第3話 クロって

「よう、ユウト」

「ああ。早川か」


 昼休み中。俺がお弁当を食べ終わったタイミングで早川が話しかけてくる。早川の所属している女子グループはいつもはこの時間は教室にいないので、珍しい。


「どうだ、さっそくやってみたか」

「ああ。ちょっとだけな」

「おお。いいな。なあ、もう動画はアップしたのか?!」

「いやいや。少し撮ってみただけだ。しかも、撮ったのは、いつも台所に出る虫を潰した場面で、さ。その、あんまりアップするのはためらわれるっていうか」

「ユウトの家は、いつも虫がわくのか──山生活、こわっ……」


 早川が引き気味だ。普段の言動からはあまりそうは見えないが、女子らしく虫は苦手らしい。


「うっ……、確かに沸くが。断じて、山生活ではないからな」


 俺はそこは譲れないと、念おししておく。


「はいはい」

「まあ、撮影もだが、あのもらったドローンはなかなか可愛いな」

「可愛い? あー。うん、そうだな。可愛いかも?」


 なぜか言葉をにごす早川。


「コロコロしたボディがふわふわ浮いているのに、癒されるわ。それだけでも早川には感謝してるよ」


 俺が言いつのるほど、早川は変な顔になっていく。

 俺はそんなに変なことを言ったかと一瞬悩みかける。


「まあ、何かわからないことがあったら、何でも相談してくれ。動画が全然伸びない、とかじゃなければ相談に乗るぞ」

「そこは相談に乗ってくれないのかよ。まあ、ありがとな。でもしばらくは、クロを愛でながら何を撮るかゆっくり考えてみるわ」

「クロって?」


 こてんと首を傾げて、急に良い笑顔を見せる早川。

 俺は口を滑らせたとばかりにとっさに横を向く。

 わざわざ俺の顔の正面に、早川が回り込んでくる。


「ユウト、クロって?」


 そのあとドローンに名前をつけたことを早川から弄られている間に、昼休みが終了した。


 ◇◆


「はぁ、今日は散々だった」


 学校も終わり、家にたどり着く。

 自転車を車庫に入れようとしたとこで、足元の蔓につまずきそうになる。


「おっと、危ない。そう言えば最近サボっていたな……」


 俺は自転車を止めると家の周りをぐるっと確認する。


「少し、刈っとくか」


 法的には庭と山の明確な境はあるのだが、なんとなく手入れする範囲は、別に決めていた。無駄に広い庭をすべて刈り込むのはなかなかの重労働なのだ。

 とはいえ、少しサボるだけで草はぼーぼーになる。


 ──これも、この家の欠点のひとつだよな。


 作業前にとりあえず学校の荷物を片付ける。着替えようとしたところで、クロがふよふよと近づいてくる。


「あ、ただいま」


 ふよふよと上下するクロ。それはまるで俺の挨拶に返事をしてくれたみたいだ。

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