7:お姉さんに連れ込まれたぼく

「さあ御幸きゅん、くつろいでくれたらいい。お茶もあるぞ、お菓子もあるぞ、後はして欲しいことがあればなんでもしてやろう! あっ、だっ、だがあれだぞ、エッチなことはちゃんと結婚してから……いや、妊娠しなければいいか?」


 ――ちょっ、おいっ、風紀委員長っ!?


 と、御幸は風紀委員に割り当てられた部屋で目を剥いていた。

 雑多にも思える部屋である。広めの室内には長机とパイプ椅子が置かれ、机の上には何枚もの書類の束が重ねられている。壁には鍵つきの棚が設えられて、恐らくは生徒から没収したものを仕舞っておく場所でもあるのだろう。

 その部屋の隅にまるで場違いな印象で来客用のソファーが置かれ、御幸はそこに座らされて身に余る歓待を受けているのであった。


 凜とした美貌と出で立ちの泣く子も黙る鬼の風紀委員長鬼哭院愁。

 彼女はホステスも斯く也と言った態で御幸の隣に座って侍っている。なんならその凜とした筈の瞳にはハートマークすら浮かんでいた。


 そのソファーの後ろには風紀委員たちである。

 まるでどこぞの事務所かと思うほどに手を後ろで組んで背筋を伸ばしていた。


 彼ら彼女らとて泣く子も黙る風紀委員。腕に『風紀』の腕章を填め、背筋を伸ばして校舎を闊歩すれば、ヤンチャなことをする気も失せるもの。


 新入生でイキろうとする者がいれば出向いて矯正してやり、こう、斜め四十五度からガツンと。風紀委員は模造刀の携帯が許されている。

 夏休み明けでハッチャけた者がいれば呼び出して滾々と説いてやり、「ごめんなさい態度を改めるのでもう止めてください」と涙目で頭を下げるまで。

 成績の悪い者がいれば親切丁寧な勉強会を開いてやり、「もういやだもういやだ、これなら補習を受ける方が何倍もマシだ……」匿名の体験者談。


 ただし、たとえば服装や髪型など、男女交際に関しても頭ごなしに否定することなく、むしろそうしたことに関しては比較的寛容と言えよう。時折いるただただ指導と称して生徒にマウントを取りたいだけの教師がそうした事で口を挟んでくれば、却って教師の方を睨みつけるほどだ。そして睨まれた側は悔しそうな顔で押し黙る。必要な指導であれば問題ないが、ただのいちゃもんであって正当性がなければ、風紀委員は教師を告発することすらできるのである。


 ――やはり表というよりは裏の治安部隊と言ってよいのかも知れぬ。


 その彼らに囲まれその長に接待される御幸は、はじめはそうした理由で身を竦ませていたのであったが、


「恥ずかしがる御幸きゅんスコ」

「あんた付いてないでしょうが」

「心にあるのよ、ぶっとい一本が」

「それな」


「……ふむ、委員長がそれほど夢中になる輩とはどんな奴かと思っていたが……なんだ、この溢れ出す尊いという気持ちは! 恥ずかしがるショタと攻めるお姉さん!」

「てぇてぇ」

「てぇてぇ」


 ――まずは風紀委員の風紀を正すべきじゃないのかなぁっ!?


 聞こえてくる声に御幸は白目を剥いた。

 そこから別の意味で居心地が悪くなったのだ。

 そうした彼らの視線の只中で、


「ほら、御幸きゅん、私が手ずから淹れたお茶だ、飲むと良い」


 身の危険を感じるのは気のせいだろうか。

 まあ、曲がりなりにも風紀委員長なので、


「い、いただきます……あ、美味しい……」

「ふぐぅっ!」風紀委員長はその豊かな胸を勢いよく押さえた。


「なん……て、邪気のない笑顔だ」

「あぁあーーーッ! 浄化されるーっ! 私の心のピーッがーっ!」


 背筋を正していた風紀委員たちもくずおれた。

 メディーーック! この部屋の全員が病気です!


 周りの風紀の乱れた反応に御幸は頬をヒクつかせるでしかない。


「ふぐぅっ、はぁっ、はぁっ、なんのこれしき……貴様らも、風紀委員ならば持ちこたえよっ!」

『応ッ!』


 まるで魔王に挑んだ勇者パーティーだ。


 ……なん、だ、……これ。

 と、また白目を剥きそうになる御幸である。


 そろそろ誰か、やめて、御幸のメンタルポイントはゼロよ! と言わねばなるまい。

 しかし、


「さあ御幸きゅん、次はお菓子だぞ、ほら、あーん……」

ーっ……』


 これをツッコみ不在の恐怖と言う。


「あ、あーん……」

「はぁんっ、食べたぁっ🖤」

『おぉっ』


 ――あれ? ぼく、ペットとして囲われたんだっけ?

 それがむしろしっくり来てしまうのが自分でも嫌だ。

 そして一番風紀を正さねばならないのは風紀委員であると、御幸はこの時間で学んだのであった。



「ふぅーっ、良い時間だった」

「ソウデスカ……」


 愁はツヤツヤテカテカとしていた。

 きっと漫画であったなら瞳だけではなく口の中にまでハートマークが見えていたに違いない。


「……それで、ぼくを呼んだのはお茶とお菓子をご馳走するためですか……?」

「なっ、なんだっ、御幸きゅんの声が固いぞ。これはこれで……はぁっ、はぁっ」


 駄目だこの風紀委員長、


『確かに、悪くない……』

 風紀委員会はもはや手遅れです。


 もはややることやったんなら帰らせてくれと思っている御幸であったが、続く彼女の言葉で驚愕することになるのである。


「……いや? 私は単に御幸きゅんとお話をしたかっただけだぞ。そして我が風紀委員会のメンバーを紹介するためでもある」


 ……なん、だ、と……?

 と言わなかった自分を御幸は褒めてあげたい。


「黙々と何も言わずにお茶を飲ませてお菓子を食べさせていただけだったのに……?」

「あぁっ、もくもくと食べる御幸きゅんは可愛かったっ!」


 ――もう駄目だこの人……。


 出来ることならばこの人だけでも良いからメンバーから外してもらいたい。

 愁メンバー。


「……えっと、でも、何を話すのですか……?」

「そりゃあ、私のことに決まっているだろう。何せ私は風紀委員長、御幸きゅんのことならばなんでも知っている」

「………………」


 後ろでウンウンと頷いている者たちを含めて、

 風紀委員お巡りさんはこの人たちです。


 ――どうして学校はこれを許しているんだろう……。


 そう思った御幸の脳裏にはほんわか(を装っている)生徒会長の糸目の笑顔が思い浮かんだ。


 ――『いいえ~、彼らは誰に対してもそのようなことをしているワケではありませんよ~。御幸くんにだけです~』


 それはそれで問題だよ……えっ、今のってぼくの想像だよね……?


『ご想像にお任せいたします~』


 ――………………。


 御幸は自分は疲れているのだと思っておくことにした。

 もしかしなくとも、憑かれているのかも知れなかったが。


「じゃ、じゃあ、愁さんのことを教えてもらえば……」

「おぉっ! 御幸きゅんは私に興味を持ってくれているのだな。なんたる光栄なんたる僥倖! 善し、それならばとくと私のことを御幸きゅんに語ろうではないか、私が生まれたのは――」


 ――えっ! そこからっ!?


「あの荒れた雨の日、そこで私は君に出逢ったのだ。まるで全身が雷に打たれたようだった! あの衝撃と言ったら凄まじく、次に私が気付いたのは数日後のベッドの上だった! 私はこれを運命だと思った!」


 ――えっ、それって本当に雷に打たれてたんじゃあ……、確かにそれは奇跡的な確率だとは思うけれど……運命じゃなくってただの事故なんじゃあ……。


「それから私はこの気持ちはなんなのだろうと君を追い掛けるようになって、観察すれば観察するほどに君のことを好きなった! そのままお持ち帰りしてしまいたいほどに!」


 ――これ、愛の告白なんだよね? ストーカーの自白と犯行予告じゃなくって……?


 風紀委員長お巡りさんはこの人です。


「そしていざ耐えきれなくなった時に、まひるによって肩を叩かれたと言うワケだ」


 ちょっと君、少しいいかな?

 と。


 ――良かったっ! ぼく助か……あれ?


「素敵な提案だったよ、ふふっ」


 そう言って御幸を眺めてくる彼女の瞳は少しどころではなく偏執狂じみていて、


「御幸きゅんを愛する者同士で囲った一夫多妻。私一人でも御幸きゅんを逃さない自信はあるが、確かに人数を増やして役割分担もすればより確実になるだろう。ちなみに私は警護と風紀担当だ。私は我慢出来るが、誰か暴走する者もでんとは限らんからな」


 嘘だッ!

 と、叫びそうになるのは御幸はなんとか堪えた。


 そして矛盾点を突くことは止めておいた。藪を突っついて蛇どころか龍すら出かねないのだから。ただ、藪に潜んでいる龍とはあまりにもシュールである。


「――と、こんなところかな、私のことは。そ、それで、私のことをすす、好きになって貰えたりはしないのかな? おおおお嫁さん、に、なるのだしぃ?」

「………………」


 急にそこで照れてキョドりだすのは可愛いと言えなくもないのだが、その台詞にもツッコみたい箇所が多すぎた。


「……えっと、善処します」


 もう逃げることは無理みたい。

 すでに分かりきっていることではあったが、御幸は再確認し、あまりにも忖度を交えた言葉ではあったのだが、



「善しっ! 断られなかったっ!」


 風紀委員長には通用しなかった。

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