第6話 魔素水

「ただいまー」

「おかえりなさい」


 ドアを開けたまま、俺は固まってしまう。

 そっとドアを閉じると数歩後ろに下がり家の外観を確認する。


「俺の家で間違いない、よな?」


 改めて確認しても見慣れた自宅の外観だ。家の周辺の雑然とした緑な感じも、いつも通り。


「あれ、連日の通学で疲れているのかな。家に小さな女の子がいた気がする。しかも挨拶も返ってきたような──」


 俺は覚悟を決めて、再びドアを開けてみる。


 やはり、いる。


 ただ、やはり小さい。サイズは三十センチくらいだ。なぜか、クロの上に浮いているようにみえる。年齢的には俺と変わらなそうな外見にみえる。


「……もしかしてそれって、クロが出しているホログラムなのか?」

「そうです。アカウントユーザー=ゆうちゃんねる」

「……」


 返事が返ってきたことに改めて驚いてしまう。そしてアカウントユーザーうんぬんは、どうも俺への呼びかけらしい。確かに動画サイトに登録した名前は、ゆうちゃんねるだったなと思い出す。


「クロって、ホログラム投影の機能もあるんだ。しかも会話が出来るんだね。なめらかだし。じつはクロって、すごいAIなのかな。え、だとすると、けっこうお高いんじゃないの?」


 俺が驚きのあまり、独り言っぽくペラペラ話すのを、じっと見つめてくるホログラムの少女。

 全体的にサイズが小さいだけで、その姿はとても精巧だ。愛らしい顔を縁取る黒髪からは、こちらも黒い猫耳が生えていて、大きくてくりっとした瞳も猫を思わせる造形をしている。


「すごいね、クロ。そのホログラム、良くできてる」


 するとクロが、にっこりと微笑む。

 俺はそれがAIに制御されたホログラムだとわかっていても、思わずその笑みに言葉がつまる。


「アカウントユーザー=ゆうちゃんねるは、今日も庭で作業ですか?」

「──え、ああ。そうだね。昨日刈った草木の処分をするつもりだけど……それと俺のことはユウトと呼んでよ。そのアカウントユーザーってのは、なんか落ち着かないから」

「わかりました。ユウト」


 俺が自室に行く間もついてくるクロ。ドローンだったときは当然気にならなかった着替えが、今はどうにもためらわれる。

 ホログラムだとはわかっていても。こういうのは気持ちの問題だろう。


「クロ、着替えようと思うんだけど」

「わかりました」


 クロがホログラムを消す。


 ──今の伝え方でホログラムを消すところまでわかるのって、結構すごいような気がする


 そんなことを考えながらツナギに着替えると、いつもの緑色の軍手をはめる。

 そのまま長靴を履いて外に出る。


 相変わらずふよふよと俺のあとを追ってきたクロが外に出たタイミングで再びホログラムを出す。

 そして話しかけてきた。


「どのように処分されるのですか、ユウト」

「うんと、あれに突っ込むだけだけど──」


 俺は家の外に併設してある大型の生ゴミ処理機を指差す。特注した業務用の消滅型だ。これも父の趣味だ。ゴミだしすら大変な、この家の立地では必需品といえる。


「なるほど。ではここから応援しています」


 そう言うと、クロのホログラムに変化が起きる。黒いワンピースのような服装が、まるで学生服のようになり、頭に生えた猫耳のちょうど下辺りにハチマキが巻かれる。そしてその口に咥えられたホイッスル。

 ピッピッとリズミカルにホイッスルの鳴る音が始まる。


「応援って……いや、その、ありがとう」


 俺はそのホイッスルの音に押されるように積んでおいた刈り取り済みの草木を持ち上げると、生ゴミ処理機へと運び始める。


 ──これまでも、やっぱり応援してくれてるつもりだったのかな。でもこれはちょっと、嬉しい、かも……


 しばらくして、すべての刈った草木の投入が終わる。あとは放っておくだけで、自然に廃棄が可能な水溶液に変わるのだ。

 俺はゴミ処理機のハッチを開けて中を確認する。前に入れたゴミの分が変化した液体が貯まっていたので、念のためいつものように池に流しておく。


 ──これで溢れることはないだろ。なんだかいつもよりも片付けがはかどった気がするな。


「クロ、終わったよ。クロの応援のおかげで早く済んだわ」

「はい」


 クロのホログラムが最初の服装に戻った。


 クロのホログラム部分に気をとられていた俺は、外に出てからクロが撮影とライブ配信をしていることには、やっぱり気がついていなかった。

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