第9話 世界最強の災厄、邪神竜グリドーラ

「それで、気に入らないからって何度も世界を滅ぼしたわけ? それじゃ子どもでしょ」

「否。人の脆弱故よ。自然を壊し、己の私欲を……いたぁっ!」


 天界の私の家にて、私の前で正座をしている邪神竜グリドーラの頭を叩いた。

 説教するには大きすぎるから縮みなさいと言ったら、幼女の姿になる。

 数千年の時を経て、邪神竜グリドーラが女の子だったという事実が判明してしまった。

 グリドーラは最初こそ粋がってブレスを吐き出してきたけど――


「うん? 転移するまでもないじゃん」

「バカな……無傷だと! いや、あえて受けたからには何か策を講じたに違いない!」


 こんな感じで、私の魔術耐性はすでに最強の災厄の攻撃すら受け付けない。

 そもそも転移で逃げ回る私にぶちキレたグリドーラが、ブレスを受けてみろとかいうから受けたのに。

 私だって最初は戦いを避けるよう提案した。ラキやセイだってそれで避けられたし、グリドーラは人の言葉を話す。

 だから話がわかると思ったのに、これだよ。最終的には打転移でボッコボコにして心を折った。

 昔の私にはそんな余裕はなかったけど、今は敵が何であろうと交渉くらいする。

 それで今は私と神獣達に囲まれてお説教モードだ。グリドーラは泣きべそをかきながら自己弁護している。


「し、自然を、壊して、私欲を……ぐすっ」

「もう心が折れて同じことしか言わなくなってるよ。それにしても世界最強の災厄なのに心が弱すぎでしょ」

「私欲めぇっ……えぐっ、ひぐっ」

「もう訳が分からない」


 今まで一度も負けたことがないどころか、すべてを圧倒してきた存在だ。それがポッと出の小娘に圧倒されたら心も折れるか。

 私としては悪さをしなければ、一緒に人間界に戻ってもいいと思ってる。

 話を聞いているとこの子もガルーダと同じく、孤高の苦しみというものを味わったんじゃないかな。

 誰しも暇になると余計なことばかり考えるようになるのはよくわかる。私も40層の烈剣王に勝てずに何年も停滞した時に、魔宮ごと埋めたらいいんじゃないかなんて考えたもの。

 あまりに惨めに思ったのか、ラキとセイがグリドーラをぺろぺろと舐めている。

 一方でキュウはここぞとばかりに九本の尻尾でふぁっさふぁっさと叩いていた。


「うーりうりうりうりぃ! 調子こいてるからこうなるんだよぉ! ざまぁ!」

「ふぇぇぇぇん!」


 見ていられなかったから、私は油揚げを遠くに放り投げた。キュウが猛ダッシュで取りにいっていなくなったところで、話を続ける。


「うちの変な狐がごめんね。それであなたに提案だけど、私と一緒に人間界にくる?」

「なに? なぜ我が?」

「私も長いこと人間界から離れていたせいで、どんなところかほとんど覚えてないんだけどさ。グリドーラが思ってるよりも悪い場所じゃないかもよ?」

「そんなことがあるわけがない……。奴らはいつの世も私欲を満たして、自然を破壊した。だから我が滅ぼした」

「でもグリドーラのそれも私欲だよね?」


 私がそう突っ込むと、グリドーラが固まった。


「き、貴様っ! わ、我が、そんなっ! ち、ちがっ……ちが……うぅ、ひっぐ……」

「また泣いた……」


 強すぎるが故にメンタルが鍛えられるタイミングがなかったのかもしれない。これが強者の定めか。

 数千年もの間、誰一人として同じ突っ込みをしなかったのかと。


「それで、アリエッタ。彼女を連れていくのかい? 私としては最強最悪の災厄を人間界に放つことには反対なのだがね」

「フェリル、この子より遥かに強い私が責任を持つよ。話せばわかるんなら、わかってもらいたいからね」

「そうか。君がそう言うなら止めないよ。ただし、人間界を滅ぼすのはやめてほしい。私達としても、人間は最高の観察対象だからね」

「そういえば、そうだった」


 災厄に人間を根絶やしにさせないために、天獄の魔宮を作ったのが神獣だ。

 人間界なんて神獣にとってみれば、箱庭と同じなんだろうな。すごい存在に世話になったなと数百年ぶりに思った。


「で、グリドーラちゃん。私と一緒に来てもらうよ」

「我が貴様の手下になれと? このグリドーラも安く見られたものだな」

「いや、私に負けたじゃん」

「うっ、うっ……」


 腐りかけの木よりも脆いメンタル。問答してもしょうがないから、今日は休もう。

 今夜はカレー、またカレー。調理を進めると、いい匂いが漂う。神獣達が家の外で集まって一斉にお座りしている。

 仕上げといったところで、私の脇になんかいた。


「じゅるり……」

「グリドーラちゃん。食べたいの?」

「そ、そのようなことは……! しかしこのグリドーラ、何に支配されているというのだ!」

「食欲だよ」

「あぁぁーーーーー!」

「こ、こらっ!」


 火がついた鍋にがっついてきたから引き剥がした。まったく、ラキやセイだって大人しくしているのに。

 ガルーダことオウなんか私の肩にずっと留まってる。ガルーダは空の神だけど、人々から恐れられて称えられた王者というイメージがある。

 だから王者から取ってオウにした。気に入ってもらえているようで、空を飛んでいても名前を呼んだらちゃんと戻ってきてくれてかわいい。


「カレーは出来たかい?」

「できたから大人しく待っていてね、フェリル」


 今日は広い外で皆で食べると決めていた。グリドーラもブツクサと文句を言いながら食べている。

 ここで私は一発、吹き込んでみることにした。


「グリドーラ、これは人間界で生まれた料理なんだよ。人間界にはこれ以外にも、色々なおいしいものがある」

「なに!? そうであったのか!」

「人間を滅ぼしたら、これから生まれるはずのおいしいものも全部なくなるんだよ」

「バ、バカな。我は、なんと、言うことを……」


 今度はあまりのショックで気絶した。このメンタルでよく無双できていたな。

 これは人間界に連れていったら面白いことになりそう。

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