27.「ディスイリュージョン」-8

 赴任前の勉強で得たファデラビムの情報の殆どはアドヴァンス冒険者の国の統治者側による公式見解であり、もっぱらこれまで領土回復と再建について経験した失敗や、これから試されるべきアプローチに重きを置いてあった。


 今グレゴリアが語ったこの地域独特な地縁関係やリアルな軍事情報は、事前準備の時点でまったく与えられていなかった知識ばかりだ。


 ベルナにとって必要ない情報と判断されたのか。それとも、別の思惑があったのか。

 ともかく、外圧によってファデラビムが壊滅していない理由は、ベルナの想像以上に複雑であった。


「『外』について解説しましたので、次は『内』の方向性について――」


「グラリス様」


 ずっと隣で聞いていたロザリアスは何か思う所があったのか、会話に割って入った。


「何でしょう」


「僭越ながら、残りの部分は俺に任せても?」


 二人はしばらく無言で視線を交わした。

 好奇心を煽られ、二人の顔を交互に見たベルナが口を開く前に、何かしらの譲歩を意味するグレゴリアの小さな嘆息が沈黙に終止符を打った。


「……いいでしょう」


「ありがとう」


 グレゴリアの首肯を得て、ロザリアスはベルナに向け非の打ちのない笑顔を浮かべた。


「部活見学という楽しいイベントだったが、講義みたいになっちまったらつまらないだろう。だから――」


「グレゴリアさんが言いかけた残りの情報に、何か不都合でも?」


 表情を変えず、至って平静に。

 何一つ気後れする事なく、男の言葉を遮り少女は問い返す。


「どうしてそう思うんだい?」


「普通にグレゴレアさんに聞いてもいいのですが」


「……おっと」


「ふふ」


 後ろで双方が言葉の刃を交えるのを見ていたグレゴリアは、いきなり一発殴られたロザリアスを容赦なく嗤笑ししょうした。


 この場合、ベルナの一枚上手というより、ロザリアスが相手を舐めすぎた故に、エントリーのタイミングを見誤ったと言った方が正しいだろう。


 そもそも、ロザリアスの話題転換は不自然極まりない。

「ギルフィーナが農業で雇用を生んだ事の何がそんなにすごいのか」という文脈は、会話の中で追い切れていないのである。


「ファデラビムの内外両方向から見て」とグレゴリアは説明を始めた以上、残りの「内方向」の話を言わせまいと茶々を入れたロザリアスの言動は論理的に考えて、《安息の地エルピス》の公に出来ない内情を言わせないためのものとしか解釈の仕様がない。


 そこで、ロザリアスのとぼける発言を無視し、話を繋ぎ直そうとするベルナの先手攻撃。


 あくまでも、あくまでもベルナは監察員。

 確かに、ベルナは既に《戦争詩人ワーバード》と《万紫千紅カレイドスコープ》に対しそれなりに好印象に転じたのは疑いようがない。

 だがしかし、それは「被監察者」の枠内で許されるレベルの最低限の私情であり、彼女がとるべき行動に影響を及ぼす物ではないという、体を張っての意思表示。


 そしてグレゴリアも、ギルフィーナも、ベルナのこの態度と立場を了承していると見ていいだろう。

 現に、何ら武力を持たないベルナの強引な態度に対し、グレゴリアはロザリアスの側に立って圧なり制裁なりを加える気配はない。


 明らかに、ベルナはグレゴリアが心情的にやや自分に傾いているのを理解している。虎の威をも借りて、交渉のテーブルでちゃぶ台返し実力行使されない土台として利用した。

 何しろ、ロザリアスは暴力に訴え出る必要性すらもなく、魅了チャーム一発で知恵比べなど即終了させられるのだから。


 なるほど。気に入られる訳だとロザリアスは素直に感心した。


 目まぐるしく飛び交う初耳の情報を大量に流し込まれた直後も思考が鈍る事はなく、敵地のど真ん中でも己の意向を曲げはすまい。

 そして、相手の初手の言葉を聞いてから、会話の流れを切るという予想外の行動で主導権を握ろうとする前傾姿勢。


 これは……飼いならせば、《安息の地エルピス》幹部と近似したレベルまで育つ可能性もなくはない。

 仲間になった際、忠誠心の角度から見ても優良物件。彼女は利ではなく理念で動く人間であり、その理念に殉ずる覚悟もまた口だけではないのだから。

 あの、面白い女今の飼い主が欲しがりそうな駒だ。


 部活巡りという、ギルドのデリケートな内情を赤裸々に開示する提案。

 この一見どう寝返らせるのか見当もつかない程に《安息の地エルピス》の活動方針と正反対の性格をしている頑固者を、こちら側に取り込むためのギルフィーナが打った一手だろう。

 これまで闇妖精ダークエルフの少女は幾度となく交渉屋であり政治屋でもある自分の上を行く奇想天外な手で、今のこのギルドを築き上げてきた。

 主の意図をまだ読みきれていないロザリアスであったが、その意向に沿う事にした。


 ……もし、珍しく主が読みを外したのであれば、どうするか。その答えは明白である。

 である自分がガイド役として派遣されたのだから。


「ではこうしよう。部活を巡った上で、先ほどの情報に対し聞く必要があると判断を変えずにいる場合。グラリス様の情報開示も反対しない。付け加えて……」


 ロザリアスは一拍おいて、続けた。


「何でも一つ、俺が質問に正直にお答えしよう」


「……ほう」


 その質問によっては、ベルナの此度のギルド視察は切り上げてもいい程度の収穫が得られるのだから、悪い話ではない。

 だが。


「私が質問権を勝ち取ったとして、あなたがくれる返答の信憑性を担保するモノはありませんが」


「傷付くなぁ。俺はレディに嘘などつかないよ」


「……そういう台詞を吐く男が正直者であった試しなどこの世のどこにあるのですか。まあいいでしょう。今は誤魔化されることにします」

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