第3話:ドレッドノートで朝食を (Breakfast at Dreadnought's)・忘れ物01

 間一髪だったぜ。あのデカブツめ、ラニアケアちゃんをこの場で仕留める気だった……ヤツの拳には迷いがない。極めて致命的な暴力の意思だけが宿っている。いくらスターケストであっても、あれをまるまる食らったら相当の痛手だ。


 そもそもあいつは何なんだよ?最初にホテルでラニアケアちゃんと一悶着あって、彼女が本気で怒る前にその場から脱出できたは良かったものの……それから、ヤツが現れて俺たちを追ってきているわけだがよ。ちょいと追ってきてはすぐに見えなくなったもんだから、諦めたかと思いきや……どうやら、噂の『ドレッドノート名物ネズミ狩り』だったらしい。だが、悲しいかな?俺はドレッドノートに到着したらすぐにこの街の情報屋とホームレスたちを味方につけといたぜ。怪盗の基本だからな。それが功を奏したのか、ヤツは優雅に紅茶を飲みながら情報を待つってのは不可能になったのだ。そこからのヤツは血まなこになって追跡を開始し、そしてヤツの必死の追跡によって街の外れ辺りが半壊されたというのが、今この状況ってわけだ……


 俺は教団や元老院にはさほど詳しくはないが――だとしても、あの戦い方は教団の者でもなけりゃ、元老院の回し者でもない。正統なる拳法の形が見え隠れするのを鑑みて、破門になった継承者なのかも知れんな。その上、『カイオト・ハ・カChayot Ha Kodeshドッシュ』という名のニルヴァー能力ナまで揃っていると来た。食らわば一発で永眠確定だ。しかもアーキタイプだから使用に制限無し……とんでもない強敵だ。いま俺たちの戦力ではせいぜい牽制しながらの後退……いや、退却が関の山だな。


「よお、デカブツ!!こんな暴れ馬が良くもトラブルも起こさないで街に潜んでいたもんだな?」


 上っ面だけは余裕な態度を取り、自信満々に話かけてみる。下手に逃げ惑うのも良くないからな。そもそもヤツは俺たちが逃げても逃げても今この瞬間まで俺たちを追ってきている追跡の鬼だ。その上、俺たちが下手に逃げ出したせいで工房街ドレッドノートの大半が崩壊でもしたら、ヤチコちゃんとラニアケアちゃん両方共々永眠だし、その請求までもすべて俺の方に来るだろう。だから、ここでヤツを食い止めなければならない。かと言って、まともに戦える手段もないが。


 つまり、逃げるも地獄、戦うも地獄ってわけだ。ても、いまは俺が時間稼ぎをするしかない……その間にいい作戦を思いつけるかどうか……


「答える気はない。……葬る」

「それを『答えている』と言うんだよ!返事した時点で、てめえは俺との駆け引きで負けてんだぜ」

「勝敗は拳と銃で決めるものだ。……葬る」

「語尾が『……葬る』になる病気にでもかかったのか?情けないヤツ!!拳法による力自慢が好きのようだが、免疫細胞は訓練できなかったらしいな??変な病気にかかりやがってよ!」

「…………」


 おお。キレたかな?単純なヤツだな。こんな子供じみた挑発に……


 ――――なにいッッッッッ!?!?!?


「背後がガラ空きだな。……葬る」


 この俺が目で追えないスピードで動いただと!?ヤツめ、底知れぬポテンシャルを持ってやがる!!だが、黙って食らうものか!!ヤツはまだ拳を突き出してすらいない!ならば、俺のファニングショットはてめえのヘニョヘニョ拳法より速いぞ!!俺は素早く前宙しながら後ろに向かってリボルバーを構え、照準を定めようとした。


「居ない!?」

「前宙なんて無駄な芸を披露するから遅いのだ。……葬る」


 既に移動しやがったか!!やられる!!永眠になるのを防ぐべきはヤチコちゃんとラニアケアちゃんではなく、ヤツと正面で対峙してる俺のほうだったってわけか!?こいつの語尾になりつつある『……葬る』が耳障りで仕方がないのに!!!無念!!!


「終わりだ……カムイ・コトブキ。おれの素敵な灰色の瞳を悪く言った報いも含めて、決戦教団からの依頼を果たすことにしよう。カイオト・ハ・カChayot Ha Kodeshドッシュ!!!」

「教団からの依頼だと!?」


 教団が動いている?なぜ、こんな訳のわからないデカブツをスイーパーに使っているんだ?そんなことは今はどうでもいいか。ヤツの拳が迫る!!


 どうする??拳が……

 もう目の前だ!!防ぎようがない!!

 クソ、ここまでか……!?!?

 う、うわあああああッッッッッ――――!!!


「アルキュビエレ・ドライブ――――!!!!!」


 かすかに俺の顔面にヤツの拳が掠った感触があった。だから、永眠確定だとばかり思ったんだが……どこからと無くヤチコちゃんの声が聞こえて、気づけば俺は二人の女に抱かれている。


「ラットボーイ、危ないところだったわ!この若い女が私を避難させてすぐにテレポートであんたを助けに行っ……」

「若い女ではありません。あたしはヤチコ・レイゲンです。しかも、テレポートだなんて……あたしの能力は『アルキュビエレ・Alcubierre driveドライブ』だと、さっきも説明したでしょう?」

「さあね。ぽっと出の脇役のセリフをいちいち覚える趣味はないわ」

「お、おう……ここにも修羅場が……そうだ、お二人、あのデカブツは!?」


 ヤツの人知を超えた異常なまでの身体能力なら、ちょっとしたテレポートでもすぐに追い付かれる。だから、ここでカムイのハーレム王国を築いている場合ではないのだ。すぐに対策を立てるか、更に逃げるかの二択しか無い!!


「それなら安心だぞ、カムイ。あたし達はあの探偵事務所があった場所からだいぶ離れたところ……この街の中心部にある時計塔の中に避難しているから」


 なら、安心だな。リラックスだな。パラダイスだな。この世で一番安全だな。


「じゃなくて――!!キノタイプはコストがかかるし、ヤチコちゃんにはこんなに遠く跳べるほどの貢ぎ物なんてなかっただろ!?」

「あるぞ?」

「なにが」

「貢ぎ物」

「まさか!?!?」

「世紀の怪盗『寿』のへそくりがあるじゃないか」

「……宝石の?」

「うん、そう。綺麗だったぞ」


 なにがへそくりだよ……なにが綺麗だったぞだ……俺の……俺の……仕事の報酬じゃねえかッッッッッ!?!?死にものぐるいで盗んだ宝石を……いとも簡単に貢いだってのか……この怪盗助手失格があああああッッッッッ!!!


「そうなの?私たちの位置はドレッドノート時計塔なのね?じゃあ、あの探偵事務所とはかなりの距離があるわね。とりあえず安全ってことよ」

「その通りですよ。土地鑑のあるラニアケアさんのお墨付きなら、当分はまず問題ないかと。そういえば、カムイ、気になることが……」

「なんだよ?泥棒の物を盗む超泥棒さん」

「探偵事務所と言ったら……あのレーヴという少年は?」

「あ」




 ――つづく――

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