桜が散る刻

お粥さんつ!

3月 満開の幸せ

───次に桜が散る刻、どちらかはこの世に居ないよ。


街を見渡す事のできる小高い丘。

そこには一際目立つ大きな桜の木が立っている。


3月の末に華やかに色を咲かせた桜の花は、4月に入るともう殆どその色を無くしており、緑がその大半を締めていた。


その最後の桜が散る瞬間…


1つの願いが、桜が散る瞬間と刻を重ねて木霊した───。


「お願いします…もう1度あの子に春を下さい。」




「ん〜!」


昼下がりの校門、背を伸ばすと共にそんな声が漏れ出る。


今は3月の下旬。

高校の終業式が終わった所だ。


僕は長い長い終業式からの開放感に浸っていた。


高校に植えてある桜の木も見事に満開で、それはそれは美しく学校を彩っている。

終業式を我慢したご褒美としてはピッタリな光景だ。


にしても、少し花咲くのが早い気もする。

温暖化の影響だろうか?

この調子では4月の初めには桜の木は緑に変わっているだろう。


少しばかり、新入生が可哀想な気もする。

などと、そんな事を思っていると…


「お疲れ様ー!終業式長かったねー!」


後ろから元気な声が響いた。


「お疲れ様、相変わらず元気だな。」


本当にいつも通りだと思ったので、苦笑を交えながら彼女を出迎える。


「ふふん、美神みかみ家は元気が取り柄ですから!」


得意気に笑ってみせる彼女の名前は、美神 みかみゆう

僕の恋人だ。


「そう言う添田そえだ日和ひより君は眠そうだぞ〜?」


ジトっと僕の事を見つめる優。

この言い方はいつも怒ってくる先生の真似だろうか、地味に似ていない。


「あっ!まさかまた寝てたんじゃないの〜?」


図星である。

言い返す言葉が無いので沈黙するしかない。


まったく、こいつは毎回察しがいいから困る。

彼女に隠し事が成功した試しがない。

こいつは探偵でもやった方がいいんじゃ無いだろうか?


「あ〜あ、そんな事だろうと思ったよ。まったく日和の居眠り癖はどうにかならないかな〜……って、聞いてるの日和?」


優がジトっとこちらを見つめる。


「別に、ただお前は名探偵の素質でもあるのかなぁって思ってたんだよ。


その言葉に優は少し顔がにやける。


「ほお〜?名探偵ね……。まぁそりゃそう思っちゃうのも仕方ないか〜!この天才探偵優様にかかれば日和君の思考などお見通しなのだよ!」


役に入り込む優。

何だかその様子はまるで演劇を楽しむ子供の様で、僕は思わず笑みが零れてしまう。


「頭脳は大人だけど見た目は完全に子供ってとこだな。」


そう言うと、途端に怒った表情で優が詰め寄ってくる。


「ムキー!誰が子供だ誰がー!毎回日和はそうやって私を子供扱いするんだから、少しは反省しなさいっ」


ポンっと頭を叩かれる。

そう言う擬音を使いたいくらい非常に可愛いげんこつである。


「むっ…やはり私のげんこつは威力不足か。まぁいいや……そこら辺のお説教は後にして!」


切り替わる様にパッと笑顔を見せる優。


「ねね!日和、今日は一緒に見に行く約束でしょ?」


「えっ…あっ」


いきなりの眩しい笑顔についつい見惚れてしまい、反応が遅れる。


「日和?」


首を傾げる優。


「いやいや何でもない、そうだったな。全く毎年見に行ってるのに飽きないよな。」


そう言う僕の手を、優は掴んで元気よく走り出す。


「当たり前でしょ、毎年行かなきゃダメなんだよ。そういう約束でしょ?ほらほら、早くいく見に行こうよ!」


願いの桜を───。





この街には、街一帯を展望できる小高い丘がある。


そしてその丘の頂上には一際大きい桜の木がある。


その桜の木の名前は「願いの桜」。


そんな大層な名前を付けられてるくらいだから、この街にはこの桜にまつわる言い伝えがあるらしい。


僕はその内容は深くは知らないのだが、確か願いが叶うだとかそんな感じだった気がする。


まぁそんなことは作り話だとは思うが…

でも立派な桜であることは確かで、僕は優に連れられて毎年見に来ている。


優が言うことには、毎年絶対見に行かなきゃダメで、そう言う約束らしい。


よく分からないが、そういう事なので僕も毎年ついて行っている。

さてと…そろそろ見えてくる頃なのだが


「うわぁ…!」


途端、感嘆の声が隣から聞こえる。

目を隣にやると、優がキラキラとした目つきで桜を眺めていた。


僕もそれを見て願いの桜に視線を送る。


「やっぱり……凄いな。」


一瞬にしてその桜に目を奪われる。

それくらいに、大きく美しい桜の木がそこには立っていて、息が止まる程に美しい色を咲かせていたのだ。


風がなびくたび、桜の吹雪が舞う。

その光景に僕達は視線を外すことが出来ない。


数分程、僕達はその場から動くことが出来なかった。


「ね、日和。やっぱり今年も見に来て良かったね。」


優の言葉に僕も頷く。


「そうだな、毎年来ても見惚れてしまうくらい……本当に、すっごく綺麗だな。」


2人でこの光景を目に焼きつける。

この素晴らしい光景を。


しばらくこの光景に見惚れた後、沈黙を破ったのは優だった。


「日和はさ、あの言い伝えどう思う?」


こちらに視線を向け、優がそう質問する。


「あの言い伝えって、願いが叶うみたいな奴か?」


「そうそう、桜の花びらの最後が散る瞬間に願えば叶うって言い伝えだけどさ、本当に願い叶うと思う?」


優は桜の木に視線を戻して頷く。


「僕はそんなの作り話だと思うな。それに、本当に叶ったら素敵だけど、今の所は良いかな。」


その言葉に優は首を傾げてまた質問する。


「へぇ、そりゃまたどうして?」


僕もまた、優と同じ様に桜の木に視線送り


「どうして…か。」


その問いに僕は迷うことなくすぐ答える。


「優が隣に居てくれてる、今で満足してるからだよ。」


瞬間、優が少しばかり驚く。


「ひ…日和が…日和がデレた!! ねぇねぇ日和、今なんて言ったの?優さんもう1回聞きたいな〜?」


優が子供のようにはしゃぎながら詰め寄ってくる。


「いやっちょっと…今のは自然に言葉が出ただけで…」


この言葉に、優は更にテンションをあげてはしゃぐ。


「自然に言葉が出るくらい好きって事か〜!そうかそうか。優さん嬉しいぞっ、このこの〜!」


優がそう叫びながら飛びついて来る。

ふわりと、甘い香りが僕を包んだ。


「ちょっ…!お前ほんとに…。」


飛びつかれた勢いのまま、優が上にかぶさる形で倒れる。


何とか起きようとするが、優が嬉しそうに抱きつく姿を見ていると、段々そんな気も起きなくなってきた。


「あぁもう…降参降参、お前には敵わないよ。」


そこで僕は諦めて、抵抗を辞める。

本当に、優には敵わない…。でも、それでいいのだ。


面倒くさがり屋な僕すらこうやって降参させて引っ張り出す程、彼女は元気で眩しくて…そんな所に僕は惚れたのだから。


「なぁ、優。もう少しこうしてたいとこだけど、そろそろ帰ろうか。」


優は少しばかり考えてみせたが、その後すぐに首を縦に振る。


「ちょっと残念だけど…それもそうだね、分かったよ。」


僕と優はそう言って学校のカバンを手に取って立ち上がり、その場を後にする。


「なぁ、来年も見に行こような。」


「来年…うん、そうだね。」


少し優が言葉を濁す。

優が言葉を濁すのはかなり珍しい。


少し違和感を覚えながらも、丘を降りようとすると…


「ん?」


優が足を止め、願いの桜を振り返って眺めていた。


「どうした、優?」


「日和、ちょっと先いっててくれるかな。すぐ追いつくから。」


どうしたのだろうか。

僕は少し疑問を持ったが、すぐ追いつく、という言葉もあったので


「了解。」


と、そう返し、丘を下るのだった。





「行ったかな。」


私はそう呟くと、桜の木のふもとまで歩いてゆく。


願いの桜…願いが叶う桜。

実は、私はこの桜の木について少しだけ知っている。


日和は覚えていないけれど、私は何となく、うっすらとだけれど覚えている。


この桜の木の下で誰かと遊んだ事がある。

そして……言い伝えどおりの願いの力を見た記憶がある。

もう遠い昔の話だ。子供の頃の記憶だし、思い出補正か何かだとは思う。


そう…現実はきっとそう甘くは無いけれど、それでもその記憶のせいだろうか


なにか、この桜の木には不思議な力があるかもしれないと。そう、思ってしまったのだ。


でも…きっとそんな都合良い話は無いのだろう。特に……私の問題はそんなのに頼ってもどうにもならない。


だからこそ、不思議な力を感じたこの桜に…私はせめてこれだけは叶えて欲しいと思う願いを願うのだ。


跪き、両手を合わせる。


「お願いします、日和が来年もその次の年も、健やかに春を迎えられますように。」


最愛の恋人の幸せを願う。


「私はその時には日和が元気かどうかなんて見てあげられないんです。」


そう…私が日和を見てあげられる時間はもう限られているから……。


「だって……来年の桜が咲く頃にはもう ……」


私はこの世に居ないんだから───。



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