アリスの神通力

「えーっ、そう見える?」


 オリンピックがなぜか嬉しそうな顔で質問を返した。そう言っているのだから、アリスの目にはそう見えるのだろう。何故かは分からないが。


「いや、恋人同士ではない。オリンピックが伝承巡りをするというのでどんなものか見にきたのだ」


 自分の正体をオリンピックには秘密にしているので、さすがに守りにきたとは言えない。私の言葉を聞くとアリスは目を細めて鼻を鳴らした。


「ふむふむ、気持ちを隠せないお気楽能天気娘とその身を案じるクール系ツンデレのカップル……いいっ!」


 さっきまでとまるで口調が違う。恍惚とした表情であらぬ方向を見ながらブツブツと呟くアリスは、幼い外見ながら無邪気とは正反対の空気を発している。


 ツンデレという言葉を検索してみるとどうやら意味は定まっていないようだが、いくつもある用例のどれにも私は該当しない。アリスは誤解をしているということになるが、それを正す必要があるか判断しかねる。


「……あっ、ごめんね。お姉ちゃん達はこれからどうするの?」


「もう気が済んだだろう? 帰ろう」


 我に返ったアリスに問いかけられ、私はアリスではなくオリンピックに呼びかけた。そういえばさっきから私の身体に体重を預けたままだ。両肩を押して自分の足で立たせてやる。


「そうだねー。画像は撮れなかったけどまあいっか!」


 アリスの神通力をカメラに収めるという目的は達成できなかったがマレビトと遊べて上機嫌のオリンピックは素直に帰ることを承諾した。


「私の写真が撮りたいの? お願いを聞いてくれたらいいよ」


 すると、アリスがまた交渉を持ち掛けてきた。今度はどんな遊びを要求するのやら。私は構わないがオリンピックは帰宅が夜になってしまうぞ。


「えっほんと? できればなんか魔法を使ってるところが撮りたいんだけど」


 魔法を使うのはどちらかというと人間の方なのだが、細かい言葉の違いなどは些細なことか。アリスは笑顔を浮かべて快諾する。


「うん、いいよ! それじゃあうさぎさんを出すから動画で撮ってね。お願いはその後で」


 撮影方法まで指定するアリスは私よりずっと人間社会のことに詳しいようだ。私が知らなすぎるのだろうか。ともあれ、突然危害を加えてくるかもしれないので警戒を解かないようにして様子を見ておく。


 アリスの『お願い』は撮影の後というのが少々不安だ。「撮ったのだから言うことを聞け」と無理難題を突き付けてくる可能性が少なくない。


「やった! じゃあ撮るよー」


 大喜びでカメラを向けるオリンピックの前で、アリスは両手を合わせ、ゆっくりと開いていく。その間に生まれた光の球が形を変え、兎の形になっていった。


 数秒後、白い毛皮を持つ兎がピョンと跳ねて地面に降り立ち、二本足で立ちあがって鼻をヒクヒクさせた。眷族の召喚か。兎は彼女と深い関係があるので、同様にマレビトとして幽世に生まれたのだろう。


「おおー! これで部活の発表もバッチリだよ!」


 オカルト研究部だったか? その部活で成果を発表するのだろう。なにもマレビトに遭遇する必要はないと思うのだが。


「それじゃあ、アリスのお願い。お姉ちゃん達はあそこの学校の生徒なんでしょ? 私も学校に連れていって」


「ええっ!? それは……どうかなあ?」


 オリンピックは困ったような目で私を見てくる。幼い少女を学園内に連れ込むのは、あまり良いことではないがそれほど問題にはならないだろう。だが、彼女はマレビトとして神通力を使っている姿を動画に収めさせている。つまり堂々とマレビトとして学園内に侵入するということになるわけだ。教員や他の生徒が黙っているとはとても思えない。


「できるよね? お姉ちゃん」


 今度は私に向かって言ってくる。私の正体を把握しているから、出来るだろうと言ってきているのだ。確かに私と同じことをすれば可能だが、アリスがマレビトであることを隠さずにいれば多くの問題が起こる。明蓮にも秘密が漏れる危険を与えてしまうだろう。だが……。


「人間のふりをしてただ学園の中を見て帰るだけなら大丈夫だろう」


 人間の子供のふりをして一時的に学園へ入りまた出ていくだけなら、オリンピックが部活で動画を披露しにくいという程度の不都合しかない。これが最良の選択だろう。


「うん、それでいいよー」


「うぐぐ、それじゃこの動画はみんなに見せられないね。しょうがないか」


 アリスも承諾し、オリンピックは残念そうにするが納得したようだ。


「じゃあ帰りましょ!」


 そう言って、アリスはオリンピックの手を取る。


「え?」


「一緒にお姉ちゃんの家に帰るの!」


 アリスはオリンピックの家に行くつもりらしい。そして私に顔を向けると、口からではなく脳内に直接言葉を伝えてきた。


――安心して、この人間には危害を加えないから。


 まあ、貴重な情報源であるオリンピックの身の安全が保証されるなら私に異論はない。


「うふふ、今日は二人の関係をじっくりと聞かせてもらうからね!」


「えーっ!?」


 何に興味を持ったのか知らないが、アリスは興味津々といった表情をオリンピックに向けている。マレビトが人間の家に上がり込むことについては、まあ、オリンピックの家なら大丈夫なのではないだろうか。


 森を出たところで私は二人と別れて自分の寝床に帰るのだった。

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