第5話:私を愛した怪盗 (The Thief Who Loved Me)・囚われのヒーロー01

 椅子に縛られて真っ白い部屋に置かれたカムイは自分がここに運ばれてきてどれぐらいの時間が経ったのか思い出そうと頑張ってみた。あのとき、カムイは探偵少年の秘書に化けていたマガイモノの口封じにかかろうとしたが、直後に国家機関の部隊らしき連中に仲間全員が取り押さえられて連行、その運ばれた先では各自独房入りとなった。それからのこと、執拗な質問攻めや拷問を受け続けて、カムイは時間感覚が麻痺してしまっていた。もう何度目かわからないカムイの日付け数えはまた徒労に終わった。尋問を受けていない時の彼はずっとこれを繰り返していた。こうでもしないと精神が保たないと思ったからなのだ。しかし、『無駄だと知りながらバカの一つ覚えのごとく、無意味に繰り返す行為自体が既に頭が壊れた証拠ではなかろうか?』と、彼はこうも思っていた。


 この尋問室はカムイが今までよく見てきた刑事ドラマのあの狭苦しく薄暗い取調室とは訳が違った。捕虜の感覚を奪うために部屋全体を真っ白に塗り、単純な置き物1つ存在しない。その上、壁という壁に新素材の重吸音材を埋め込んでいるせいで、喋り声は一切響かない。音が波状に広まっていかないということである。音はたちまち重吸音材に吸い込まれて、音としての機能を失う。喋り声は『相手に拾われて内容を理解される』という意思疎通の機能を持っているが、そもそも、喋り声が相手に届く前にあまりの小音量になってしまったら、内容を理解したがらなくなるのだ。例えば、足元でアリたちが行列を組んで一心不乱に行進していても、音が聞こえないので我々がそのことに気づきもしないのと似ているのだ。真っ白の壁が視覚情報の撹乱なら、重吸音材は聴覚情報の撹乱だった。尋問を行う拷問担当が部屋から出ていけば、恐ろしいほどの静寂が舞い降りる。


 それなのに、今までカムイが精神崩壊はおろか軽い錯乱さえ起こしていなっかたのはまさに奇跡だったと言えた。それだけは拷問担当ですら素直に褒めるぐらいだった。言い換えれば、ここに運ばれてきた者たちは全員漏れなく、精神崩壊を起こしたことになる。


 その事実にカムイは少し身震いしながら、自分を縛っていた椅子の拘束具を瞬時に解いて、床に大の字になって寝転んでは驚くほどの大声で叫び始めた。


「監視カメラで見てただろ?実はな、俺に拘束具など無意味だ!!だが、もう降参だよ!!全部教えてやるぜ!!」


 もちろん、その驚くほどの大声というのもすぐさま重吸音材に吸い込まれてしまったので、カムイは虚しさでため息が漏れるのを禁じ得なかった。本人は数えられていないにしても、カムイがここに運ばれて実のところ3週間が経っていた。その間、ずっと白を切ってきた彼が突如として自力で拘束具を解いてはすべてを語ると乗り出したら、相手も信じざるを得ない。果てなき拷問に彼は遂に心が折れたと判断するからなのだ。それがカムイの狙いだということも知らずに。拷問する側は常に自分が優位な立場にあると思い込むことを逆手に取ったテクニックなのだ。あえて長いこと白を切ってから、突然態度を変えれば、そこからは拷問する側の優位性は失われる。期待心理が働くからなのだ。捕虜が隠そうとしていた真実をようやく聞くことが出来るという期待感。それはどんなデタラメも安易に信じさせてしまうのだ。


 ここに運ばれてきてから始まった尋問にカムイは何一つ身に覚えがなかったし、ほとんど理解も出来なかった。なのに、彼が大きく啖呵を切った理由……それは『この場を世紀の大虚言でごまかす』に他ならなかった……。


(嘘を真実に仕立て上げる――まさに怪盗らしくていいじゃないか。もう訳のわからない尋問はおさらばだぜ)

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