第5話

「あなたは私の宝石、かわいい子。幸せになってね」


お母様からそう言われて育った。


「女性のふるまいをしなさい。それがお前を幸せにする」


お父様からそう言われて育った。


私は貴族として教養を高め、気品を身に着けることが私の使命だった。

そうすればお父様もお母様も笑ってくれる。


幸せだ。


それが私の幸せだった。


錬金術は、お父様の薦めだった。

お父様は宮中と強いつながりをもちたいと願っていた。


結婚適齢期になった私に、ケルヴィとの婚姻をすすめた。

薦めた、とはちょっと正しくない言い方だ。


立場的には選ばれる側だ。

私に選択肢などない。


貴族の結婚は大切な政治だ。

この16年の私の人生は、この結婚のためにある。

ジョリオ家を守るために、お父様はお父様の、私は私の仕事をした。


そうして積み上げた年月が、宮中伯の嫡男ケルヴィとの婚約という成果に結びついた。


ジョリオ家は大いにわいた。

私も順調にジョリオ家に貢献できてほっとしたのと、両親の期待に応えられてうれしかった。


公爵を目の前に見据える。


どうしてこうなってしまったのだろう。


最初はケルヴィに選ばれるための一環として、婚約が決まったあとは、ケルヴィをそばで支えるためにあの研究所にせきをおくことになった。

誰も私に仕事をしてほしいと思ってなかっただろうし、私もそのつもりはなかった。


けれど私は、灰色の砂利から、銀が生み出された瞬間を見てしまった。


その時に強烈に思い出されたのは、幼少期、広い庭で石ころを集めたことだ。

きれいな石を拾い回って、宝石箱の中に入れて母に怒られた場面が、なぜかこの胸をかき乱した。


「私は間違えました」


灰色の砂利に私はとりつかれてしまった。


ぜいたくだった。

身分不相応な夢の時間だった。


結果、私はすべてを台無しにした。


「私はもう間違えたくない」


「何を間違えたというのですか?」


「私が錬金にのめりこんだために婚約を解消され、私はお父様とお母様を裏切りました」


自分の愚かさに涙が出てくる。


「それは違う」


公爵がハンケチで私の涙をぬぐう。


「貴女は何も間違っていない」


じっと私を見つめる。

透き通る青色の瞳。


「でも……」


私は私の使命を外れた。

そんな自分勝手な私が、さらに自分勝手を押し通していいわけがない。


「そんな生き方が、そんなぜいたくが、許されていいはずがない」


ぜいたくだ。

この国には、パンが食べられなくて亡くなる人もいるのに。

私はパンよりも美味しいものをたくさん知っている。


そういう生き方をしてきたのに。


「今さら私が、自分の好きなように生きていいはずがない」


拭ってもらった涙が、またあふれ出る。


「俺が許す」


ふわっと包み込まれた。

こんな私が、公爵に抱きしめられてる。


「貴女が積み上げてきたものの正しさは、俺が証明する」


うれしく思って、いいはずがない。


でも無性むしょうに思う。


パン食べられなくて死ぬのと。

錬金術を一生できなくて死ぬのと。


人生を最初からやり直すとして、私はどっちを選んでしまうのだろうって。


「返事を……、貴女の本当の気持ちを教えてください」


「私は」


言葉が詰まる。


「私は、好きなだけ錬金にこの身をささげたい」


どうか、公爵閣下の国に連れて行ってください。

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