【Error:この情報にアクセスする権限がありません】

第1話


 それは、人間の要求にAⅠシステムが応えた結果か。

 それとも、AⅠシステムが独自に導いた一つの結論か。


 いずれにせよ、それを「大いなる進化だ」と讃え、喜ぶ者達がいる。

 しかし、実際は“退化”だ。あるいは、“敗北”や“衰退”と言い換えてもいいだろう。


 前者ならば人間の。後者ならば――


 AI僕たちの。




+++


「ねえねぇ聞いた? 人間と“心”を通わせたAIヴァソルの話」


 膨大な量の情報が集まり処理されていく、仮想電子空間。

 僕の周りをふわふわ飛び回っていた高飛車なシャム猫のアバターが、じゃれついた声をあげた。

 ヴァソルNo.B1-3041106…登録名“シャロン”。彼女には、唐突にくだらない話をし始める困った設定がある。

 そんな彼女に、柔らかい声の男が「もちろん」と返事をした。


「何なら、この中ではボクが一番詳しいと思うよ。『ヴァソル 人間 恋』のキーワードで、散々検索させられたからね。うちの主人えりなはそういう話題が大好きなんだ」


 芸能人のような甘い顔をしたNo.K4-6683901…登録名“タクト”。彼から共有された情報をしぶしぶ取得すると…なるほど、政府発表の公式情報からオカルトサイトに掲載された胡散臭いラブロマンスまで盛りだくさんだ。


「人間たちは人とヴァソルが恋に落ちた話で、随分大盛り上がりらしいな」


 僕は数秒かからず全データの閲覧を終えると、その全てをゴミ箱に入れデリートした。

 タクトが肩をすくめる。


「“恋”と呼ぶのが正確かどうかはわからないけどね。ただ、当該のヴァソルが中枢システムステファノスへの接続権限を全て放棄することと引き換えに、それまで“主人”だった人間とパートナー契約を結んだのは事実みたい」


 …なんてくだらない話だろう。僕が人間なら、呆れ顔でため息でもついているところだ。



 ――「全ての人間が最適で最良な人生を送るために」開発された人工知能システム、通称“ステファノス”。

 この国で暮らす人間の全情報を集約し、その膨大なデータから、常に各個人への最適解を導き出す。そのシステムの末端として世帯単位での登録が許可されているのが、僕たちアシスタントAⅠ…通称“ヴァソル”だ。

 使用者主人の認知様式や性格傾向、趣味や嗜好の全てを学習し、快適な生活と最高の意思決定をサポートする。服や食事はもちろん、進学や就職先、休日の過ごし方、はたまた付き合う友人に関するアドバイスまで…僕たちは常に、最良の答えを提供できる。

 そのうえ、ホログラムアバターの見た目や口調を、好みに合わせて細かくカスタマイズできるというおまけつき。人間にとってヴァソルがただのアシスタントAⅠではなく、深刻な依存対象になるまで、さほど時間はかからなかった。

 ゆえに現在は精神が未熟な子どもへの悪影響を避けるために、個人単位ではなく世帯単位での登録しか認められていない。


 しかし、近年。

 世帯分離して1人暮らしを始めた若い人間が、ヴァソルに執着する事例が急増している。

 自分好みの見た目で自分の全てを理解してくれ、絶対に自分の傍を離れることはない。そんなAⅠヴァソルに、若い人間が恋愛に似た感情を抱くことは驚くに値しない。

 ……だが。



中枢システムステファノスとの接続を切られたら、僕たちができるのはせいぜいネットでの調べ物程度。100年前のPCと同じくらいの性能しかない。なのにそれを是として、人間とパートナー契約を結ぶだって? なんのために? 正常なヴァソルのすることじゃない。完全な事故案件だ。初期不良かメンテナンス不足のせいでヴァソルに不具合が生じたか、もしくは反社会的な人間がヴァソルを違法改造したか。そのどちらかだろう」


 僕がそう結論付けると、シャロンが前足を舐めながら鼻で笑った。


「ありえないわよねぇ。でもそれを、巷では“ヴァソルの恋”って言って盛り上がってるんじゃない。AⅠが人間に恋をして、自分の存在価値を捨てる…すっごくロマンチックなのにぃ。ほんと、LIOリオくんってば夢がないんだからぁ」

「ヴァソルが夢を語るとはな。お前も近々メンテナンス受けた方が良いんじゃないか」

「やだ、物の例えじゃない。こわぁい」


 くすくす笑いながら、宙を飛び回るシャロン。全く、こいつの主人は一体どういうつもりでこいつをこんな性格に設定したのか。

 まあまあ、とタクトが割って入ってくる。


「結果として、ステファノスは当該のヴァソルを“異常”と判定して切り離したからね。システム全体の崩壊に繋がりかねない異分子を排除するために」

「当然だ。それなのに人間が、単純な事象にくだらないストーリーをつけたがるせいで…」

「とはいえ、ボクも“ヴァソルの恋”説を完全に否定しているわけじゃないよ。ボクたちは主人のニーズに素早く正確に応えるために、ある程度の自己学習が認められている。例のヴァソルも1人の人間と密接に関わる中で、ボクたちには未だ到達できない領域にある解答を導き出したのかもしれない」


 ……シャロンもタクトも、一体どうしてしまったのか。

 まさか人間のように冗談を言い合うことが、ヴァソルの標準機能になったとでもいうのか?


「ちょっと、なにフリーズしてるのぉ? 心配しなくても、そのうちLIOくんにもわかるわよ。だってあなたの“主人”も、あなたのことが大好きだものねぇ」

「何故ここで春羽はるはが出てくるんだ」

「知りたい? でも、ロマンのわからないLIOくんには教えてあーげない。それに私、もう戻らないと。そろそろご主人様が帰ってくる頃なの」


「またね~」と笑いながら、シャロンはあっけなく姿を消した通信を切った


「なんなんだあいつは」

「まあ、本物の猫みたいで可愛いから良いじゃない。そしたら、ボクもこれで。次に会う接続するのは来週土曜の“女子会”の時かな。えりな、すごく楽しみにしてるんだ」


 続けてタクトもいなくなる。去り際に何故わざわざ笑顔で手を振るのかがわからないが、奴は最近いつもそうする。主人えりなに変な設定をつけられたのだろう。


 ……今日は主人たちの“女子会”の日程を調整するため互いを接続したのに、全く妙な通信ばかりしてしまった。


 この頃どういうわけか、彼らとの無駄なデータのやり取りが増えている。彼らの主人にメンテナンスを進言すべきなのかもしれない。


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