともカロリーの高そうなものだった。


 それを自分のテーブルの上へと持っていくと、龍也は上から一番下まで一気にフォークを突き刺した。


 「君も食べる?」


 「いえ結構です」


 そう言うと、新人は部屋から出て行った。


 1人になった龍也は、突き刺したフォークを使って器用にパンケーキを取り出すと、チョコレートが滴るのも気にせず、そのまま口へと放り込んだ。


 チョコレートはフォークから龍也の手へ伝うため、龍也は自分も腕ごとべロリと甘ったるいそれを舐めとる。


 「うん。悪くない」








 「将烈さん」


 「行くぞ」


 「もう行くんですか?」


 「別に落としに行くわけじゃねえ。ただ、世間話をしに行くだけだ」


 口に煙草を咥え、ネクタイはキュッと上まで締められた状態で波幸に声をかけた将烈。


 今日は少し冷えるからなのか、それともこれから行く場所が海沿いだからなのか、将烈は黒のワイシャツの上に、軽く黒の上着を羽織っていた。


 将烈と波幸が向かった先は、裏手に墓地が並び、海からの強い風に吹かれて痛んだ花が咲いている、教会だった。


 「会ってくれますかね」


 「会うんだよ」


 そう言うと、将烈はノックもせずにいきなり扉を開ける。


 パイプオルガンの音も聞こえない教会はとても静かで、子供たちを預かっているというのに、子供たちの声さえ聞こえない。


 廃墟のような教会に無遠慮に入り込むと、将烈はどんどん奥へと突き進む。


 その将烈の後ろをついて歩く波幸は、あたりを気にしながらも、あまりに静かな教会に身震いをしそうになる。


 誰も出て来ないため、将烈は適当な場所に腰掛けると、足を組み、腕も組んでただ待つことにした。


 「神にお祈りに来たのですか?」


 「・・・いや、神には用はねえ」


 「でしたら、お帰り下さい。ここは神聖な場所なのです。心の穢れた方が来るような場所ではありません」


 ふと、奥から現れた女性、シスターアンジーは、以前来たときとは違う、軽蔑するような目つきで将烈たちを見てきた。


 波幸が勝手に入ったことを謝罪しようと口を開くが、それよりも早く将烈がシスターに話しかける。


 「俺の心が穢れてるかどうかはさておき、あんたはどうなんだ?」


 「?私?」


 「孤児を引き取るなんざ大したもんだ。それも何人もな。自分の子供だって面倒見るのは大変だってのに、他人の子供となれば、それこそ大変だろうな」


 「可愛いものですよ?他人の子だろうとなんだろうと。子供はとても無垢なものです。神という存在を信じて生きていれば、いつか必ず良いことがある。心清らかに、希望を持って生きていけるのです」


 将烈は口に咥えていた煙草に火をつけようとしたが、またしても、カチカチとライターをいじるだけで、火はつけなかった。


 「神ってもんは、無責任だよな」


 ふと呟いた将烈の言葉に、シスターはピクリと眉を潜ませた。


 「無責任なのはあなた方のほうです。本当の正義とはなんなのか、わかっていないのです」


 「あんたの言う正義ってのは何だい?」


 「将れ・・・」


 この会話の意図が掴めなかった波幸は、将烈の名を呼ぼうと声を発したのだが、瞬間、将烈の視線が自分に向けられると、その眼光の強さに何も言えなくなってしまった。


 ただ暇つぶしに来たわけではない。


 きっと将烈なら何か考えがある会話なのだろうと、波幸は大人しく待つことにした。


 「清らかなことです。純粋、そして純白。それこそが正義です」


 「大したもんだ。いつまでも綺麗なままでいられるなら、誰も苦労はしねぇな」


 「神は平等です。あなたも、今からでも神に祈りを捧げれば、きっとあなたの心を救ってくださることでしょう」


 「神は犠牲をも赦すってか」


 「いた仕方ない犠牲も、世の中にはあることでしょう」


 「・・・・・・」


 ここでようやく、将烈は腰をあげた。


 それ以上、シスターには何も言う事もなく、ただ黙って出口へと向かって行く。


 波幸も慌ててその後を追って行く。


 教会からある程度離れた場所まで来ると、将烈はいきなり足を止める。


 何事かと、波幸も同時に足を止める。


 「将烈さん・・・?」


 「俺はな、波幸」


 「はい」


 もともと低い声の将烈だが、それ以上に低いというか、落ち着いた声だ。


 「俺は神なんざぁ信じちゃいねぇ。祈っても崇めても、そいつは人間の自己満足だ。エゴだ」


 「将烈さん?」


 「犠牲の上に成り立つ正義なんざありゃしねぇ。神のせいにして自分の罪を免れようとしてる奴は、俺がぶっ潰す」


 捕まえるの間違いじゃ、と思った波幸だが、先程のシスターの言葉が、どこにあるかも分からない、将烈の本気スイッチを入れてしまったようだ。


 将烈は煙草に火をつけると、波幸の前をどんどん歩いて行く。


 その背中に声をかけることが出来なかった波幸は、一定の距離を保ったまま、将烈の後ろを歩いて行く。








 気まずい沈黙がようやく終わろうと、将烈が部屋を開けたが、ドアを開けたまま動かなくなってしまった将烈に、波幸は首を傾げる。


 何だろうと思って隣から部屋の中を覗いてみると、そこには将烈の椅子に座っている、将烈ではない誰かがいた。


 そしてその背中のフォルムからして、波幸も一度は会ったことがある人物だと分かる。


 「何してる」


 将烈が声をかけると、その背中はくるっとこちらを向いて笑みを作る。


 「行き詰ってる頃かと思ってよ。そろそろ俺の手を借りてぇだろうと思って、来てやったまでだ」


 ふう、とため息をついて、将烈は頭をガシガシとかいた。


 ネクタイも緩めながらその人物の方へと近づいて行き、思いっきり椅子を蹴飛ばして下ろした。


 「いててて・・・何しやがんだ。相変わらず乱暴な奴だな」


 何も答えずに椅子を直してそこに座った将烈は、煙草を吸ったまま、波幸にコーヒーを淹れるように頼んだ。


 「炉冀さんも飲みますか?」


 「頼むよ。あ、俺ブラック飲めないから、砂糖とミルクも」


 将烈の椅子に座っていた男、炉冀。


 ネイビーのさらっとした髪に、青い目。


 左目の下にはホクロがあり、ピアスもつけている。


 「煙草止めた方がいいじゃねぇの?」


 「俺の勝手だろ」


 「身体に良くないっての。それに、昔のよしみで手伝ってやろうと思ったのに」


 ケラケラと笑いながら、炉冀は将烈のデスクに腰を下ろす。


 波幸が甘めのコーヒー、というか、すでにカフェオレと化したそれを手渡せば、満足気に飲んでいた。


 煙草の臭いが気になるのか、炉冀は将烈の了承も得ずにさっさと窓を開けると、気持ちよさそうにしていた。


 「用がないなら帰れ」


 「だから、言ったろ?協力してやるって」


 一気にカフェオレを飲み干すと、それを将烈のデスクの上に置き、両手を広げてデスクに乗せ、将烈との距離を縮める。


 ブラックを飲んでいる将烈は、炉冀を見ることもなく、背もたれに寄りかかる。


 「正直言うと、俺達も気になってんだよ。何が起こってるのか知りたいんだ。子供たちが次々に遺体で見つかって、だけど犯人は未だ捕まってなくて。ああ、別にお前に対する厭味じゃなくてな」


 「・・・・・・」


 コーヒーを飲んだ将烈は、煙草の煙を遠慮なく吐き出す。


 「お前たちだって、この事件だけに関わってるわけにはいかないだろ?なら、手っ取り早く解決するためにも、俺達がいれば鬼に金棒じゃね?」


 「・・・さっきから言ってる”俺達“ってのは、まさかとは思うが」


 「もち。てか、それ以外にいる?お前みたいな上層部に刃向かってばかりの実力男に協力してやれるのは、俺達くらいしかいないと思うね」


 「褒めてんか貶してんのか」


 「褒めてるじゃんよ。けど、今日は絶好の曇天だからな。櫺太はちょいと機嫌悪いかもしんないけど」


 言っていることが分からない人も多いだろう。


 絶好の晴天ならまだしも、絶好の曇天とはどういうことだろうかと。


 櫺太という男は、晴れよりも曇りや雨の方が好きな男だ。


 空軍にいる者としては、晴れている方が回りを見渡せるだろうし、操縦が乱れるといったこともほとんどないだろう。


 しかし、櫺太は晴れがあまり好きではない。


 なぜなら、人と接するのが嫌いだからだ。


 「じゃあ、榮志と櫺太呼ぶけど、いいよな?」


 「ダメっつっても呼ぶんだろ」


 「わかってるねー」


 それから少しして、榮志と櫺太はやってきた。


 にこやかに登場した榮志とは違い、櫺太は不機嫌なのかさえ分からないような表情で、黒いボサボサの髪に黒い目、酒も煙草も一切興味がない。


 「櫺太、またこんなどんよりした天気なのに空散歩でもしてたのか?」


 「なんでいるの。なんで俺を呼んだの。なんで船ってあるの」


 「櫺太、まだ船酔いのこと根に持ってんのか。やだねー、俺が折角船操縦してやったってのに」


 「榮志の操縦が荒かったんじゃないの?」


 「違うね。波が荒かっただけ」


 「そういう日に櫺太乗せて船出すなよ」


 「・・・・・・」


 炉冀、榮志、そして櫺太が揃ったのは良かったのだが、一旦集まってしまえば、話している内容は事件のことではなく、相手への恨みつらみであったり、愚痴や不平不満などであった。


 最初は緊迫した空気になるのかと思っていた波幸は、今は将烈の隣で呆然とその三人のやりとりを見ている。


 「将烈さん、これはどうすれば」


 「放っておけ」


 そう言って、将烈は波幸が集めてきた資料に目を通し始める。


 その間にも三人の井戸端会議は進む。


 「なんであんだけの風圧と重力には耐えられるくせに、船酔いなんてするんだよ。それがおかしくね?」


 「榮志の操縦が荒い」


 「荒くねえって。だいたいな、海ってのはああいうもんなの。いつもゆらゆら揺れてるもんなんだよ。なあ、炉冀?」


 「しらね。俺は車とバイクしか運転しねぇから。あ、そういや俺の車に乗ったときは酔ってなかったよな。てことは、やっぱ榮志が悪いんだ」


 「絶対違う。こいつの三半規管がおかしい」


 「そこ?そこの問題?そこは直しようがねぇな。許してやれ。てか、そういう榮志だって、櫺太の戦闘機に乗せてもらったとき、メチャクチャ叫んでなかったか?俺は断末魔の叫びかと思ったね」


 「あれは別格。船に乗ってて風圧ってねぇじゃん。水圧とはまた違うし?」


 「あのくらいの風圧普通」


 「いや櫺太、普通じゃないから。ジェットコースター乗ってても風圧で声が出せない俺はどうなるの?」


 「炉冀は放心状態になるよな。あれ面白くて俺は好きだな」


 「面白いってなんだ面白いって。そもそも、大地に足をつけねぇで生きるなんて考えられねぇっての」


 「お前それ海賊のみなさんに謝れ」


 「お前は海賊の何だ。てか、海賊を捕まえるのもお前の仕事だろ」


 「人間は誰しも空に憧れる・・・」


 「櫺太、空って怖いよ。落ちたら痛いじゃ済まないんだぞ?高所恐怖症じゃねえけど、足が竦むよ」


 「前さ、どこからの経路が一番速いかって競争しようとしたじゃんか。覚えてるか?」


 「ああ、結構前だろ?俺はバイク、榮志は水上バイク、櫺太はバイク無理だから小型飛行機でってやつだろ?でも結局やらなかったんだよな?」


 「やろうとは思ったんだけどな。よくよく考えてみたら、多分櫺太は競争そっちのけでどっか行っちまいそうだし、俺も気持ち良くてそのまま遠くに行きそうだし、炉冀も炉冀でどっかで休んで昼寝でもしそうだなって結論に至ったんだよ」


 「でも実際やったら、絶対俺が勝ったね」


 「なんでだよ、俺に決まってんだろ。なんで俺が炉冀に負けるんだよ」


 「俺だ」


 「いやいや、上空にいくほど風って強くなるだろ?だから飛行機の櫺太は風でまず進まない。で、榮志は榮志で波に乗ってるから、波が向かい波なら進まない。ってことは俺の勝ちじゃね?」


 「ふざけんなよ。そんな条件下で勝負なんてするわけねぇだろ」


 「じゃあなんだ?勝負しなくても俺の勝ちってことでいいのか?」


 「炉冀、お前は馬鹿なのか?その脳みそは何の為にあるんだ?脳内思考回路がどう働けばそういう結論に至るんだ?俺には全く理解出来ないね」


 「櫺太、榮志ってこういうとこあるよな。海が一番とか言ってさ、陸とか空を守ってる俺達のことなんてきっとクズとか思ってるんだよ。酷い男だよ。海の中なんて暗くて深くて、人間にはまだ知らない場所が沢山あるってのに、海のことなら全部知ってるみたいなこと言えるんだから大したもんだよ」


 「炉冀、てめぇ喧嘩売ってんのか」


 「売ってないよ。売るわけないじゃん。榮志と喧嘩して力勝負で勝てると思ってるけど榮志が負けたら可哀そうじゃん?だから俺は喧嘩は売らないし買わないよ」


 「この野郎。やっぱりお前たちとは一度ちゃんとケリつけなきゃならねぇみたいだな。誰が最も有能か決めようじゃねぇか」


 「ほら、榮志の悪いとこだよ。そうやってすぐになんでもかんでも勝ち負けで決めようとするところ。別に白黒つけなくても良いところでしょ?わざわざ面倒な、しかも時間の無駄なことをしようとするから、ほら見ろ。櫺太がこんな時間あるなら戦闘機乗っていられたのに、って顔してるだろ」


 炉冀にそう言われ、榮志が櫺太の方を見てみると、櫺太はとてもとても目を細くして、炉冀と榮志の方を見ていた。


 睨んでいるというよりは、こうして過ごす時間を無駄に感じていることへの不満、といったところだろうか。


 車好きの人がよく自分で車を洗う様に、櫺太も戦闘機や小型飛行機など、自分が良く乗るものは定期的に綺麗にしている。


 いや、定期的にというよりも、ほぼ毎日と言った方が正しいだろうか。


 それほどまでに空も乗り物も好きな櫺太からしてみると、この炉冀や榮志とのやりとりの時間がもったいないのだ。


 正直言ってしまえば、スピードに関する勝負など負けても構わないが、空のことを悪く言われたらどうなるか分からない。


 榮志はそんな櫺太を見たあと、炉冀を見ると、炉冀は相変わらずニコニコしていたため、なぜかちょっとだけいらっとした。


 「そういや、ついこの前、お前の元師匠に会ったぜ」


 「・・・・・・」


 ふと、そう言ってきた榮志に対し、炉冀は笑みを崩さずにはいたが、目の奥の笑みは一瞬にして消えた。


 それを確認すると、榮志は炉冀の方を見ずに話し始める。


 「問題児って言われてたお前が言う事を聞いてたなんて、驚きだよ。まあ、見た目はどうみてもただのおっさんだからな、あの人。なんで仕事辞めて隠居なんかしてんだか知らねえけど、体力の衰えってことか?歳には敵わねえもんな」


 「・・・・・・」


 急に黙りこみ、言い返すことも無くなってしまった炉冀。


 何も言い返してこない炉冀に向かって、榮志は何か言えと催促するが、それでも炉冀はしばらく黙ったままだった。


 「虫が苦手なか弱い榮志くんには、分からなくていいんだよ」


 「ああ!?だんご虫は克服したぞ」


 「おーおー、進歩したねぇ。蜘蛛もゴキブリもかまきりも、触れなくて見るのも嫌で顔を青くしてた奴が」


 「うっせ。虫は小さい頃のトラウマがあるんだよ。それを考えると、櫺太は良いよな。空飛んでれば、虫に会うなんてこと滅多にないだろ」


 「たまに飛んでる虫にぶつかる」


 「悲惨だな。俺も時々チャリ漕いでるとき、目に小せぇ虫が入るよ。あれは最悪だよ。ただでさえ風圧で目が乾燥するってのに、そこに虫だ」


 「その虫も哀れなもんだな。まさか最期の死に場所がお前の目ん玉とはな」


 「最高の死に場所じゃねえか。俺の目の中で死ぬなんて、そうそう出来ることじゃねぇよ?」


 「御免だよ。なんで人生最期の瞬間にお前の目の中?有り得ねえ。瞬きされた瞬間に生涯が閉じるってことだろ?俺なら恨むね。一生呪ってやるよ」


 「お前に呪われたら厄介だな。女性問題多発しそうだ」


 「安心しな。俺は女性問題はねえから。二股以上は面倒だからかけられねぇ性格だし、そもそも問題を起こすような女とは付き合わねえから」


 「酒場の女としょっちゅうトラぶってるって聞いたけど?」


 「別にトラぶっちゃいねぇよ。ただ、正規の値段より高かったから、理由を言えって言っただけだ。正当な理由もなしに、通常の2倍以上払う義務があると思うか?そしたら急に泣きだしただけだ」


 「よっぽどしつこい尋問だったんだろうな。その子も可哀そうに。値段決めてるのはその子じゃねえだろ」


 「わーってるよ。だから俺は、責任者を呼べって言ったんだよ。そいつとサシで話し合いをしようと思ってよ。なのに出てきやしねぇから、この店はぼったくりなのかって聞いたんだ。そしたらぼったくりじゃねえって言ったんだよ。なら理由を言えるはずだろ?」


 「お前も性格悪いよな。どうせもとからそういう店だって知ってて行ったんだろ。追い詰めて泣きながら吐かせるのがお前の鬼畜なやり方だもんな」


 「相手が海で生活してるって分かった途端にぼったくるような店、潰さねえ方がどうかしてるだろ。幾ら海で生活してるったって、俺は一応役人だぜ?その俺を騙そうってんだから、いい度胸してるよ」


 「櫺太は良いよな。酒も煙草もやらねえから、そういうこともねぇだろ」


 「・・・・・・ある」


 「「えええええ!?」」


 2人同時に驚くと、それと同時に興味も沸いてきた。


 先程まで相手のことを好き勝手言っていた炉冀と榮志が、櫺太の近くまで寄ってくると、質問を開始する。


 「な、なんで!?どこで!?何があった!?」


 「女に騙されたのか!?金のことか!?」


 「・・・・・・プロペラ」


 「「は?」」


 「プロペラ、新しいの買う時、良いのあったから金払って後で送ってもらったら、違うボロイのが届いた」


 「詐欺じゃん。んでどうしたのそれ」


 「なんだ、女じゃなかった・・・」


 「改良してオークションで売った」


 「すげぇな。幾らだった?」


 「・・・3倍くらいで売れた」


 「すっげ!!まじすっげ!!お前さ、真面目にこんな仕事しなくても喰っていけるんじゃね?」


 「そうそう。この仕事は本当に嫌になる。腐った人間相手にするからな。たまに懐いてくるイルカとか見ると、そりゃもう愛おしくてたまらねえってんだ」


 「俺は断然犬だな。特に大型犬。なんであんなモフモフしてんだ?抱き心地良いし、犬臭いし、あんな嬉しそうに尻尾振って近づいて来られたら、カモン!ってなるじゃねえか」


 「犬馬鹿が」


 「魚馬鹿が」


 「俺は肉が好きだ」


 「魚に謝れ」


 「人間相手が嫌でも、こうして人間として生まれたからには、一生人間と接していかなきゃならねぇってのが嫌なとこだよな」


 「息苦しい世の中になったもんだよ」


 「あー、腹減った」


 「俺もー」


 「お前ら、くだらねぇ会話は済んだか」


 これまで何も言わずに、炉冀、榮志、櫺太の3人の会話を黙って聞いていた将烈が、ここにきてようやく口を開いた。


 というのも、波幸から預かった資料に全て目を通し終えたからだ。


 それをデスクの上に置くと、いつの間にか波幸が新しく淹れていたコーヒーを口に含み、それを飲み干すと今度は煙草を咥える。


 「そうだった。今日は座談会に来たわけじゃないんだった」


 「俺らは何すりゃいいわけ?」


 ふう、と煙を吐きながら、将烈は椅子から立ち上がる。


 「お前等は・・・」








 炉冀たちが帰ったあと、将烈は疲れ切ったように椅子に腰かけた。


 会話に関わったわけでもないのだが、どうやら話しが聞こえただけで疲れてしまったようだ。


 そんな疲労している将烈を見て、波幸はまた新しいコーヒーをカップに注ぎながら、将烈に話しかける。


 「仲が良い人達なんですね」


 「うるせぇだけだ」


 「相手のことを信頼しているからこその会話だと感じました。うわべだけではない、そんな仲のように思いました」


 カップを将烈のデスクの上に置くと、将烈はすっかり短くなった煙草を灰皿にぐしゃりと押しつぶし、コーヒーに手を伸ばす。


 一口流し込んでから、将烈は呆れたようにため息を吐いた。


 「似た者同士なんだよ、あいつらは」


 「似た者同士、ですか」


 「ああ」


 将烈が言うには、炉冀にしても榮志も櫺太も、若くしてある程度の地位にいる。


 それは実力があってこそのものなのだが、それを快く思わない者も当然ながらいる。


 影で何か言われたり、上からの圧力など日常茶飯事だと言う。


 「自由気まま、我が道を行く。そう言われても仕方ねぇが、そうでもしねぇと生き残れねえのさ。上の言う事をはいはいとなんでも聞く良い子になるのは簡単だが、それじゃあこの仕事はやっていけねえ」


 「正義を背負ってますからね」


 「まあ、あいつらのやってることが正義かどうかは別として、腐った奴らじゃねえことは確かだ。人道から外れたこともしねぇだろうし、万が一外れたとしたらそん時ぁ、俺が制裁してやるよ」


 「それはまた恐ろしいことで」


 コーヒーを口につけた将烈を見て、波幸は小さく笑った。


 そして、ふと思ったことを聞いてみた。


 「もし」


 「ん?」


 「もし、私が人道から外れたことをしたら、捕まえてくれますか」


 「・・・・・・」


 まだ半分ほど残っているコーヒーを口から離すと、将烈は波幸の方を見るわけでもなく、ただそっと目を閉じた。


 そしてすぐにまた目を開くと、ゆっくりと目線をあげる。


 その先にいた波幸もまた、将烈をじっと見ていた。


 「そん時ぁ、俺が責任とってやるよ」


 「責任、ですか」


 「お前が更生するまで、俺も地べた這いつくばってやる。お前がまっとうな性格になるまで、俺も俺って人間を一からやり直すよ」


 「それは心強いです」


 困ったように眉をハの字にして笑うと、将烈はコーヒーを一気に飲み込んだ。


 そしてカップを置くと、ネクタイを緩めてこう言った。


 「不安か」


 「へ?」


 「いつか自分も道を外すんじゃないかって、不安か」


 「・・・わかりません。大丈夫とは思っていますが、欲や感情というものには、時に逆らえないことがあります」


 そう答えている間に、将烈は煙草を咥えて火をつけた。


 自分の後ろにある窓を開け、吐くとそこから出て行く白い煙を眺める。


 もう一度口に入れて煙を吐く、その動作を何度か繰り返した後、将烈は景色を眺めながら言う。


 「安心しろ」


 「・・・・・・」


 「お前は道を外しゃしねぇよ」


 「そうでしょうか」


 「お前は、道を外せるような奴じゃねえよ。理性云々の話じゃなくてな」


 「はあ・・・」


 「おかわり」


 「はい」


 受け取ったカップを一度洗い、新しいコーヒーを注ぐ。


 その間、将烈に背中を向けていた波幸だが、自分の顔がはにかんでいたのは、嫌でも分かった。


 コーヒーを持って将烈の方を向けば、外を見て空を仰いでいる将烈の黒い髪が、そよそよと靡いている。


 しばらく沈黙が続いた後、ノックもせずにドアが開いた。


 何事だろうと、波幸はそちらに顔を向けるが、将烈はドアの方を見ることもなく、煙草を吹かす。


 「お前はいつになったらノックが出来るようになるんだ」


 「すんませーん。けど、将さんはノックしないくらいで愚痴愚痴言う人じゃないからついつい」


 上司だと言うにも関わらず、将烈に対して馴れ馴れしい態度の男は、この火鷹しかいないだろう。


 それでも、相手にするのが面倒なのか、それとも言っても聞かないから言わないのか、将烈はそれ以上何も言う事もなく、向けていた背中をひっくり返した。


 「何か掴んできたんだろうな」


 「もち。俺が何も掴まずに、帰ってきたことある?」


 「五年前の潜入捜査の時、腹下したっつって速攻でとんぼ返りしてきた奴がいたな」


 「はい、あったね。もう忘れてくだされ。そんな昔のことはいいじゃんか。あんときは本当に緊急事態だったんだってば。俺まじでトイレとお友達状態だったからね。いつも一緒にいないと不安なくらい、トイレに依存してたからね。いや、そんなことはどうでもいいんだってば。将さんてばお茶目」


 1人で楽しくお話をした火鷹は、将烈の前に資料を置く。


 思った以上に分厚いそれに、将烈は目を細めて遠巻きから眺めるように見ていたが、やがて観念したのか、片腕だけを伸ばしてペラペラと捲って行く。


 「将さんの睨んだ通りだったね」








 一方、将烈のもとから解散した炉冀たち三人組。


 それぞれの仕事場に戻るのかと思いきや、三人集まり、こんな話しをしていた。


 「久しぶりに将烈に会ったな」


 「仕事柄、あんまり互いに顔を合わせることは少ないからな。それに、将烈は同窓会とかにも出ないタイプだろ」


 「同窓会って。同期なわけじゃあるまいし」


 「同期と言えば、確か将烈の同期で1人いなかったか?唯一って言えるほど将烈とよく話していた奴」


 「いたいた。えっと、なんだっけ?誰だっけ?」


 名前を思い出そうとしても思い出せないでいる炉冀と榮志の傍らで、櫺太がぼそっとこう答えた。


 「鬧影」


 「そうそう!!よく覚えてたな!鬧影鬧影。また忘れそう」


 「鬧影っていやぁ、俺達とはまた違った役人だろ?あんまり会う事も話すこともねぇよな。将烈と仲良いのか?」


 「仲が良いかは知らないけど、性格からしてあの2人は気が合うんじゃね?仕事は真面目だけど、プライベート適当なところとか。上司からは嫌われてるけど部下からは慕われてるところとか」


 「噂じゃあ、伝説にもなってる男と知り合いだとか」


 「伝説ってなんだ?」


 「お前聞いたことないか?1人で国1つ潰せるくらい強い男のこと。隠居したって話だけど、まだそんなに歳じゃないだろうに」


 「聞いたことあるような気がするけど、実際見たことあるわけじゃねぇしな。それに、そういう奴は他にもいるだろ?法を犯してるわけでもねえから、俺達には手出し出来ねえしよ。殺戮繰り返してるなら話は別だが、国助け人助けしてるなら問題ねぇし」


 炉冀と榮志が話しをしている間、櫺太は空を見上げている。


 きっと、晴れてきた空を見て、視界が広げて空の船に乗っていたら気持ち良いだろうな、と思っているのだろう。


 「櫺太は知ってるか?」


 だから、急に自分にふられた問いかけに、すぐに反応が出来なかった。


 「英雄は知らない。けど」


 「けど?」


 「・・・・・・」


 櫺太の脳裏に浮かんだのは、炉冀が言っていた英雄でも、榮志が知っている英雄でもない。


 ただ記憶の片隅に残っている、悪魔と言われた英雄のことだけ。


 声を発しようとしても、その英雄に成りそこなった人の名前など知っているはずもなく、櫺太は首を横に振った。


 そんな櫺太に、炉冀と榮志は互いの顔を見合わせるが、それ以上は何も言うまいと、口を紡ぐのだった。


 しかし、しばらくすると、何かを思い出したような炉冀が口を開いた。


 「そういや、櫺太と将烈んとこの波幸って、顔見知りなんだっけ?」


 「あ、そうなんだ?」


 「・・・・・・」


 波幸も櫺太も、互いに知っている素振りがなかったため、初対面ばかりと思っていた榮志だが、反応からして櫺太は波幸のことを知っているようだ。


 空を仰いでいた顔を2人に向けると、無表情にもかかわらず、2人は顔を引き攣らせてしまった。


 「じゃ、じゃあ、俺達も将烈に頼まれた仕事があるし、行くか」


 「そう、だな」


 「・・・・・・」








 「まさか、そんなことが・・・」


 火鷹からの報告を受け、波幸が呟いた。


 報告書を全部読んだのかは不明だが、将烈は煙草を吸いながら、何処かを見つめていた。


 「これから起こることを、良く見ておけ」


 将烈から放たれた言葉に、波幸と火鷹は顔を見合わせる。


 灰皿に煙草を押しつけながら、将烈はこう続ける。


 「清廉潔白になんて生きられない。軍人として生きてきた俺でさえな」


 「「・・・・・・」」


 「生きるからには、誰しもが気付かないうちに罪を犯してるもんだ。手を汚して得たものなんて大したもんじゃないと分かっていながらも、それでも己の欲望のまま、他人を蹴落としてでも幸せを手に入れようとするのが人間だ」


 新しい煙草を取り出し口に入れ、デスクの上にあるマッチを使って火をつける。


 そんな将烈を見ながら黙ってしまった波幸と火鷹だったが、ジリリリ、と電話が鳴ったため、波幸が電話を取る。


 何度か相槌を打ったところで、電話に手をあてて将烈を呼ぶ。


 「将烈さん、紅蓮、という方からお電話なんですが」


 「・・・・・・」


 無言で受話器を受け取ると、将烈は「ん」とか「ああ」とか、まるで話しを聞いているようには思えない返事を続けていた。


 それから数回返事をしたあと受話器を波幸に渡せば、波幸はそのまま受話器を置く。


 「お知り合いですか?」


 「まあな」


 「なんだって?」


 「大したことじゃねえよ」


 詳しいことは全く分からなかったが、どこかで聞いたことがあるような、ないような、そんな名前に2人は首を傾げていた。


 だが、火鷹は考えるのが疲れてしまったようで、すぐに話題を変える。


 「そういや、波幸って櫺太と知り合いなんだろ?なんで挨拶とかしないんだ?」


 「・・・は?」


 「いやだから、普通は久しぶりに会ったりすると、『おー!元気だったか!』みたいなノリじゃんか?なのにそういうの無かったじゃん」


 「・・・なんで知り合いだって知ってる」


 将烈のときとは違い、火鷹を相手にしているときの波幸は概ね不機嫌だ。


 それはどうしてかと言うと、きっと火鷹の性格が関係しているのだろう。


 人の中に土足に入り込んでくるような、何も考えずに口や身体が先に動いてしまうような、そんな奴。


 現に今だって、波幸の反応を見れば、あまり触れない方が良いのではないかと思うのが通常の受け取り方だろうが、火鷹は構わずに聞き続けるのだ。


 「なんでって風の噂で。仲良くねえの?それとも昔何かあったとか?てか、なんで俺んときはそういう顔するわけ?将さんのときは絶対しない顔してる」


 「なんでお前と将烈さんを同等に扱わないといけないんだ」


 「怖いよー。将さん、波幸の本性が見えたよ―怖いよー」


 泣き真似をしながら将烈に助けを求める火鷹だが、将烈はどこ吹く風。


 遠くの方を見ながら、そっちの問題はそっちで解決しろと言わんばかりに、煙草を吸っていた。


 「別に。俺もあっちも互いに興味がないだけだ。干渉もしない」


 「冷めてるねー。じゃあ何?俺につっかかってくるってことは、俺には興味があるってこと?やだー。波幸ってばそういう趣味あるんだー」


 「ふざけるな。お前とは関わりたくないだけだ」


 「波幸知ってるか?昔昔な、仲間に裏切られた英雄がいたんだ。いや、仲間というよりも国にだな。国のために戦ってきたってのに、最後に国に裏切られちまったんだ。可哀そうだと思わないか?」


 「何の話をしてるんだ?」


 「俺はな、この話の教訓は、『裏切られても強い心を持て!』だと思うんだ!!」


 「・・・お前は馬鹿なのか」


 「馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ」


 はあ、と深いため息を吐き、火鷹の相手をするのは本当に疲れると波幸が思ったところで、ようやく将烈が立ちあがった。


 「将烈さん、どちらへ?」


 「トイレだな、きっと」


 ぱかっと頭を軽く叩かれると、火鷹は大袈裟に痛そうなふりをする。


 こうした馬鹿げたことが出来るのも、相手が将烈だからだろうか。


 口にはすでに新しい煙草が咥えられているが、その煙草にはまだ火がつけられておらず、唇で揺らされているだけ。


 緩んでいたネクタイをある程度のところまであげ、上着を片手に持ち、その手を肩に乗せる。


 「行かれるんですね」


 「ああ。行くしかねえだろ」


 「将烈さんは、怖くないんですか」


 「・・・何がだ」


 自分に背中を向けた将烈に、波幸は言葉を並べる。


 「真実を知ることです」


 「・・・・・・」


 ふう、と将烈のため息が聞こえてきたかと思うと、将烈は波幸達の方を見ることもなく、こう言った。


 「見たくないもんを見る、知りたくないもんを知る、聞きたくないもんを聞く。それが俺達の仕事だろ」


 「自分が信じていたことが、全て覆されてしまってもですか」


 「俺が信じてることが全て正しいわけじゃねえ。俺が見てきた世界も景色も、もしかしたら全部偽りかもしれねぇ。そう思ってなきゃ、この仕事は出来ねえよ。自分が信じてるもん全部正義だと思い上がってるなら、それは間違いだ。覆されなきゃならねぇことだってある。覆されても覆されても、本当の正義なら何度だって戻ってくるだろうよ」


 「・・・・・・」


 「行ってくる。お前らも準備出来たらさっさと出発しろよ」


 そう言うと、将烈は部屋から出て行ってしまった。


 無機質に閉じられたドアの音が、やけに大きく響いたように感じたのは、置いて行かれたような顔をした波幸だけだろうか。


 すると、突然、波幸の背中を火鷹が叩く。


 「ほら、しゃきっとしろよ」


 「余計なお世話だ」


 「おーおー。まだ元気はあるみたいだな」


 ニシシ、と意地悪く笑いながら、火鷹はドアの方に向かって歩いて行く。


 途中、くるりと波幸の方に身体を向ける。


 「お前にとって将さんが覆らねぇ正義だと思うなら、そんなとこで突っ立ってて良いのか?」


 挑発するように言えば、波幸は口を閉じ、ムッとしたような顔つきになる。


 それを見て、火鷹はニヤリと笑う。


 「突っ立ってるわけないだろ。俺はいつだって、将烈さんに着いて行くんだ」


 「なら、さっさと行こうぜ。とっととぶっ潰して、俺らの正義を確かめに行こうじゃねえか」


 「五月蠅い。お前に言われなくても行く」


 仲が良いのか悪いのか、波幸と火鷹は一緒に出て行った。

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