蒼穹の下で物語は始まる #終

 「さてと……」


 ユウは立ち上がると、荷台に向かった。

 ディンはユウの下に駆け寄ると、大人しくくつわを付ける。

 もう出発しないと、配達が遅れてしまう。


 「ユウ、これでお別れね……次会うときは敵同士かしら?」

 「出来る事なら次も友好的に会いたいな」

 「クス、ならお酒を奉納しなさい。そうすれば私はずっと友好的よ?」


 ツバキはそう言うと目を細めた。

 言い訳だ、本当はこの男が行くのが寂しいから困らせたいんだ。

 お酒を渡さないと、人間を襲うぞと脅せば、またユウは会いに来てくれる。

 そんな浅ましく打算的な事を口に出来る訳がなかった。


 けれどユウは。


 「ならここを通る時はお酒を持参しないとな」


 なんてツバキが欲しかった言葉を簡単に言ってしまうのだから……もう。


 「森の中を通るなら、護衛してあげる! 私はこの森のヌシよ! どんと頼っちゃいなさい!」


 嬉しくて、嬉しくてツバキは笑顔になると森へとユウを案内する。

 ユウはツバキに応じると、ディンに命令した。

 竜車はツバキの案内の下、森を通過する。

 獣道を行き、時折出会う原生の魔物達はツバキを恐れて道を開く。

 ユウは本当に森のヌシなんだなと痛感した。

 ツバキの姿は威風堂々でさえある。


 「――ここまで、ね」


 けれど終わりが来るのも必然だった。

 森を抜けると、ツバキはそこで足を止める。

 ユウはツバキを振り返った。


 「ユウ……」

 「ツバキ、案内ありがとう」


 名残惜しい、その気持ちはツバキの方が大きいようだ。

 ユウの笑顔を見ると、また森で独りになるのが少し嫌だった。


 ――なんか、寂しいな―――。


 ユウの言葉がツバキの心境を突いた。

 そうだ、寂しい。

 独りって、もしかしたら辛いことなのかも知れない。

 ラミアとして生を受け、親すら知らず孤独に生きたツバキは、孤独が当たり前過ぎた。

 楽しい一時を得てしまえば、寂しさが押し寄せてしまう。


 けれどツバキは唇を噛むと同時に、ユウに笑顔を向けた。


 「ユウー! また来なさい! 約束よー!」


 ツバキは大きく手を振ると、ユウを見送った。

 ユウはディンに指示を出し、全速力で駆けて行く。

 ツバキは竜車が見えなくなるまで手を振った。


 ユウはそんなツバキに約束通りするだろうか?

 するだろう、ユウはツバキのヒーローになれたのだから。

 誰かのヒーローになりたい、そんな思いで異世界転生を選んだユウ。

 ソロスを失った哀しみは大きかったが、ツバキとの出会いはもう一度彼を前に向かせてみせた。

 今空は蒼穹の青に染まっている。


 彼の心象風景に残るこの鮮やかな色彩。

 かくしてユウはこのエーデル・アストリアに第二の人生を送る事になったのだ。




 第1話 蒼穹の下で物語は始まる 完

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