第51話 重すぎる愛の暴露

「そこまで分かったのなら、ユカさんのアカウントで無実の表明はできないの?」


 渚沙なぎささんが聞いた。


「ダメだね。最初にログインした時点で、パスワードが変更されちゃってる」

「それは当然ね。そうしておけば、今後は自分のスマホから好きに投稿できるもの」


 早乙女さおとめさんの言う通りだ。SNSは端末が違っても、同じアカウントを使用できる。それを聞くと渚沙さんは悔しそうにした。


「お嬢さんはやはりいい子じゃの。……しかし、ヘタにつつくよりはいきなり襲って、相手を驚かせた方がスカっとするじゃろう。さて、今の敵は何をしようとしておるか」


 勝一郎しょういちろうじいさんはユカのスマホをのぞいた。


「ほう、引き続き投稿しておるぞ」


 今度は、ホテルの庭で僕の背中を見守る渚沙さん……もどきの写真だった。幸せなカップルの撮影、といえば聞こえはいいが、アングル的に盗撮っぽく見える。そして投稿者もそれを分かっているらしく、撮影許可については一言も触れていなかった。


『これ、ちゃんと許可とってるんですか?』

『いくら閲覧数多いからって、勝手に利用してるじゃん』

『そんな人じゃないと思ってたのに……』


 居並ぶコメントを見て僕は落ち込んだが、勝一郎じいさんは逆ににやりと笑った。


「一度でやめておけばいいものを、調子に乗りおって。やればやるほど、ヘタな嘘というのはボロが出るものよ。……少なくとも共犯者は二人いるな。女の方は、この顔を探せばよいということだ」

「はい、旦那様。早々に手配いたします」

「いや、そこは警察に任せて──」

「別にお前らに動くなとは言っておらん。こちらも『手伝う』と言っているのだ。よもや文句はあるまいな」


 爺さんのひとにらみで、警察は完全に静かになってしまった。この人にはやはり逆らうべきではない、と僕の本能が告げてくる。


「……さて。申し訳ないが、君らにもひとつやって欲しいことがある。悪いが、明日

 のツアーはキャンセルしてもらうぞ」


 僕と渚沙さんは目を見合わせ、じっと勝一郎じいさんの話に聞き入った。




 夏の日射しが照りつけるカフェで顔を寄せ合う男女。僕たちに微妙に似た二人がジュースを飲んでいるのを、複雑な気分で見ていた。


「確かに、言われてみれば私に似てるかも……」

「渚沙さんはもっと可愛いよ」


 思わず僕は気色ばんで答えた。偽物は髪も乱れているし、背もちょっと低いし、そして何より目の輝きが足りない。きっと内面のしょぼさが外見にも影響を与えているのだ。


「……ありがとう」


 熱弁する僕を見て、渚沙さんはくすくす笑った。


「ちょっとお二人さん、お仕事はまだ終わってないよ」


 スマホとにらめっこしていた関田せきたさんが、僕に釘をさした。男子二人はすでに所定の位置についているため、ここからだとちらりと頭が見える程度である。


「まだかな」

「今日中には必ず来るはずだよ」


 ユカはこう言っていた。『炎上には油がいる』と。ネットには話題が多く、移り気な人々は一つの話題にそう長期執着できない。だからこそ、追加投稿して怒りをあおることが必要になると。


 ユカにはファンが多いため、擁護の声もある。だから、ここでさらに反感を買うようなことを仕掛けてくるはずだ。


「動いた!」


 関田さんが投稿を確認した。今回の投稿は、カフェで頼んだ大量の食事を映したもの。数口だけ食べられたそれを写真に撮って、「今日は一緒にランチ。お腹いっぱいになったから、もういらない」とのたまっている。


 これは明確に犯罪ではないが、地味に人の神経を逆撫でする光景だ。最後にニセの渚沙さんの笑顔の写真までついているのが、実に腹立たしい。


「行って、後はこっちが見てるから」


 関田さんの声に背中を押されて、僕たちは立ち上がった。一直線にカフェを突っ切り、目当ての二人に肉薄していく。


「すみません」


 渚沙さんがにこやかな笑みを浮かべながら、二人組に声をかけた。二人はぎくりと肩を強ばらせ、スマホから顔を上げる。


「どこのどなたか知りませんが──人のフリをして投稿するの、もうやめませんか? 悪趣味ですよ」


 渚沙さんはいきなり核心に踏み込んだ。二人の顔がますます強張って、一瞬視線を交わす。


「……い、いきなり出てきて何を」

「そのスマホを見れば分かることです」


 渚沙さんの手が素早く相手のスマホに伸びた。それから逃れようとして、男の方が手を高くあげる。


「はいはい、自分から提供どうもね。やはり王のもとには自然と貢ぎ物が集まるか」


 その次の瞬間、後ろで待ち構えていた中西くんがスマホを奪い取った。そして彼はわざとらしく声をあげる。


「ちょっと君ッ! なぜ君がユカのアカウントを使っているんだ? どこからどう見たって、ユカとは別人じゃないか」


 指摘を受けて、女の方が口を尖らせる。


「頼まれたのよ。別におかしなことじゃないでしょ?」

「ユカとそんなに親しそうには見えないけどな」


 中西くんは、わかりやすい釣り糸を垂らした。罠とも知らず、女はそれに食いつく。


「それはあんたの思い込みでしょ。私と彼はユカが認めた『恋人同士』なんだから。親しく付き合ってて当たり前なの。おあいにく様」

「へえ。あの恋愛神社のきっかけの?」

「そうよ。スマホを返して、せいぜい拝んでおいたら? あんた、変な髪型だし彼女もいないんでしょ?」


 中西くんのこめかみがひくつくのが、僕の場所からも確かに見えた。


「確かに彼女はいないが……犯罪者に見下されたくはないなあ」

「そうだよね。語るに落ちるって本当にあるんだな」


 僕と渚沙さんが並ぶと、さすがに相手がぎょっとした顔になった。


「この顔は覚えてるか。最初に写真がアップされた時、でかでかと映ってたもんね。さすがに僕と並んで、自分の方が本物ですっていうのは無理があるんじゃない?」


 男の方が視線をそらした。


「私ともあんまり似てないね。顔より何より、人を平気でバカにしたり、恋人に対する愛情の熱量が足りない感じが気にくわないの」

「は?」

「私が彩人あやとくんの背中を見つけたらね。絶対にぎゅっと抱きついてにおいを嗅ぐの。しばらくは離れてなんてあげないんだから」

「に、におい?」

「本人は嫌がってなかなか嗅がせてくれないからね! 無防備な背中なんて、クンクンする絶好の機会を逃したりしないもん」

「あんた言ってることがキモくなってる自覚ある!?」


 さすがに相手がドン引きしていたが、渚沙さんは屈しなかった。


「汗かいた服とか洗わせてほしいけど、それも脱がなくてつまんな──」

「わかった。よくわかったよ渚沙さん」


 僕は無理矢理話を遮って、偽物に向き直った。


「……状況は理解してくれたと思う。大人しくユカのアカウントで謝罪して、警察に

 行ってくれないかな」


 僕が言うと、二人は目を剥いた。




※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「獅子王家の人脈、やっぱヤバ……」

「中西くんも罵倒されて可哀想に」

「おうおう、バカップルがよお……」

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作者はとてもそれを楽しみにしています!


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