閑話:幽世の扉(三人称視点)

 人類は繁栄を極めていた。


 地球人口は百億にも達し、人間の足を踏み入れたことがない場所は数えるほどしか存在しない。それらも遠隔操作した機械によってくまなく調べつくされた後だ。この星の全てを知り尽くしたと考えた人類は、まだ見ぬ世界を宇宙へと求めていた。


「ついに探査機が太陽系の端までたどり着いたぞ!」


「これは大きな一歩ですよ!」


 人類の技術は着実に進歩を遂げていたが、それでも文明の生まれているはるか遠くの星系まで旅するほどの技術を手にするにはまだまだ未熟であった。


 だが、この探査機が太陽系の端から地球に持ち帰ったものが世界を一変させる。


「なんだこれは……本? まさか、あんなところに文明の痕跡が?」


「大発見だ!」


 それは、一冊の本だった。太陽系の端にある、とても星とは呼べない小さな岩石の塊に、なぜか紙の本が置かれていたのだ。探査機はその本を傷つけないように回収した。


 地球で待ち構えていた科学者たちは、その本は一体どうやってあそこに存在していられたのか、そして中に何が書かれているのかという無邪気な好奇心と期待に満ちた目でを見ていた。


 この出来事が、人類を滅亡寸前にまで追い詰める悲劇の始まりだとは知らずに。




――マレビトにも負けない力を、君達に授けよう。


 地球にもたらされた一冊の本――魔導書が開かれた時、そこから神話・伝承の神や怪物達が次々とこの世界にやってきた。それはマレビトと呼ばれ、幽世から扉を通って現世にやってきた客人なのだと考えられた。


 その認識は間違いではなかったのだが、間もなくお互いへの理解不足が争いへと発展する。


 ひとたび人間とマレビトが争えば、圧倒的な力の差で人間側が蹂躙じゅうりんされる。そんな事件が何度か繰り返された後、ある一人の科学者に声をかける者がいた。


 その声の主はマレビトであると理解しながらも、科学者は提案を受け入れた。未知なるものへの好奇心と、マレビトに対抗できる力という魅惑的な言葉にあらがうことは出来なかったのだ。


 だが、マレビトに対抗できる力――邪気を手に入れた人間は、より激しい戦いを繰り広げるようになる。


 勝ち目のない相手にわざわざ喧嘩を売る馬鹿はそれほど多くない。


 勝ち目が見えてしまった時、多くの者が引き返すことの出来ない戦いへと足を進めてしまうのだ。


 全てはの思うがままに。




 ある時、一柱の竜神が扉を通って現世にやってきた。


 神々しい純白の巨竜が降臨する光景に見惚れ、思わず戦いの手を止める人間達に気付いた様子もなく、その竜は近くの森に姿を消す。するとどうだろう、幽世と現世を繋いでいた扉が閉じ、いくつもの光に分かれて世界中に飛び散っていったのだ。


 この竜神が河伯であり、世界中に飛び散った光が、後に持ち主を幽世へと誘う不思議な魔導書へと変化する。


 この出来事を目撃していた者達は、あの白竜が幽世の扉を閉じたのだと認識し、戦いの終わりを告げるために来たのだと思った。


 実際は偶然河伯が通った時に魔導書の力が尽きただけであり、河伯は寝ぼけたまま空を飛んで居心地の良さそうな場所に落ち着いただけなのだったが、それを知る者はいない。


――あれは、河伯。黄河の神か。


 自分の計画を邪魔した河伯に気付いたは、この神々しい白竜に興味を持つのだった。

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