第44話 マーメイドのいる島
「すごい風!」
海風は思っていたより強く、
それでもエメラルドグリーンの海の上に白い波がたつ様は美しく、僕たちはしきりに歓声をあげる。その横でユカがひたすらスマホのシャッターを切っていた。
「前方に見えますのが、藍島。そして美しき塔を持ちますのが、獅子王リゾートの経営する『マーメイド』でございます」
運転席からアナウンスがかかった。確かに前方に島が見える。そしてその島の中に、白銀の金属がゆるやかに絡み合った大きな塔があった。高く伸び上がった塔の曲線は、今まさに海面から飛び上がった人魚のくびれのようにも見える。
「これより本船は着岸いたします。しばしお待ちください」
クルーザーがスピードを落とした。滑るように桟橋に入ると、宿が見えてくる。白い屋根に水色の壁をもった豪華な洋風コテージが建ち並び、その中央には宮殿のような純白のメイン棟がそびえていた。
「うわあ……」
まるで映画の中に入り込んだかのような光景に、渚沙さんが言葉を失っている。そして見た? と言いたげに僕の服の裾を引いてきた。
「うん、見てるよ」
視線を交わしてから、しばしうっとり外を見つめる。僕を我に返らせたのは、ユカのスマホのシャッター音だった。
「いい写真が撮れちゃった」
「また勝手に……」
僕は写真を見た。確かに、二人ともリラックスしていい顔で映っている。消してくださいよ、と言いたくなったが、渚沙さんの顔をちらっと見た。
「……これ、SNSにはのせてほしくないけど、データは欲しいな」
「それはそうかも」
「ぶーぶー」
ブーイングがきたが、渚沙さんはにっこり笑ってみせた。
「だって友達になるんだったら、写真の交換くらいするでしょ? なんでもSNSにあげたりしないで」
ユカはちょっと痛いところをつかれた顔をして、渋々うなずいた。
「じゃ、ダイレクトメッセージで送るからアカウント教えてよ」
こうして僕たちは、無事に写真をゲットした。
「くそー、滞在中に一枚くらいは掲載許可をとりつけてみせるからね」
闘志を燃やしていたユカだったが、下から
海沿いのコテージは料金の高いクラスのため、僕たちの部屋は白い本棟のホテル内にあった。それでも室内は今まで泊まったことのないような豪華な調度だし、広くて大きな窓からは海が見える。壊したらタダじゃすまない、と分かっているのか、啓介までもがなんだか大人しかった。
僕たちは荷物を置いて、ホテルのロビーに集合する。
「部屋割りは船と同じか。で、ディナーはこのホテルの最上階のレストラン、と」
明日からは自由なのだが、今日だけはかっちり夜の予定が決まっていた。獅子王さんのお爺さんとの顔見せがあるからだ。船のディナーより厳しく、夜は本物の正装でのぞまなければならない。
「今からツアーの申し込みをして……軽くこの辺りを観光しようか。近くの商店街まで、送迎車が出てるみたいだし」
姉御の提案に全員がのっかり、僕たちはまずツアーのカウンターに行った。
「ツアーといっても、色々あるね……」
どうせなら全部体験できるやつがいい、ということで僕たちはできうる限り豪華なものに申し込んだ。みんなより早く船に乗ったからか、スムーズに予約をとることができる。
「こりゃユカに感謝だな。みんなと一緒に来てたら、人数限定のツアーに申し込むのは無理だったかもしれない」
珍しく啓介の言う通りだった。ついでにシュノーケリングの講習会にも申し込み、そこから講習を受ける。それを終えると、自由時間は数時間しかなかった。
「……さて、送迎バスに乗ろうか。夕食までただ寝てるのもつまんないし」
また
目の前の道には、お寿司や海鮮料理、カフェなどの店が十軒ほど並んでいる。
リゾート内の代金は獅子王さんもちだが、ここは自腹だ。寿司などは値段が怖い、ということで、カフェに入ってくつろぐことにした。テラス席がメインの店で、木で出来た椅子と机の上には、緑のガジュマルが大きく枝を広げていた。そのため、日射しが遮られて心地いい。
「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
僕たちは大人しく、メニューに目を落とした。コーヒーやケーキなど無難なものもあるが、一際目を引くのが「サメバーガー」と「亀丼」の文字。
「これって……食べられるの?」
「私も使ったことないから分からない……」
料理に詳しい渚沙さんですら首を横に振っている。これは完全に「賭け」のメニューだ。
「三井、どうすんの?」
「うーん、なんか亀を食うと恩返ししてもらえなくなる気がするから、俺はサメにする」
浦島太郎の話でも思い浮かべているのだろうか。でも、僕たちもなんとなくそのイメージに引きずられて、次々にサメバーガーを注文した。セットで千二百円、なかなかいい値段だ。
「お待たせしました」
ややあって、料理が運ばれてきた。小ぶりのハンバーガーに、コーラとフライドポテトのセット。別に見た目は突飛なものでなく、フライが挟まった普通のハンバーガーでしかない。
「味はどうなんだろ?」
「食えば分かるさ」
「…………」
「三井、何か言ってよ。こっちまで怖くなるじゃん」
「普通」
あれだけタメておいてからに。
「……でも確かに、ささみ肉に近いような味だよ。そんなにクセは強くない」
僕が続いて食べてから言うと、皆もバーガーにかぶりついた。
「確かに。ちょっとフィッシュバーガーにも似てるかも。食べやすいね」
「かかか、サメもたいしたことないな!」
食事は順調に進んだ。ポテトは塩味でこれといって特徴がないが、マズくはない。手に着いた塩をなめなめ食べ進めていると、急に渚沙さんの手が伸びてきた。
「はい、あーん」
「ん」
差し出されたポテトを僕は食べた。うん、美味しい。
「……お前、イチャつきを隠さなくなったよなあ」
啓介が呆れているが、僕は否定せず笑ってみせた。渚沙さんが安心したように笑うので、それが間違っていないとわかる。
「ごちそうさまでした」
「また、いらしてくださいね」
僕たちは食事を終えて街に出た。……でも、ちょっと本音では物足りない。最近、渚沙さんが作ってくれるご飯に慣れて、胃が大きくなったのかも。
「もう一軒行かねーか? 美味かったけど、足りねえや」
「僕の腹はまだ生け贄を求めている」
男子勢の意見は一致しているようだ。それを聞いて、関田さんが笑う。
「どうする? 渚沙はもうちょっと食べられそう?」
「うーん、少しくらいなら」
「じゃあ、何か頼んで私と半分こしようか」
話がまとまる頃には、啓介が近くの定食屋に駆け込んでいた。さっき我慢した分、自分の食べたいものに抑えがきかなくなってるな、あいつ……。
「五人いけるってよ!」
「分かった分かった……」
僕たちは苦笑する店のご主人に礼をして、啓介に続いた。
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「ああ、島の景色と料理!」
「見つめ合うバカップルめ」
「サメといわず亀も食え」
など、思うところが少しでもあれば★やフォローで応援いただけると幸いです。
作者はとてもそれを楽しみにしています!
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