第18話 喧嘩

「──さぁ次は誰だ! かかってこい!」

「クソッ! なんでこんな化け物じみた魔剣士が辺境の村にいるんだ!」


 聖剣の強さは素晴らしいものだった。僅かな魔力を流すだけで魔力が増幅され剣撃と共に強大な魔法を発動させられる。

 流石はアルバート王国に受け継がれていた一国に値する伝家の宝刀である。


 しかし体力の限界が来ていた。魔力も魔法ではなく自分自身の体力回復に使い果たし、聖剣を持ってしてでも残りどれだけいるだけか分からない敵兵を相手するのは無理だ。

 一晩中戦い続け、辺りに積み重なる敵兵の死屍累々がその戦いの過酷さを物語っている。


 それでも遂に夜明けはやってくる。

 日が登り、侵入を許した敵兵による村の惨状が目に入ったその時、軍楽隊による華々しいファンファーレが鳴り響いた。そして聞き覚えのある、凛々しい声が聞こえてくる。


「──お前たち戦いをやめろ!」


「お、陛下がいらっしゃったぞ……」

「そ、そんな……。我々は任務を終わらせることができなかったというのか……」

「ち、違う! 陛下自ら主力を率いて援軍に来なさったのだ!」


 瞬く間に敵の間に混乱が広がる。私はその隙に敵の間を駆け抜け声の方へ向かう。


「どこだエドガーの名を名乗る不届き者はァァァ!」

「ここだジョージ!」

「ばっ、馬鹿な! ほ、本当にお前なのか……!?」


 大量の近衛兵に囲まれた中からジョージが歩み出てきた。


「馬から降りて説明しなさい! これは一体どういう領分でやっているんだ!」

「ち、違う……。違うんだエドガー! 俺はお前が、まさかこんな所にいるなんて……。でもこんな小さな村が一日も猛攻を乗り越えたと聞いて……」


 彼はしどろもどろにそう答えながら、転がり落ちるように馬から力なく降りてきた。


「危険です! お下がりください!」

「そこのお前、陛下から離れろ! この子がどうなってもいいのか!」


 振り返るとメアリーが人質に取られていた。近くにはグレイが横たわりピクリとも動かない。


「ジョージ、もしあの子が死んだら、私はお前を殺さなければならなくなる」

「……わ、分かった。そこのお前、離してやるんだ」

「はっ……!」

「エドガーさん……」


 メアリーはその場に座り込む。左腕からは血を流し、疲れと極度の緊張から目も虚ろだ。


「さあ説明しなさい。私が残した千の計略に、マーシアを一方的に侵略するなどということは書いていません。焼き討ちも村人の虐殺も禍根を残すだけだからやめろと書いたはずです。だと言うのに何故こんなふざけた真似をしているんだ」

「聞いてくれエドガー……。これはお前のためなんだ」

「……私のため……? 私の住処を奪い私の家族を傷つけることが私のためだとでも?」

「それは……。知らなかったんだ……」


 ジョージは項垂れる。


「では何が私のためだと?」

「……マーシアの国王がかつてお前の村を襲った首謀者だと分かった」

「……は?」


 疲労困憊の私のぼやけた頭では彼が何を言っているのか理解できなかった。


「だから! 二十五年前に旧アルバート王国領を攻撃した連合軍にマーシアも加わっていただろ? それでお前の村を攻撃したのが当時王子だった今のマーシア国王なんだ!」

「そ、そうか……。それで……?」

「それでってお前……。お前が出ていったのは復讐のためじゃないのか?」

「いや三歳の頃のことなんて今更どうしようとも思わないが……」

「違うだろ! お前が子どもの頃散々苦労したのはアイツのせいなんだぞ!? だから真実を知ったお前が復讐の旅に出るんだと思って、その聖剣を渡したんだ!」


 私は思わず頭を抱える。彼はとんでもない勘違いをしていたようだ。


「……復讐はやめなさいと第三百項あたりに、私怨での戦いはやめなさいと二百項あたりに書いたでしょうが……」

「じゃあなんで俺を置いて国を出て行ったんだ!」

「それは……」

「そしてお前ほどの人間が国を出てやりたかったことは、こんな寂れた辺境で子ども二人と孤児院の真似事か!? お前が居なくなって誰も俺を止めてくれなかったからこうなったんだぞ!」


 彼の言うことは全くの正論である。しかし、だからこそ彼の言葉に怒りを覚えた。


「だから私が居なくても大丈夫なように計略を書き残したんでしょうが! お前は本当に昔から聞き分けが悪いな!」

「うるさい! 勝手に逃げ出したお前が悪い!」


「……だったらもう昔のように決着をつけるしかないな……」

「いいぞエドガー! 後から一日寝ていないことを言い訳にするなよ!?」


 私は剣を投げ捨て拳を握り締める。ジョージも鎧を脱ぎ捨て真っ直ぐ私を見据えた。


「私とお前ではそれぐらいのハンデでちょうどいいだろ!」

「上等だ!」


 二人の間に言葉は必要なかった。男と男の、拳の語り合い。

 私が危険だと止めても今日みたいに最前線を突っ走るジョージを止めるために、何度力技で押さえつけたか分からない。


 私たちは鬱憤を全て拳に乗せ、それでいて清々しい気持ちで殴りあった。

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