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 ティアがいなくなってから一週間が過ぎた。

 同僚の風馬は突然米国の研究機関へと引き抜かれ、観測所には霧尾の姿しかなかった。

 風向き以外は目ぼしいデータの変動はなく、ただ淡々と毎日のデータを記録していく。

 そんな日々に亀裂が入ったのは、あるテレビ放送を目にした時だった。


 ――ティアだ。


 それは米国の研究機関NXAの発表会の様子だった。

 研究主任と紹介された金髪の男性はエルバートだ。彼の後ろには大きなモニタがあり、そこには別室で鎖に繋がれているティアが映し出されていた。


「かつて人々は雨がなく、日照りが続くような時、天に、あるいは神に、雨を乞うた。それは時が変わった現代であっても通用することを、我々は発見したのである。それが彼女、雨乞いの巫女ティアだ」


 モニタが画面いっぱいに映し出され、一人の少女の、怯えた表情が大きくなった。

 何をされているのだろう。何を見ているのだろう。

 彼女の大きく開いた両目には見る見るうちに涙が溜まり、それが一滴、二滴と流れ落ちた。

 それに伴い、外で雷鳴が一つ、響いた。

 霧尾はその音のあまりの大きさに観測所の外に落雷があったのかと思ったが、どうやらテレビの中で鳴ったものらしい。

 集まった記者の何人もが頭を抱えてしゃがみ込んでいた。


「雨よ、来たれ」


 一人だけ笑みを浮かべていたエルバートがそう呟くと、会場にいた記者たちが一斉に外を見た。

 慌ててテレビカメラも向きを変え、その光景をしっかりと世界に放送する。

 雨だ。

 窓を叩き、地面で跳ね、屋根に打ち付ける音が、しっかりと映像にも乗っていた。

 それを見ていた記者の一人が、拍手をする。遅れて会場を拍手が埋め尽くした。


「静かに」


 だがエルバートは手を上げてそれを制すと、こう続けたのだ。


「驚くべきことに、彼女の能力は映像を伝って伝播するのです。さあ、これを見ているみなさん、外を、そして空を、見て下さい」


 霧尾は言われるまでもなく、廊下に出て窓を開けていた。

 冷たい風が流れ込み、頬に小さな雨粒が当たる。

 雨だ。

 空は暗くなり、段々と粒が大きくなって地面に落ち始めた。

 ごう、と音が鳴り、あっという間に水たまりが駐車場に出来た。



 こうしてティアは雨乞いの巫女として世界中に認知された。



 泣いている少女の映像が、毎日三度、テレビで、あるいは配信サイトで、流される。

 その時間帯はどこを見てもティアの泣き顔だった。

 彼女の涙は雨を呼び、すぐさま世界中の干上がっていた川やダムに潤いが戻った。

 世界中は彼女の涙を喜び、もっともっと泣いて欲しいと懇願した。

 突如世界の救世主となったティアの、本当の気持ちは分からない。彼女の代理人であるエルバートは世界中をこの危機から救いたいというのが彼女の御心だと発言していたが、一部では虐待に当たるのではないかと、宗教者や教育者の間で話題になっていた。



 世界に雨乞いの巫女が登場してから、一月後のことだった。

 霧尾は観測所に泊まり込みで仕事をしていた。

 雨が止まない。

 もう今日で三日間降り続いている。

 近所で山崩れが発生し、周辺の道路に被害が出ているそうだ。

 ニュース映像では各地で川が氾濫し、都市部では道路が冠水して、車が何十台と浮かんでいた。

 各観測所、研究所で原因究明に必死だが、未だに何故こんなことになっているのか、またいつまでこの雨が続くのか、予測は立っていない。

 メールだった。知らないアドレスだ。

 そう思って差出人を見るとミレーヌ、霧尾の元彼女からだった。

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