2:呉林飛鳥に誘われたぼく

「さあ、一緒に帰りましょう、工藤くん」

「呉林さん……」

「そんな他人行儀な呼び方をしないで貰えるかしら? ……そうね、それなら私も御幸くんと呼ぶべきね。さあ、飛鳥様と呼びなさい」

「一気に距離が離れたよっ!?」


 昼休みと同様に、彼女の言動には終始圧倒されてしまう。


 呉林飛鳥。

 実はクラスメイトでもあった彼女だったが、どうやら彼女を含む五人の女子が協定を結び、御幸をシェアすることに決めたらしかった。

一夫多妻も認められたこの社会で。


 ――ぼく、まだちゃんと答えてないのだけれど……。まあ、嫌な気はしないけれどさ。


 御幸をシェアすると決めた彼女たちは、皆が皆美少女であった。生徒会長や風紀委員長、財閥令嬢は当然として、あれで千尋も有紗もクラスカーストの上位に位置していた。あからさまな陽キャでなくとも、まずKAWAIIはステータスなのだ。

 その彼女たちが自分を囲うなど信じられない。ドッキリだったと言って貰えた方がまだ信じられた。しかしネタバレをされることなくやり取りは継続されて――彼女たちと連絡先の交換も行った。彼女たちの連絡先というアイテムは、これがドッキリではない証拠と言えるほどのアイテムだ、そして――、


「さあどうぞ、乗ってちょうだい」

「う、うぉお……これってリムジンって言うんだよね……」

「ビーストよ。正確にはビーストの防衛能力を持ったリムジンだけれど」

「……?」

「米国大統領御用達の護送車なの」

「呉林さ……「飛鳥よ」……あ、飛鳥さ……「さんはいらないわ、呼ぶならば呼び捨てか様付けで」飛鳥様」「あなたって、結構良い度胸なのね」

「飛鳥は誰かに命を狙われているの?」

「そういうこともあるかも知れないわ」

「ソウデスカ……」


 すでに死んだ眼をしている御幸が乗り込めば、ビーストは重たい車体を唸らせて走りだした。明らかに執事っぽい初老の男性にドアを開けられて――名前はセバスと言うに違いない――、『御幸は飛鳥から逃げられない』、そんな言葉が現れた気がした。

 御幸が断るという選択肢を選ばせてはくれなかった。


「おぉ、ふっかふっかだ。それにここって……、バー?」

「いいえ、車内よ。見れば分かるでしょう?」

「………………」


 御幸はこんなときどんな顔をすればいいのか分からないの。


「どうしてチベットスナギツネみたいな顔をしているのかしら? ほら、笑いなさい? あなたは私と居るのよ? こんな美少女と(ドヤァ)」


 御幸は後にはじめて殴りたいドヤ顔に出逢ったと言った。


「ふふっ、良い感じね、流石は私、御幸くんとなんて親密な会話なのかしら」


 すれ違うのも確かに距離が近いとは言えようか。


 ――ってか、呉林さ……飛鳥ってこんな性格だったんだ。


 お高くとまっていたことは十分に知っているつもりだったが、十二分に知れば天然が嵩増された。しかし知って損をした気分になる美少女の素顔とは如何なるものか。

 それでも、くすくすと上機嫌そうに笑う彼女を見ていれば、


「まあ、確かに美少女なのは認めるけど」

「………………」


 ぶわぁ、と彼女の顔が赤らんだ。


「えっ、うぇえっ!?」


 飛鳥のような美少女であれば、言われ慣れているに違いない。それに自己申告すらしていた。

 それがこうも御幸の一言で赤くなるのだとは。

 こちらまで赤くなりそうに……、


「どうかしら? 照れたフリもなかなかのものでしょう?」

「………………」


 やはり御幸はこんなときどんな顔をすればいいのか分からないの。だからこそ、彼女の赤らんだ頬が赤らんだままであることに、彼は気が付くことは出来ないのであった。



「……それで、どうして飛鳥はぼくを車に乗せたのさ」

「話したかったからよ?」

「………………。……えっ、それだけ?」

「悪いかしら? 確かに私は彼女たちと協力してあなたを囲うことにしたのだけれど、私自身はあなたのことを知らないもの」

「………………」


 そもそもぼくはそれに同意はしていない。が、言っても無駄に違いないから御幸はむぐりと呑み込んだ。人間とは学習する生き物なのである。


「……じゃあ、どうして皆でぼくを囲うなんて……」

「薦められたのよ。一夫多妻であることも含めて。順番的には一夫多妻を勧められてからあなたを薦められたのだけれど。どうやら、御幸くん、あなたはモテモテだったらしいわよ?」

「……そ、そうなんだ……」

「あら、嬉しくないの?」

「いや、嬉しいけれど戸惑いの方が大きいというか……」

「ちなみに私に恋愛感情はないわ。精進することね」

「君は下げるのが上手いなぁ!」

「違うわ、私は常に上にいるの。だから必然。むしろ御幸くんこそ下に行くことに慣れていないかしら? 良いわ。私が囲ったからには好きなだけ尻に敷いてあげるわ。ほら、悦びなさい、笑うところよ、今のところは」

「は、ははは……」


 どんな顔をすれば良いのか悩む前に苦笑が溢れ出した。

 と、


「……ま、確かに、まだまだ私はあなたのことを知らないけれど、これだけで少なくとも悪くはなかったとは思えるわ」

「え?」

「ほら、笑うところよ?」

「いや好きだねぇ、君も」

「す、好きだなんて、照れるわ」

「また顔が赤くなっているのはフリなんでしょ?」

「酷い……」

「えっ?」

「ふふっ、引っかかったわね」

「うぅうっ……」


 飛鳥には勝てる気がしない。流石は呉林財閥の次女というところか。

 そんな彼女が美少女であれば、ますます勝てる要素など見当たらない。その彼女によって暫定的に囲われることになってしまったとは……。


 ――ぼく、なんか悪いことしたのかなぁ……。


 ただし彼女も含めて皆が美少女だ。

 罰なのかご褒美なのか。どちらにせよ、少なくともそれを判断した神様はラノベ脳だったに違いない。


さて――、」


 と彼女は威儀を正して――なんなら脚まで組んでみて――、黒のソックスに包まれたおみ足だ。スカートの下から覗く白い太股がたいそう悩ましい――、


「ふふっ」飛鳥は御幸の視線を追っていた。ちょうど猫が鼠を見つけた――否、蛇が蛙を見つけたように唇を舐めて、


「御幸くんも男の子だったのね。他の奴らなら不快だけれど、あなただとどうして不快ではないのかしら? それだけでも選んだ甲斐があったというものね」

「光栄です……」

「当然よ」と彼女は整った胸を張って、「じゃあ、お話をしましょうか」


 そう、太股の上で指を組んだのであった。



 それからはしばし歓談を楽しんだ。

 愉しんだのは飛鳥だけであったかも知れないが。それでも御幸だって楽しくないことはなかったのだ。


「それじゃあ御幸くんの好きなパンツの色は?」

「それを答える必要はあるの?」

「答えてくれたらその色を履いてあげるわ」

「………………」御幸は飛鳥の容姿を思わず確認して、「……黒」


 ピッ


「ちょっと待って! 今の録音停止みたいな電子音はなんだっ! 言えっ!」

「ちなみに正解よ。今の私の色は――」


 かしゃり


「ふふっ、いい顔が撮れたわ。グループで送って待ち受けにもしないと」

「……あの、脅したりはしないでね?」

「心外ね、もしも脅すつもりならばもっと凄いもので――絶対に逆らえないネタで強請るわ」

「本当にやれそうだから怖いよ……」

「じゃあ次のクエスチョン、御幸くんの誕生日は?」

「えっ、五月六日だけど……?」

「ファイナルアンサー?」

「ちょっと待って、君が違うと言ったらぼくの誕生日は変わるの?」

「当然よ、我が財閥の力を舐めないで貰いたいわ」

「力を見せつけるのがぼくの誕生日って、それはどうなの……」

「財閥の名に恥じぬお誕生日会をしてあげるわ!」

「身に余りすぎる……えっと、飛鳥に普通に祝ってもらえれば、それだけで十分だよ。……飛鳥、顔が赤いのだけど、もしかしてフリじゃなくって……「フリよっ!」あっ、ハイ」


 ――一応愉しめた。


「ってか、これ、なんかお見合いみたいな……」

「………………」

「飛鳥、顔が赤……「フリよっ」あっ、ハイ」



 そして飛鳥は御幸を家へと送ってくれた。

 別段何処に行くでもなく、ただただ歓談してドライブをしていただけの放課後だった。


「ふふっ、有意義な時間だったわ」

「えっと、送ってくれてありがとうね」

「礼には及ばないわ。このまま私の家に連れ込まれなかったことに胸を撫で下ろしていればいいの」

「……ウン、ソウシマス」

「……私の家に来たくなかったのかしら?」

「い、行きたかったなー、残念だったなー」


 ぴっ


「言質取ったわ」

「ぼくはもういったいどうすれば良いのかなぁ!」

「ふふっ」

「ふふっ、じゃなくてっ……もう……じゃあ、送ってくれてありがとうね」

「どういたしまして。それじゃあまた明日、ね。旦那様」

「うん。――ン?」


 首を傾げる御幸を置いて、飛鳥は颯爽と「ビースト」で去って行くのであった。

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