明連の家で

 明連はクラスメイトと仲直りをする前に、私と二人で話したいと言ってきた。今回の件で確認したいことがあるという。ちなみに星熊はちゃんとスピカに置いてきた。


 私達は二人きりになれる場所として明蓮の家を選択した。私の寝床にはアリスと玉藻が居座っているし、学校に戻る前の話し合いをするのだから前のように図書室で話すわけにもいかない。明連は一人暮らしだからと言って私を招待したのだ。


「今更だが、女子の一人暮らしは物騒ではないか?」


「本当に今更ね。マレビトと星間旅行するのに比べたら大したことじゃないっていうのもあるけど、たぶんこれまでは八岐大蛇の力で守られていたんだと思う」


 大蛇か……奴は邪悪なマレビトだったが、自分の巫である明蓮の身だけは守っていた。彼女の両親が亡くなった火事は大蛇が起こしたものではない。不幸に見舞われたのも大蛇の力ではない。明連は生まれつき様々な点で不運な人間なのだ。


「これからは私が守っていく。安心してくれ」


 前にも言ったが、あれは傷ついた彼女を慰めるための言葉だった。今度こそ、本当に私が明蓮を守ると誓いを立てよう。


「またそういうことを言って……そんな女の子みたいな顔をしてるのに、いつも男らしい発言をするよね」


「この顔か、前に嫉妬していたと言っていたな。この姿も、実は伝承の影響を受けているんだ」


「そうなの? 前に調べたら伝承の河伯って普通に人間の男の姿をしているはずだけど」


 どうやら明連は中国の伝承を調べていたらしい。オリンピックよりもよほど調べものが得意なようだ。だが、それだけでは今の私を完全に理解することはできない。


「私は中国においては黄河の神であり白い竜の姿をしていることになっているが、日本では誰もがよく知る妖怪、河童と同一視されている。あるいは河童の語源が河伯という説もな」


「カッパ!? あのきゅうりが好きな?」


 まずそのイメージが出てくるのか。食べたことは無いが、きっときゅうりを食べたら止まらなくなるだろうな。


「その河童だ。河童は頭に皿を乗せて甲羅を持つ姿で描かれることが多いが、伝承ではその名の通り童、つまり人間の子供の姿をしていることになっている。そして中国の河伯は人間の娘を生贄に求める恐ろしい神だが、日本の河童は人間が好きでよく一緒に遊ぶという」


「あんたがやたらと人間に好意的なのって、河童の性質があるからだったんだ。童顔なのもそういう理由があるのね……なんだか、いいとこどりって感じ。そりゃ大蛇も嫉妬するね」


 そんなことを言われても困るのだが。


「そのおかげで多くの仲間に恵まれ、人類にあだなした大蛇を倒すことができたのだから、幸運だったのは間違いないだろう」


「そうそう、その件で聞きたかったことがあるんだけど……」


 今回彼女の家に呼ばれた理由の一つだな。だが明連は話し出したかと思うとすぐに口ごもり、俯いた。私は余計なことを言わずに黙って次の言葉を待つことにする。


「私は、あの時河伯のことを剣で刺して……本当になんてことをしてしまったんだろうって思って、一度は大蛇に私の身体が完全に支配されてしまった。その後で元気な様子で助けにきてくれたのを見て、大蛇に抗う気力が戻ったんだ」


 そこまで喋って一息つくと、今度は顔を上げ、私の目を見て話を続ける。


「大蛇が河伯に巻き付いた時、私にも絞めつけている感覚が伝わってきた。今度こそ私が河伯を殺してしまうんじゃないかと思って、不安で仕方なくなって、とにかく出ていけって強く念じていた。それで急に大蛇が苦しみだしたから、なんとかちょっとだけ引きはがすことができたんだけど……あの時、何があったの?」


「なんだ、そんなことか。私は河童でもあると言っただろう? 河童の能力を使って奴の尻子玉を抜いたんだ」


「尻子玉って河童の話でよく聞くけど、なんなの?」


 確かに、尻子玉とは何なのか説明されることは滅多にない。水死体の状態から生まれた伝承だからな……あまり詳しく教えない方がいいか。


「詳しい説明は省くが、相手は死ぬ」


「省きすぎ!!」


 ちょっと大雑把すぎたか。だが内臓を尻から出すとか説明されても気分のいいものではないだろう。


「細かいことは気にするな。そんなことより、クラスメイトと話す内容はちゃんと決まったのか?」


 こちらが本来の目的だからな。話をはぐらかすついでに、閑話休題といったところだ。


「まったくもう……井上さんには、これまでのことを全部話すよ。私が魔導書を手に入れた経緯も、八岐大蛇に選ばれたことも。マレビト相手に生活費を稼いでいたことも、河伯に出会って人生が変わったことも」


 彼女の全てを話せば、多くの人間は動揺したり恐れを抱いたりするだろう。だが、それでも明連はクラスメイトに全てを伝えるという。それは相手を信じているからに他ならない。我々がこれまで共に過ごしてきた日々で、井上や他のクラスメイト達がどれほど善良で心が広く、柔軟にものを考えられる人々かよく分かっている。間違いなく、彼女達は明蓮を友として受け入れるだろう。


「仮に上手くいかなかったら記憶を操作すればいいしな」


「それ反則だから! あんたは本当にとんでもない神様よね。他のマレビトと比べてもちょっと何でも出来すぎじゃない?」


「そうでもないぞ。表に出してないだけで天照やアリスの神通力は私よりも凄いことができるしな」


「どんだけバケモンだらけなのよ……でも、そんな子達に慕われてるところも含めて、河伯の力だと思うよ。玉藻なんか、完全に恋する乙女の目をしてるじゃない。人間の私にばっかり構ってないであっちの相手をしてあげたらどうなの?」


「玉藻はしばらく待つと言っていた。マレビトは長生きだからな、百年ぐらいは待っていてくれるだろう」


「百年……そ、そっか」


 私が百年と言った意味を正しく理解しているのだろう、明連が恥ずかしそうに目をそらす。


「明蓮、君は自分のことになると考えることを避ける癖がある。君が思っている以上に、マレビト達は君のことが好きなんだよ。私だけじゃないんだ」


「……うん。これからは、みんなともっと仲良くできると思う。だから……私のこと、見守っていてね」


「ああ」

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