親切な裏切り者

 俺は両手両足を拘束されて、お姫様ベッドに仰向けになっていた。

 自分でも、このままの状態じゃまずいことは分かっている。


 手りゅう弾まで取り上げられて、家に連れ戻されて。

 何よりまずいのは、俺の感情というか、気持ちが何も事だ。


 少し前まで、カリナに対する怒りとか、屈服してたまるか、って気持ちがあった。


 それが今では、何もやる気が起きず、時間の経過を待つだけ。


「忠告してあげたはずだけどね」


 眠りかけていたが、声に反応して、瞼を持ち上げる。

 オデットが何やら難しい顔で、ベッドに腰を下ろしていた。


「……何の用だよ」

「アンタを逃がしてあげる。正確には、逃がす手伝いをする」

「無理だろ。あいつ、人間じゃねえよ」


 これが小説とか、映画とかの見世物なら笑っていられた。

 だって、『存在しない』からな。


 現実で怪物カリナを見てみろ。

 気合入れて歯向かった所で、効果がない。

 逃げたところで、どこまでも追ってくる。

 文字通り、、だ。


「なんで、……あいつ、俺に付きまとうんだよ」


 オデットは黙っていた。

 俺は、本当は言いたくないけど、辛くて言ってしまった。


「俺以外に、……いるだろ」


 我ながら情けないことに、その一言を絞り出してしまった。


「いないでしょ」

「どういう意味だよ。この野郎」


 腕を組み、オデットは鼻で嗤う。


に、惚れた男の代わりなんていない」

「恋、って」

「あいつ、アンタに本気で惚れてる。だから、色々となんだ」

「意味が分からねえよ……っ!」


 こいつと話していると、イライラしてくる。


「仮に惚れていたとして。何で縛る? 何で、俺から人生を奪うんだよ。あいつ、命だって奪うじゃないか。それで惚れてるって? バカ言ってんじゃねえよ」


 言ってやると、オデットは何やらポケットから、小さなビンを取り出した。

 中には錠剤が入っている。


「今までの男はさ。カリナとのセックスを楽しんでいたんだよ。骨抜きにされるのは時間の問題で、事実目に見えて快楽の事しか考えてなかった。すぐに従順になって、言う事を聞くようになったよ。そのまま人形になって、飽きたら捨てて」


 錠剤を手の平に出しながら、オデットは続けた。


「フランスや他の国でも、男なんてみんな同じだったよ。まあ、日本よりは、向こうの方が野蛮なヤツは多かったけどね。すぐに殴りかかってきて、怒鳴り散らして……」


 オデットの目には、その日の光景が浮かんでいるんだろうか。

 錠剤を見つめる目が、別の物を見ている気がした。


「意固地になってる奴が、歯を砕いてやれば震えて。四肢の腱を切ってやれば泣いて。……本当に、ざまあなかったな」


 ふっと笑い、足元から水の入ったペットボトルを持ち上げる。

 そして、俺を見下ろして言った。


「あいつには、……アンタがんじゃないのかな」

「さんざんペット呼ばわりしやがったくせに」

「今はどうなんだろうね。私の方が、動物に見えてるんじゃないかな。人間は動物と交尾なんてしないでしょ。いや、違うな。したいって感情が湧かないでしょ」


 オデットが錠剤を口に入れてくる。


「毒?」

「男性用ピル。これは、一粒なんだけどね。アンタは、三粒飲んどきなよ」


 ……おい。


「カリナが孕んだら、が怒る。私だって、食い扶持ぶちがなくなる。困るんだよ」


 頭を持ち上げられ、飲み口を当ててきた。

 どうせ、ロクに動けない身だ。

 水を吸いだして、口に残った錠剤を飲んでやった。


「その内、隙を窺って、アンタの拘束を解く」


 真剣な目つきには、失敗するなと書かれていた。


「あとは、アンタ次第だからね。今度は、殺されるかもしれない」


 ペットボトルを持ち、ベッドから立ち上がる。

 詳しくは内容を伝えなかったが、拘束を解くと聞いて、無気力だった自分の心がまた活きてきた。


 我ながら、アホみたいな精神力だった。


 何で、無気力だったのが、こんな元気になってくるんだか。

 俺は現金なやつなのかも。


「これから、アンタはカリナとセックスする」

「い、嫌だぞ」

「でも、無理やり犯られる」


 それでピルかよ。


「あの子、すっごい上手いから。気絶しないでね。あ、呼吸は忘れずに」


 ふん、と鼻で嗤いながら、出てく間際にオデットは言った。


「親切って言ったでしょ?」


 扉が閉められ、残された俺には不安だけが残った。

 たぶん、世界中探したって、『セックス』と聞いて、不安で胸がドキドキしているのは俺くらいだろう。


「乗り越えろ、ってか」


 くそ。

 後悔後先に立たず、っていうけど。

 ……摩耶とセックスしておけばよかった。

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