【書籍化進行中】完全別居の契約婚ですが、氷の宰相様と愛するモフモフたちに囲まれてハピエンです! ~男性恐怖症と女性恐怖症がこの度夫婦となりまして

あゆみノワ(旧nowa) 書籍化進行中

1章

偽りの誓い

 


「病める時も健やかなる時も、汝この者を永遠に愛し敬うことを誓うか。ミュリル・タッカード」


 しんと静まり返った聖堂に、神父様の厳かな声が響きます。


 新郎の宣誓が終わり、いよいよ新婦である私が誓う番――。


 けれど、ここは神の御前。

 本当にこの言葉を口にしていいのかと一瞬ためらい、その罪深さに思わずこくり、と息をのみました。


 けれど、もう後戻りはできません。


「……はい。誓います」


 聖堂に私の宣誓が響き渡り、そして次は。


「では、指輪の交換を」


 衣擦れの音を立てながら隣に立つ男性に向かい合わせになると、白い手袋に覆われた手をそっと差し出しました。


 新郎は、すらりとした長身の無駄な贅肉ひとつない非常に見目麗しい方です。 

 その上今日は非の打ち所のない正装姿とあって、いつにも増してその整った顔立ちと凛としたお姿が引き立っているはず。


 それに見惚れた方々のものなのでしょう。

 会場のあちらこちらから、ほぅ……とも、あぁ……ともつかない吐息交じりの声が漏れ聞こえます。


 さらりとした少し青みがかった銀髪を細いリボンで後ろでひとつに束ね、目は冬のしんと冷えた湖面を思わせるような深い青緑色。


 きっとそのちょっぴり近寄りがたい雰囲気もまた、女性たちの目を惹きつけてやまないに違いありません。


 しかもこの方は、この国の若き宰相様なのです。


 まだ二十六才という若さながら、非常に有能で国王陛下の信も篤く、将来も約束されたそんな方と私が。

 まさか、結婚しようなどとは夢にも思いませんでした。


 祭壇の前に立っている今この時でさえ、実感がないというのが正直なところです。

 



 とはいえ、私は知っています。


 そのお顔は今にも倒れそうなほど顔面蒼白で、顔から首にかけては薄っすらと発疹が浮かんでいるであろうことを。


 もっとも今、私の視界は分厚い真っ白いベールに深く覆われていて、実際にその姿が見えているわけではないのですが。


「くっ……」


 ベールの隙間からわずかに見える新郎の手が、痛々しいほどにぶるぶると震えているのが分かります。

 しかし、ここはなんとしてでも踏ん張ってもらわなくては。

 せめて、この指輪交換だけは――。


「さぁ、新婦に指輪を……。指の先に引っかけるだけで構いませんので……」


 指輪を人差し指と親指でつまんだまま固まっている新郎に、神父が見るに見かねて小声でささやきます。


 あぁ、本当に大丈夫でしょうか。


 ただでさえ新郎の右腕は、真っ白な包帯でぐるぐる巻きにされ肩から吊られている状態だというのに。

 そのため、私の指に指輪をはめようにも片手でなんとかしなければならないのです。


 なのにそんなに手が震えていては、余計に難易度が上がるばかりです。


「……さぁ、宰相様。新婦に指輪を……」


 なかなか指輪の交換が始まらないこの状況に、聖堂内がざわつき始めました。


 神父様が必死に新郎を励まし、私もなんとか力添えしようと少しでも指輪をはめやすいよう自分の手をやりやすい高さに掲げてみるなどしまして。


 その結果、新郎はぶるぶる震えながらもなんとかかんとか私の薬指にひっかけることに成功したのでした。


 そして私もまた、覚悟を決めます。

 ここで私が失敗して、これまでの頑張りを無に帰すわけにはいきません。


 ごくりと息をのみ、気持ちを落ち着かせ。

 意を決して慎重にゆっくりと指輪をつかみ上げ、緊張と恐怖を必死に押し留めると。


 震える指で、なんとかお相手の指にはめ込ることに成功したのでした。

 もちろん、相手の指に触れないように慎重に。


 安堵の息を分厚いベールの下でそっと吐き出せば、隣からも同じように安堵の息がこぼれたのが分かりました。




「これにて、この二人は神の御前にて正式に夫婦と認められました。二人に神の加護があらんことを」


 ここまでくれば、後は安心です。

 挙式は終わったも同然なのですから。


 けれど、粛々とした声で神父が式の終了を告げれば、聖堂内は大きくざわめき立ちました。


 無理もありません。

 だって、このお式はあまりにも奇妙過ぎました。


 新郎と腕を組みエスコートされるはずが、新郎の右腕が包帯で吊られているために、新婦が握りしめていたのは腕の通っていない空っぽの袖口。


 そして新婦の顔は終始厚いベールに覆われ、誓いの口づけさえないまま今まさに終わろうとしているのですから。 


 当然のことながら、聖堂内に本当にこれで結婚式は済んだのかとざわめきが広がります。



 けれど、神父が列席者に式はこれで終わりだとばかりに祝福の拍手をうながすと。

 戸惑いを含んだパラパラとした小さな拍手は次第に大きくなっていき、そして。


 挙式は無事に終了したのでした。

 たとえ奇妙ではあっても、正式に観衆に見守られつつ神の御前で夫婦の誓いを交わしたのですから。



 こうして私たちは、新しい門出へと足を踏み出したのでした。

 結婚、という新しい門出へと――。




 そして今日この場をもって、私は。

 この隣に立つ男性と。

 晴れて正式な夫婦となりました。



 けれどこの結婚には、誰にも言えない大きな秘密があるのです。


 それは。



 たった今愛を誓い合った私たちが、実は男性恐怖症と女性恐怖症という秘密を抱えた者同士で。


 この結婚は、ただお互いの利害が一致しただけの形ばかりの結婚であるということなのです――。




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