第30話 各家のカレー事情

「二時間ほどやってみて、どう?」

渚沙なぎさはだいぶ筋がいいよ。図に書いてみると、こんがらがってたことがスッキリしたみたい」

こずえちゃんも、好きな歌や映画でゴロを作ってみると調子いいみたい。中間で間違えてたところ、全部分かるようになったって」


 女子組は順調だ。その上で分からない問題にヒントをあげていると、部屋の扉がノックされた。


「みんな、そろそろおやつにしたら?」


 母が麦茶と、バナナのパウンドケーキを持ってきた。このケーキは母がよく作るおやつの一つで、焼きたての甘い香りがする。


「ありがとうございます、美味しそう」

「お夕飯があるから、少なめでね。……あらあなた、大丈夫? どこか悪いの?」

「しばらくほっといてやって……」


 母は啓介けいすけを心配していたが、悪いのは体でなく頭なのでどうしようもない。


 結局啓介は小学校四年で行き詰まり始めたので、そこから教えていく。全科目これだったらどうしようかと思ったが、数学と理科以外はここまでひどくなかったのでほっとした。啓介も文系の頭のようだ。


「ちょっと良くなってきたかも」


 簡単な問題をこなして、啓介は機嫌が良くなってきた。何か質問してみて、と関田せきたさんに軽口を叩きすらする。


「じゃあ、中国史上唯一の女帝で、周を建国した人の名前は?」

「俺じゃないことは確か」

「先生にぶっ飛ばされればいいのに」


 ……まだまだ、高校で通用するレベルではないようだ。関田さんが続けて問題を出し、間違えると教科書でツッコミを入れている。僕はその間、渚沙さんの質問をいくつか受けていた。


「これで分かる?」

「うん、じゃあ……この公式を使えばいいのかな?」


 渚沙さんが正解に辿り着く。僕が赤ペンで花丸を入れると、にっこりと微笑んだ。


「だいぶ分かってきたよ。彩人あやとくんと梢ちゃんのおかげだね」

「力になれてよかったよ」

「ちょっと休憩してもいい?」

「うん、どうぞ」


 すると渚沙さんは僕のベッドに腰掛けて、そのままころんと横に倒れた。


「うふふう」


 僕の使っている布団に顔をうずめて、なにやら笑っている。シーツは新しいものに替えていたが、なんだか僕はドキドキしてしまった。


「……嬉しいけど、あんまり彩人くんのにおいがしないねえ」

「洗い立てのシーツのにおいで我慢してよ」

「次は替えなくてもいいからね」


 渚沙さんはそう言ってくんくんと枕のにおいをかいでいる。


「僕のにおいなんて、そんないいものじゃないでしょ?」


 これは謙遜ではなく、男全般、かぐわしいにおいなどそうそうするものではないと知っているからだ。女子は違うけどね。


「いいにおいだよー」

「遺伝子的に相性が良い相手って、体臭がいいにおいに感じるみたいだね」


 関田さんが口元をつり上げながら言った。


「相性いいんだ。ふむふむ」

「な、渚沙さん。そろそろ降りて。勉強しよう」

「ええー、もうちょっと」


 渚沙さんは散歩からの帰宅を拒む犬のように手足を突っ張るので、降りてもらうのに苦労した。


「次は英語の復習をしようか」

「Riajyuu is dead」

「まだ死んでないって」


 呪いの言葉を吐く啓介をなだめつつ、なんとか基礎固めに走る。女子二人は応用編に入り、テストで出そうな問題を作って出し合う。そんなことを続けていると、また扉がノックされた。


「ご飯ができたわよ。それくらいにして、降りてらっしゃい」

「……って、うわ。もうこんな時間」


 時刻はすでに六時前になっていた。まだまだやりたいところはあるが、肩も手も凝ってきていたので、勉強道具を一旦片付ける。


「飯かあ。何が出るかなあ」


 啓介は現金なもので、飯の一言を聞いた途端に元気になっている。そして一番最初に部屋を飛び出していった。


「あ、こら!」


 関田さんがそれを追いかけるのを見て、僕と渚沙さんはゆっくりそれに続いた。


 リビングに入ると、母が鍋一杯にカレーを煮ているのが見えた。渚沙さんの家はビーフカレーだったが、うちは大きめに切った豚バラ肉を使う。そして具は玉ねぎと肉のみ。ちょっと変わっているが、昔からそうなのだ。


 そしてオーブンから、グラタンが出てきた。一斤分のパンをくりぬいて、その中にホワイトソースとほうれん草、ベーコンを入れる。チーズをたっぷりかけて焼けば、完成だ。


 それに水菜のサラダと、母特製のフルーツジュース。全ての品が並ぶと、なかなか壮観な光景だ。


「美味そう~」


 啓介がよだれを垂らしそうな顔で見ている。その率直な反応が嬉しかったのか、母が笑った。


「おかわりあるから、たくさん食べてね」

「いただきまーす!!」


 僕たちはさっそく食事を始めた。まずサラダから手をつけたのが僕と渚沙さんで、カレーとグラタンにとりかかったのが啓介と関田さんだ。


「なに、お前ら。好きな物は一番最後に食べるタイプ?」

「……うん、そうかな」

「私もそうかも。先に野菜を食べなさいって、お姉ちゃんによく言われたし」

「かー、甘いねえ。欲しいものは最初に食べとかないと、あっという間になくなるんだぞ」

「うちも弟ばっかりだからそうなの。ほんと、油断も隙もない」


 話をしていると、家庭環境が如実に分かって面白い。うちの兄貴は、僕が好きな物をそっと皿に落としてくれるようなタイプだからなあ、と思い出して切なくなった。


「ケーキのチョコの板とかも、僕がもらってたし」

「そうそう、砂糖のサンタさんもお姉ちゃんたちがよくくれたよ」

「……どこの世界の話だそれは……」

「ほんと、信じられない」


 啓介と関田さんはグラタンとカレーをおかわりしながら、ただただ驚いていた。


「このカレー、味がまろやかで美味しいですね。隠し味がなにかあるんですか?」

「そうねえ……特にこれっていうのはないんだけど、玉ねぎを多めに使うわね。それで甘くなるんじゃないかしら」


 渚沙さんは自分でも作る人らしい質問をしていた。


「豚肉も柔らかくて美味しいです。うちは牛の薄切りばっかりなので」

「関東の方は豚肉を使うところが多いの。その流れじゃない? このレシピは、お姑さんに教えてもらったのよ。お父さんはこのレシピじゃないと、カレーを食べてくれなくて」

「……確かに、父さんが外でカレー食べてるの見たことないや」


 単にあまり好きではないだけだと思っていたのだが、そういう理由があったのか。無口な父の一面を、また知った思いだ。


「いいですねえ、そういうの……」


 渚沙さんが食べるのも忘れてうっとりしている。


遠海とおうみさんはお家で料理するの?」

「はい。姉と当番で、交代しながらですけど」

「じゃあ、カレーのレシピ持って帰る?」

「嬉しいです! ありがとうございます」


 渚沙さんと母が穏やかに会話していると、兄貴が帰ってきた。






※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「渚沙さんにくんかくんかされたい」

「カレー食べてえええ!!」

「啓介はどうやって入試を通ったの?」

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作者はとてもそれを楽しみにしています!

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