奇々快々~夜行性動物看護士たちの日常~

桑鶴七緒

第1話

ここはとある総合病院。しかしただの医療機関ではない。


八時から十八時までは通常の病院と同じように人間が出入りしているのだが、それ以降になると入院患者以外の職員や医師、看護士たちは皆夜行性の動物が交代制として勤務しているのである。


今の院長が動物愛護団体の理事を兼任していることからこの二十年で院内の規定もだいぶ変わった。はじめは反対する人間も多かったが、動物たちと交流をしていくうちにそれなりに馴染んでいった。その成果もあり国でも認可が出て人間と動物の共有共存性が更に高まった。

当院は夜行性の動物の中でも厳選された動物たちが揃っている特異中の特異な組織であるが、今となっては信頼されている機関なのである。


ある日のこと。三階の内科病棟のスタッフステーションでは夜間のミーティングが終わり各自待機場所で仕事を行っていた。


深夜零時を回り看護士たちは病室の巡回へ行く。ある一匹のリスの看護士が何かの音に敏感に反応して病室を開けてみると、ピピっという音楽のような音が耳に入り仕切りカーテンを覗いてみると、二十代の男性がスマートフォンでゲームをしていた。


「もう寝る時間ですよ。消してくださいね。」

「すいません、今やめますから……」


別の廊下側の病室に巡回しているのは、新人のモモンガの看護士。灯りが点いている病室を見つけて中に入ると、すぐに灯りが消えたので、お得意の目の瞳孔を開かせてレーダーの様に辺りを見回してみると、窓側のベッドのシーツが垂れ下がっているのに気づいてカーテンを開けると、中学生の少女が泣いているのを見て声をかけた。


「どうされました?」

「早く家に帰りたい。明日の手術が怖いんです」

「大丈夫ですよ。とりあえず眠る事が大事。さぁ、中に入って……何かあったらコール呼んでくださいね」


それぞれ動物たちが巡回を終えてスタッフステーションに戻ると、ハクビシンの看護士長に患者の様子を話して次の時間の巡回までに別の看護士たちに引き継ぎを行うように促した。

そこへフクロウの福祉士が翌日に手術を控えている患者の様子を伺いに来て、今のところ変わりがないと返答すると先程モモンガの看護士が見た少女の様子を話すと、なるべく安静にさせるようにと皆に声をかけた。


パソコンで管理している患者のカルテを確認してみると、少女は元々小児がんを患っていて、ここに入院する前までにはバスケット部に所属している。普段から看護士たちに退院したら試合に出たいんだと意欲を見せているという。

それだけに不安が大きくなっているので、福祉士は翌朝までは慎重にするようにと声をかけた。


深夜三時になり次の巡回が始まり看護士たちは病室へ様子を見に行った。どうやら今のところは皆寝静まっているようだったので、ひとまずステーションに戻り、少しの間看護士たちは雑談を始めた。


「うちの子がね今ネイルアートにハマっていて、どう?ってよく聞いてくるのよ。若いっていいわね。わたしもネイルしてみたいな……」

「僕は旅行に行きたいって思う。看護学校の卒業旅行以来、遠出していないからのんびりしたいな」

「たしかに色々やりたいことありますよね。私達看護士は患者や衛生面が第一ですからね。……なんて言っている私もみんなみたいに羽を伸ばしたい!」

「あはは、看護士長。本音がダダ漏れですよ」


そこへナースウェアをまとう一人の男性、そう人間の僕はその日の夜勤が変則的に廻ってきて彼らと一緒に過ごすこととなった。


「お疲れさまです」

「ああ皆元みなもとさん。小児科病棟はいかがでしたか?」

「特に変わりはないです。内科も今のところ何もなさそうですね」

「急に夜勤に廻して申し訳ない。本来は僕らと併せて人間二人体制で働くはずだったんだけど、坂上さん発熱でお休みになってしまってね」

「頼りある皆さんがいますし、人間僕一人でも大丈夫です。……そういえば翔くん。三〇五号室の岡浜翔くんは四人部屋に慣れましたか?」

「やんちゃなのは変わりませんが、夜間はぐっすり眠れています」


そこへ一本の内線が入り相手は裏口側の夜間出入り口に待機する警備室からだった。

同じ病棟に入院している一人の患者が暴れているとのことで応援要請を頼まれたので、僕と他の看護士で一階まで向かってみると、先ほど話していた翔くんが怪訝そうになりながら室内の椅子に座っていた。

警備員から聞いたところ僕らがステーション内でいる合間の隙間を見計らってエレベーターで降りて逃げ出そうとしていたらしくそれを見つけた警備員が取り押さえたという。


病棟に戻り病室に行くように促しても彼は一向に言うことを聞いてくれないので、ステーションの向かい側にある待合室で事情を聞くことにした。何を質問してもやはり口を一切開かない。そこで僕はある事を話しかけた。


「そういえば、ここ一週間ご両親が見えていないね。何かあったの?」


彼はそのひと言に反応して僕の顔を見上げ目を潤ませていた。リスの看護士はこう話していた。


「自宅に連絡したんだけど、誰も出てくれないんです。以前お見舞いに来ていただいた時、お二人ともここの待合室で言い合いをしていたんですよ」

「言い合いか……翔くん、何かあったか僕らに教えてくれないかな?」

「……もしかしたら、もう来てくれないかもしれない」


彼は何やら動揺しているようだ。


「どういうこと?」

「お父さんとお母さん、別々に暮らすって言ってた」

「翔くんはどちらと一緒になるの?」

「まだわからないんだ。二人ともいつからか仲が悪くなってしまって僕もなんて声をかけたらいいか……」

「そうだったんだね。看護士長に相談してみようか。今日はもう寝た方がいい、僕と一緒に部屋に行こう。」


翔くんはうなずいて手を繋いで病室に連れて行き、逃げ出すと周りの人たちも驚いてしまうから気をつけるようにしてほしいと伝えると素直に言うことを聞いて眠りについた。


午前八時。夜勤の僕らが日勤の人間に引き継ぎ確認を伝えた後、僕は看護士長に翔くんの件で呼び出された。


「今朝お話ししたように、ご両親の様子を見てきてほしい。皆元さん、サラさんと自宅に行ってもらってもいいかしら?」

「そうなると、残業になりますよね。」

「ええ。もちろんその分は給与に加算しますから。お願いします……。」

「看護士長、皆元さんと一緒で行くんですかぁ?」

「サラさんも皆元さんとなら心強いでしょう。あとは日勤の方に伝えておきますから。これ、翔くんの自宅の住所なので無くさないようにしてくださいね」


看護士長から渡されたメモ紙を持ち、僕はリスの看護士のサラさんと車で翔くんの家に向かった。

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