第3話 聖女は追放したいが、おっさんに抱かれたい

「兄さん、また怪我したんですね」


 ……ジトッ~。


 まるでそんな音が聞こえそうなくらいに、彼女は俺をジッと見つめて来る。


「あんな戦いで傷つくなんて、やはり兄さんは勇者パーティーには向いていませんので、早く追放されるべきですよ。

 ----そして、一緒に子供をいっぱい作りましょう。そのために、抱いてください」


 ……ガバッ。


 まるでそんな音が聞こえそうなくらい……というか、本当に聞こえるくらい、手を大きく広げて、彼女は俺が来るのを今か今かと待ち構えていた。


 細長い耳に、スラッとしたボディライン。

 藍色のローブを身に纏う、金髪が似合う細身の美少女。


 ----【聖女】、シャル。

 人々を救う心優しきその聖女様は、今日も今日とて俺に追放されるべきだと言ってきた。


 清らかな行為とは程遠い、性行為のお誘いを添えて。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 

 ----教会。

 それは王国や帝国だけではなく、この世界全てに支部を置く大規模組織。


 その起源は、この世界に最初に現れた魔王を倒した初代勇者パーティーに所属していた聖女様----分かりやすく、初代聖女様と呼ぼう----から始まるという。

 初代聖女様は魔王を倒した後、自分に力を与えてくれた神に深く感謝し、神様を褒め称える組織を生み出す。

 そうして生み出された教会こそ、治癒などを始めた神聖術を授けるための使えるために訓練する専門機関であり、同時にどんな者にも救済の機会を与える救済組織である。


 そんな教会から勇者パーティーへと派遣された今代の聖女こそ、シャルなのである。


 シャルは歳こそ17歳ではあるが、エルフという種族に属する者だ。


 エルフは、見かけこそ細長い耳を持つ美人といった様子ではあるが、高い知性、そして1000歳でも生き生きと暮らしていけるという遥かに長い寿命を有する。

 街の中では1000歳以上のエルフが若者扱いされており、なんでもエルフ達の尺度で老人と呼ばれる者は10000歳を越えるという。


 まぁ、そんな中で17歳というシャルは、エルフの中では赤子くらいなのだろうけど、そんな年齢で教会最高峰の地位たる聖女まで上り詰めたのは、才能と呼ぶしかないだろう。


 そんな彼女は、俺を「兄さん」と呼んでくれている。

 先の戦いで、俺だけ不甲斐なく怪我してしまい、ばつが悪くてこっそり隠れて治療しようとしていた、情けない俺なんかを。



「兄さんと呼ぶのは、止めてくれよ。シャル。

 エルフに、兄さんと呼ばれるのはちょっぴり変な気分になるし」


 エルフは長い寿命を持つ種族であり、人間である俺には100歳越えも、300歳越えも、10代か20代くらいにしか見えない。

 長命な者達という印象であるエルフ、そんなエルフであるシャルから「兄さん」などと言われると、変な気分になってしまう。


「実際に兄さんの方が年上ですし、普通に兄さんと呼ぶのはおかしくないでしょう。

 近所の子が年上の人の事を、『お兄さん』や『お姉さん』と呼ぶのと同じです。諦めて兄さんと呼ぶのに慣れ、そのまま子作りを受け入れてください」

「流れで、なにを頼んでるんだ。なにを」

「ナニ、です。子作りです、繁殖行為です。エルフでも、人間と子供が出来たという例は数多くありますし、なにもおかしな点はありません」


 非常に真面目に、シャルは俺に子作りを提案している。

 その瞳には、なにも恥ずかしい事を言っているといったような、照れなどは一切感じられなかった。


「教会に属する聖職者って、性行為を嫌う者が多い印象なんだけど。冒険者の臨時パーティーの時の聖職者って、大体そんな感じだぞ」

「えぇ、そういう人が多いのは事実です。神も『清らかであれ』というのが、教会での教えですし。

 しかしながら、子供を持つことは邪悪でしょうか? そんな事はないでしょう。清らかであれというのは、教会が定めた7つの大罪、そのうちの1つである『勝手気ままに思いやりの欠けた欲に溺れる』という色欲に負けないように、気持ちを律せよという教えだと私はそう理解しております。なので、今の私が兄さんに抱く気持ちは純粋な好意、熱意溢れる性欲です」


 シャルはそう熱弁しながら、俺に手をかざす。


「ですので、清らかでなければ使えないと言われる神の奇跡も、この通り」


 パチン、と彼女が指を鳴らすと、シャルの手が真っ白に光り輝いて、俺の傷がみるみる治っていく。


「相変わらず、すげぇな。俺の知ってる聖職者の奇跡も、こんなにすぐには回復しないぞ」

「褒めていただけて、嬉しい限りです。ご褒美に、子作りをしませんか?」

「……」

「冗談です、にしても怪我しないように、ちゃんと気を付けてくださいね」


 『冗談です』と彼女はそう言ったが、俺にはまだあきらめていないように思うのだが。


「初代聖女様は今後も現れる魔王への脅威のために、教会を作ったのではありません。神の教えを、そして人々に安心と安寧を授けるために、教会を作ってくださいました。

 確かに魔王討伐は、人類を救うためには必要な行為の1つではあるでしょうが、必ずしも果たさねばならない義務ではありません」

「ぶっちゃけるなぁ、シャル」


 教会側としては、是非とも魔王を倒す目的のために、シャルを勇者パーティーへ派遣しただろうに。


「事実ですので。私の前にも、魔王討伐ではなく、人類の救済に全力を注いだ聖女様もいらっしゃいます。

 それに、目の前で困っている方に、道を示すのもまた、聖職者の務めだと思っております」


 ----ですので、兄さんは追放されるべきです。

 シャルはそこは譲らずに、堂々と言ってのける。


「兄さんの実力が足りない以前の問題です。今代の魔王に対し、今代の勇者、そして今代の賢者は、あまりに強すぎる・・・・・


 それは、俺も感じていた事だ。


 今代の魔王は、今まで世界を恐怖のどん底に陥れてきた歴代の魔王連中から比べると、そこまで強くはない。

 あくまでも魔王という者達の範疇ではあるが、平均的な強さ、との事。


 それに対し、【勇者】セラトリア・ガルガンディア、【賢者】ナウン・ガロ、そして【聖女】シャル。

 この3人は、歴代の勇者パーティーからして見ると、あまりにも強すぎるのだ。

 それこそ、たった1人で戦っても、魔王を倒せると言われるくらいに。


「それぞれの国、そして私を派遣した教会の立場がある事も理解しております。それでも、あまりに過剰な戦力、私が勇者パーティーに呼ばれたのは魔王を倒せと言う意味ではなく、兄さんと出会うためだと、そう感じているのです。

 魔王討伐はお二人に任せ、私は兄さんと、兄さんの故郷で冒険者として暮らすことも、教会が経営する孤児院の1つを切り盛りするのも、また私の故郷たるエルフの里に行くのも良しと、そう考えております。ですので、2人で愛の逃避行を----」


 「遠慮する」とだけ伝え、俺は彼女から逃げるように宿屋へ戻るのであった。




 ===== ===== =====

 【聖女】シャル


 出身地;小国にある、エルフの里


 年齢;17


 役職;聖職者ヒーラー


 得意な事;神の代弁者といっても過言ではない強力な神聖術、エルフとしての斥候、高い知性


 苦手な事;我慢すること


 特記事項;小国出身のエルフにして、現時点での教会内において一番、聖女に近いとされる人物

 エルフは長寿の種族であるため、100歳を越えようとも若々しい見た目のままであるが、彼女は17歳と、エルフの中でも、かなり若い子供に位置する。だが高い知性と信仰心によって、強力な神聖術を使えるだけでなく、エルフ独自の森の中での移動する斥候技術を持つ

 アルテに関しては本当にただの一目惚れであり、兄さんと呼んで慕っており、いつか2人で子供達と共に暮らしたいと願っている。希望は5人程度

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