第3話:ドレッドノートで朝食を (Breakfast at Dreadnought's)・ネズミ狩り02

 ・聖エデン世紀 1160年 07月 21日 07時 49分

 ・ホテルからカムイが消えて数時間後

 ・ドレッドノート記念公園内の自販機前


 何なのよ、ラットボーイ……!!まったく足取りが掴めないじゃないの。いくら彼が、私の昔のあの人と言っても、今回だけは許さないつもりだけれど。ここまで来たら許す、許さない以前の問題だわ。『ドレッドノート名物ネズミ狩り』と言ったら、追う側はゆっくり紅茶でも飲みながらひと休憩するってことじゃなかったわけ?なぜ、今日は私の下に何一つ情報が集まらないの?お駄賃目当てに情報を売りに来る者が絶えないはずなのに……


 いや、『私に情報を売りに来る者が居ない』と嘆いてても無意味だ。これではただただ駄々をこねているのと同じだから。じゃあ、情報を売りたい人間の立場になって考えてみてはどうだろう?その人間の思考になって、自問してみるのよ。


( ラニアケアとラットボーイ。情報を売るとすれば……どっちの方からお駄賃をより多めにもらえるんだ? )


 聞くまでもない。その答えは当然、ラットボーイだ。妙な言い方になるかも知れないけれど――彼には金が無限にある。隠す必要もない、保管する必要もない、マネーロンダリングをする必要すら無い、綺麗な金がこのデウス;エデン全土のどこにでも存在する。彼は欲しい時にその金をいつでも手に入れられるし、使っても尻尾を掴まれることもない。それがどういうことかって?単純な話よ。彼は怪盗……悪く言えば、ただの泥棒なのだ。つまり、必要によって盗んで稼ぐし、盗んで使うということ。


 そのくせ、まさに神出鬼没。彼はどんな手を講じようとも捕まらない。彼を捕まえるためにスケールの大きい逮捕作戦を展開すれば、展開するほど、その周辺は激しく焦土と化す。『リビング・ディ人間災害ザスター』とまで称された彼を止められる者は彼本人しか居まい。


「もしかしたら、ラットボーイめ……この工房街ドレッドノート全体を買収したとでも!?あり得ないわ」


 あり得ない?自分を奮い立たせるため勢い任せに言ってみたものの、まるで説得力がない。あり得る……全然あり得る……むしろ、その仮説こそ彼らしいとまで思えてくる。私に情報が集まらないってことは街全体が彼に味方しているとしか考えられないもの。さすがは、ラットボーイ……やってくれたわね……


 と、その瞬間、とんでもないニルヴァー超能力ナ反応と共に爆発音がしては、強力な風圧が押し寄せてくる!!


「――――JACKPOTだわ!絶対に彼よ!!犯罪まみれのドレッドノートでもここまでの超大騒ぎを引き起せるのはリビング・ディザスターの彼しか考えられないわ!!やっと追い詰めた……やっと……!!」


 そう遠くない距離から砲煙のような煙が立ちのぼる。高い所で観測することもないぐらいに爆心地の位置はハッキリしている。多分、どこからでも目視でわかるだろう。あの方角ならドレッドノート記念公園の出口からすぐのところである『商業地区アイリーン』か。


 もたもたしていると、また逃げられてしまうに違いないわ!ヒューゼス卿がくれた補給品を使おう。後できっちり金を取られるんだからあんま使いたくはなかったけれど……仕方ないわね。私は使い捨ての量子転送装置の『Send it!』を取り出して、地面に設置した。ホテルでラットボーイを連れ去ったあの若い女のニルヴァーナ……きっと、『テレポート』のキノタイプでしょうね。『Send it!』はあのキノタイプに比べてはだいぶ劣るものだが、メリットもある。


 交通行政省が予め工房街ドレッドノートの要所要所にジャンプ拠点である『量子ターミナル』を設けておいたので、その量子ターミナル間でのジャンプなら、費用がかかること無く自由に行き来が出来るという点だ。使い捨ての『Send it!』だって何度でも使える。逆に、この『Send it!』で量子ターミナルへ行かず、任意の場所にジャンプしたら、費用もかかるし、装置も壊れるので捨てなければならない。


 まぁ、今回はノーコストで使えそうだわ。ちょうど、『商業地区アイリーン』には量子ターミナルがあるからね。Send it!のナビゲーション上では、『探偵事務所レーヴ』という建物の近くに量子ターミナルがあるとされている。迷う時間も惜しいわ。すぐに行きましょう。転送には9秒ぐらいかかる。転送先で何が起きるか予測不能なので、私は防御態勢を取ったまま転送ボタンを押す。9秒、8秒、7秒……2……1……そして、0秒。転送が済んだ。と思った矢先、


「――行くぞ!カイオト・ハ・カドッシュChayot Ha Kodesh!!!」

「!?!?」


 私は信じられないパワーで顔面を殴られ、ふっ飛ばされる。たったそれだけで、全身がバラバラに千切れるような痛みが走る。どういうこと!?ラットボーイとあの若い女にこんな破滅的パワーはないはず。じゃあ、私は一体誰に殴られたわけ!?正常な思考が出来ない。


 そんなことを思っていたら、いつの間にか私はふっ飛ばされる途中で止まり、ただただ宙に浮いていることに気づく。身動きも取れない。どうやら、止まっているのは私だけではない。世界が灰色に染まり、まるで躍動感がない。直感でわかる。この世界は終わっていると。


 そしたら、耳元で誰かが囁いていることに気づく。


「ああ、やっと気がつきましたか?ふふふ……鈍感ですね。しかし、Send it!を使い出すなんて、ヒューゼス卿の入れ知恵ですか。数手先を読んでいらっしゃる……彼女のような察しのいい方は嫌いです。ラニアケアさん、突発行動は控えてください。変なことをするから、あの野蛮人に顔面を殴られたりするのです。転送先が彼の拳の真ん前だとは知る由もなかったでしょうね。わたくしがその気だったら、あなたもろとも、あの野蛮人までもとっくに削除……いいえ、戦闘不能にして差し上げましたところですが――。おや、喋りが過ぎたようです。本来のタイムテー時間軸ブルに帰りましょう……今度は走って商業地区アイリーンに向かってくださいね。この派生タイムテーブルは忘れなさい。このわたくしも含めて……」




――つづく――


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