第4話 ハーフエルフの美少女


「さ、西園寺さん」


「は、はい」


ジィーーーーー。


「えーーと」

(う、めっちゃ睨んでくるやん!)


「ど、どうかされましたの?」


(怒ってるのかな? めちゃくちゃ鋭い目つきなんだけど!? 喋りにくいなぁ)


(丁度、剣と魔法の面白いラノベをみつけたんですのよ! 市御いちごさんならきっと気に入ってくれるはずですわ。いや、もしかしたらもう読んでいるかもしれません。うう。どうしましょう? い、言うべきでしょうか? これはお節介なのでしょうか!? ううう!)


(こ、怖ぁ! 親の仇みたいに睨んで来るぅ。ダメだ。とても誘える気がしないな。一緒にダンジョン探索をして、西園寺さんに撮影をして欲しいの! なんて言えないよぉ)


「あ、あのね。ご、ごめん。やっぱりいいわ」


「い、い、市御さん!?」


「え!? な、なに!?」


「ラ、ラ、ラ、ラノ、ラノ!」


(なに!? 呪文!?)


「ラノ、ラノ、ラノ……」


(こ、殺される!?)

「こ、声かけてごめんねーー! 忘れてーー!」


 ひとえは猛ダッシュでその場を去った。


「あーー! 市御さん、待って……」

(ああ……。伝えられませんでしたわぁ……。ああ、市御さん……)


 ひとえは屋上に行った。


「はぁ、はぁ……」

(ここまで来れば大丈夫か。あれはきっと呪いの呪文に違いない……)


 ハーフエルフは特殊な魔法を使うので社会的に問題視されていた。

 西園寺の表情は明らかに呪いの呪文をかけている顔である。


(せ、せっかく喋るチャンスでしたのに! 完璧に変な人だと思われましたわ! なんとしても誤解を解かなければなりません。勇気を出すのですウロタカ!!)


 西園寺はひとえを追って屋上に上がってきた。


「い、いましたわ……市御さん」


「ひぃいいいいいいいいい!!」

(な、なんでぇえええええ!? 私なんか恨まれることしたぁあああ!?)


(誤解なのです。わたくしは、ただ、あなたに大好きなラノベを紹介したかっただけなのです!! 誤解だとハッキリ言うのですウロタカ)

「ご、ご、ご、ごか、ごか、ごか……」


(新しい呪文キターー! 怖ええええええ!?)


「ごか……ラノ……ごか……ラノ……」

(わたくしは決して変な人ではないのです!!)


「ひぃいいいいいい!」

(もう謝ろう。土下座だーー!)


ガバッ!


「ごめんなさい!! 許してください!!」


(えええええええ!? なんで謝りますのぉおおお!? 違いますわ! 絶対に誤解されていますわ!! もうこうなったら実力行使ですわ。この持ってきたオススメのラノベを見せるしかありませんわ!)


 西園寺はラノベを見せた。


「こ、こ、これ!!」


「は、はい?」


 西園寺は震えた。

 それはもう病的に。


プルプルプルプルプルプルプルプル!


(うわぁ! なんか、今度は心配になるぅ!)

「だ、大丈夫!? 西園寺さん!?」


「こ、こ、こ、これぇ……ブクブク」


「うわぁあああ! 西園寺さんが泡吹いたーー!」


バタン! と倒れる。


「西園寺さーーーーん!」




 10分後。


「ビーフストロガノフ!」


 西園寺は寝言と共に目を覚ました。


「は!? どうしてわたくしが寝てましたの!?」


「急に気を失ったんだよ」

(なに、さっきの言葉? どんな夢見てたんだ?)


「い、市御さんが膝枕をしてくれていたのですか!?」


「そのまま寝かすわけにはいかないからね。ははは」


 西園寺は全身を赤らめた。


「はわ……はわわわわわわわわ」

(い、市御さんの膝枕……)


「ちょ、落ち着いて! また気絶するよ!」


「は、はい……」

(うう。流石は市御さんですわ。アドバイスが的確ですわ)


「ゆっくり行こうよ。ははは……」


「うう……」

(や、優しいですわ。やっぱり市御さんはお優しいですわぁああああ)


 西園寺はラノベを出した。


「こ、これ……」


「……それは読んだことあるけど?」

(貸そうとしてくれたってこと?)


「…………」

(うわぁあ! やっぱり読んでいたのですぅねぇえええ!! お節介でした。凄まじくお節介をしてしまいましたわぁああああ!! 謝りませんと、)


「ご、ごめんなさい」


「え? なんで謝るの? これ面白いよね。ふふふ」


(ふはーーーー! そうなんです! 面白いんですぅう! 主人公とヒロインが出会う所とか最高でぇえ!! あ互いのすれ違いがありましてぇええ!! あ、あと、わたくしは敵キャラが全員好きなんですの!! 全員を嫌いになれないって言うか……。えっとえっと……。あれとかこことかぁあああ!!)


 西園寺は湯気を出した。


プシュゥウウウウ……。


「ええええええ!? 大丈夫、西園寺さん!?」


(わ、わたくしは……。わたくしは……)


 西園寺は1学期のことを思い出していた──。




 それはいつものお昼休み。

 教室の中は仲の良いグループができていた。

 ボッチなのは2人だけ。

 ひとえと西園寺だけである。


 2人はボッチを満喫していた。

 別に孤独が辛いわけではないのだ。

 

 西園寺は文学小説を読み。

 ひとえはラノベを読んでいた。


 特に互いが強く意識するわけでもなく、なんとなく居心地が良かった。

 『あ、あの子、また本読んでる私と一緒だ』そんな思いが2人の共通認識だった。


 ある日。ラノベの表紙に惹かれた西園寺は思わず見てしまう。

 その時は特に何も気にしなかった。

 本当にラノベの表紙が気になっただけ。

 なにせ、文学小説の表紙は質素なモノ。比べて、ラノベは妙にハイカラ。

 描かれているのは可愛い萌えキャラである。

 それがなんだか愛おしかったのだ。


 ひとえは、その視線に気がついた。


「読む?」


「え?」


「私、もう読んじゃったから」


「か、貸してくれるのですか?」


「うん。返すのはいつでもいいよ」


「わ、悪いですよ」


「そんなことないよ。私が買って私以外の人が読んだらさ。効率的じゃない。1冊分の料金で済むしね」


「はぁ……」


「いらない?」


「で、では……。お借りします」


「うん」

(さぁて、ちょっとお腹空いたから購買部でやきそばパンでも買うか)


 ひとえは何も考えていなかった。

 これをきっかけに彼女と仲良くなろうとか、そんなことは一切思わない。

 強いて言うなら効率。ただ本当に買った本を他の人が読んだ方が安上がりでいいと思っただけなのだ。


 しかし西園寺は違った。


ドキドキドキドキドキドキ!


(は、初めて人から本を借りてしまいましたわ。は、はじめてぇえええ……)


 そして、彼女はその本を家に持ち帰った。

 因みに、彼女の家は豪邸である。使用人は30人を超える。


(お、お、面白いですわぁああ!! こんな面白い小説があったのですねぇええええ!!)


 それは彼女にとって初めての経験だった。

 何かが弾けるように叫び声を上げる。


「ンキャーーーーーーーーーーーーー!!」


 使用人が部屋に集まった。


「「「 お嬢様! 大丈夫でございますか!? 」」」


「あ、いえ。へ、平気です」

(うわぁ。こんなにワクワクドキドキしたことはありませんわぁ。市御さんとお話ししたいですわぁあ!)


 しかし、次の日。

 

 声を掛けたくとも、その方法を知らない西園寺は汗を飛散させた。

 なにせ、幼少期の頃からボッチなのだ。想像を膨らますことだけが彼女の得意技なのである。

 思考はできても実践ができない。


(あうううう……。ほ、本の返却の仕方がわかりませんわぁあ)


 とにかく、あれやこれやと思案する。


(『面白かったですわ!』 ああ、いけません。こんな軽いノリではこのラノベの良さが伝わりません。ではこんなのはどうでしょう。『あなたはどこが面白かったのかしら?』 ああ、なんだか高圧的ですわ。作品の面白さを共有したいだけですのにぃいい。ああ、どうしたらいいんですのぉおお??)


 ふと、名案が浮かぶ。


(そうですわ! 文字にすれば良いのですわ!! 手紙ならばわたくしの気持ちが伝わりますわ!!)


 西園寺は和風の着物に着替えた。

 これは西園寺家の正装である。

 墨汁に魔力を込めて筆で文字を綴った。


(届け! わたくしの熱い想い!!)


 1週間後。


 ラノベがひとえの元に返却される。

 『粗品』と書かれた大きなクッキーの箱と綺麗な和紙の手紙が添えられて。


 手紙は5枚の長文になっていた。

 墨汁で綴られた文字は、それはもう達筆で。


(うう。何が書いてあるのか全く読めん)


 完全に裏目に出ていた。


(これ呪いの呪文じゃないよね?)


 不信感は募る。


(ラノベ一冊貸しただけで、こんな豪華なクッキーをくれるなんて相当な気を遣わせたな。もう気軽に貸すのはやめよう。彼女の負担になってしまうや)


(て、手紙は読まれましたか? わたくしの熱い想いは届きましたか?)


 西園寺は目つきが悪かった。


(うわぁああ。なんかめっちゃ睨んでるぅう。この手紙の長文は文句なのかもしれない。西園寺さんはアンチラノベ派か!?)


(ううう。市御さん。市御さん。市御さん)


(目は合わさないでおこう。あはは……)


(市御さん。市御さん。市御さん)


 西園寺の想いは歪みに歪んでいった。


 そして現在──。




(ああ、市御さん好き!! もう好き過ぎて好き! 市御さん好きぃいいい!!)


「ちょちょ! 西園寺さん!? 大丈夫!? 体が熱ってるよぉお!?」


「ああ……。濡れますわぁ」


「なにがぁああああああああ!?」


 もう振り切っていた。







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