第4話:エムス偽報事件の真似しちゃおう👅

 夏七月。


「ユーリアちゃん。これくらいでいい?」

「うん、いいよ~。アリアちゃん」

「でもこれがお金になるなんてふしぎだね~」


 皆さんご機嫌いかがでしょうか。


 孤児院の庭の日陰で、小さいドロ沼をつくって遊びながら、片手間に荒稼ぎしている、ユーリア六歳です。


 この孤児院には、上は十歳から下は三歳までの12人が生活している。


 もちろんこの1000人の弱小国で捨て子がそんなに出るはずはない。

 西のフラマン王国修道会で手に余った子や、東のスィーツ地方で捨てられた子供たちが送られてくるみたいだね。


 ユーリアちゃんは珍しくこの修道院の前に捨てられていたそうで。


 推定年齢から六歳としているとのこと。



 あれから三カ月。

 三か国での試供品を使っての綿密なマーケティングの末、おもに貴族や大商人などの富裕層にセールスをかけている。


 ここは私が先頭に立って売り込みに行きたいけど、六歳だもんなぁ。

 がまんがまん。


 すでに第二回の製品納入が行われているんだ。

 生産量は少なくていいから、この孤児院だけで十分需要をまかなえるので、そういう契約にしたよ。


 今アリアちゃんがドロを詰めている小びんは、いかにも超高級品が入っていそうな白磁製の優雅な模様がついたもの。


 その容れものの方が高いよね。

 どう考えたって。


 でも容器仕入れ値の5倍の値段で売っている。

 黒檀やヒノキのような香木で作った豪華でオリエンタルな箱に、ビロードを敷き詰めて売っています。


 これだけでも結構『ブランド力』は付けたつもり。

 要は、商品ではなく富裕層の見栄と対面を刺激した商売。


 今度折を見て、ローマニア神聖教会の紋章をモチーフにした印をつけようかと。


 無理かなぁ。


 でも試せる事は全てやってみる。

 それがユーリア主義です!



 それよりもそろそろ授業の時間だよ。


「は~い。みなさん。算数のお時間ですよ~」


 一番若いシスターを騙し……げふん。説き伏せて、ユーリア監修の算数セットと教科書を使わせてマリオネットになってもらっています。


「ユーリアちゃ~ん。アリア、ここわかんない」


「ああ、ここはわかんないよね。でもこっちはわかったんだ。アリアちゃんすごいね~。だったらこっちのもんだい先にやったら~?」


 アリアちゃんを始め、大抵の子は私にわからないことを聞いてくる。

 一斉授業だけシスターにしてもらっている。


 細かい指導は私がそれとなく、カリキュラム変更してその子に合わせた問題を提示しているんだ。


『由利先生。そうなんだよ。レビンスキー理論の民主型リーダーを目指すんだ。それと個々のレディネスに合わせてハードルを下げて問題を選ぶんだよ』


 吉田先生。

 社会心理学とか教育学。大学での勉強は使わないと分からないんですね。

 ソーンダイクとかアドラー知っていてもやってみないと分からない。


 今、しみじみと感じます。

 感謝!



 ◇ ◇ ◇ ◇



「それで、これが今月の収支報告か。まだまだだな」


 採点渋いぞ、美クール公子。


 半年で独立採算まであと一歩なのに。


 しかしこの天才美クール閣下はちょっと教えただけで、財務諸表が読めるようになるなんて、こいつが悪魔なんじゃないのかな?


「問題は、本来の目的である『孤児自らが自立』できるかどうかではないか」


「それは1年じゃできません!」


 そ、そこの美クール。

 にらまない!


「我が国に残された時間はわずかだ。できるだけ早く税収を上げて招集した兵の訓練と、その武器の整備をせねばならん」


 もうそんなに二大国の緊張が高まっているのか。

 時間稼ぎなんか、この小国でできるはずないもんなぁ。


「既にローゼンフルトとフラマンがにらみ合っている国境線の西側にある小国、ルクセンフルト王国の奪いあいが起きている」


 普仏戦争の前哨戦か。


 それならもうすぐ開戦?



 ぴこ~ん!


 これを長引かせることできる?


 エムス電報事件の逆は出来ないかな?


「美クール……げふん。レオナルド公子さま。名案がございます」

「言ってみよ」


 私はその迷案を披露し始めた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 豪華絢爛なフラマン王国のヴェルシール宮殿の執務室。


「国王陛下。ローゼンフルト帝国皇帝からの親書が届きました」

「うむ」


 フラマン国王は、その偽親書に目を通した。


「人払いせよ」

「はっ」


 宰相以外の者がいなくなった時、国王はニヤリと笑った。


「ローゼンフルトの自称皇帝め。何を考えておる。3年後に神聖帝国の帝位を継ぐことを承認してもらう代わりに、ローレヌン地方を割譲しても良いと?」


「誠でしょうか?」


「神聖帝国の末裔ラインシュタイン大公の親書もあるそうだ。間違いあるまい。だがこれは内密にしてくれと」


 あご髭をしごきながら国王は思案する。


「宰相はどう見る?」

「名を捨て、実を取るか。実を捨て、名を取るか。フラマンの取る道は一つでありましょう」


「そうだな。ペンと紙を。了承と親書を送ろう。これは極秘だ。下手に漏らすと破談になりかねんからな」


 宰相は深々と頭を下げた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「なんだと? フラマンの高慢ちきが俺に神聖帝国の皇帝継承権をくれてやるから、アルサスをよこせだと!?」


 ローゼンフルト帝国の帝都、ベールリングにて皇帝が吼えた。


 怒号を放っていても、皇帝は自称であるためにコンプレックスを持っているこの男は、悪い気はしていなかった。


「ですがアルサスは我が国に不足している鉄鉱石の宝庫。

 これを明け渡すのは……」


「なに。3年後だ。それが過ぎれば、軍靴で踏みつぶすまで。

 宰相、3年後には開戦だ。その準備をせよ」




 3年後には確実に開戦になる。


 だが、本当にいいんだろうか?

 大公家の親書?


 そんなものはない!

 と、舌を出すユーリアであった。




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