第16話【冒険者との対決】

二階の窓から飛び降りてきた愛美の足元にはフードの男が割れて散らばったガラスの上に倒れていた。


男は右頬が赤く腫れあがり前歯が一本抜けている。


完全に白目を向いているところから気絶しているのだろう。


なんとも間抜け面である。


それよりも───。


愛美の目の前に並ぶ四人の人影。


朝日が登りだして空の色にシルエットを映す四人は冒険者風の成りをしていた。


男性三人はフードを深々と被って顔を隠している。


唯一の女性も黒い布を顔に巻いて表情を隠していた。


通り魔か人攫いの成りだ。


そして、四人が四人、それぞれが武装していた。


痩せた男は皮鎧を纏い、両腰に短めな剣を下げている。


老人は木のスタッフをついているところから魔法使いに伺える。


ガッシリとした体型の大男は上半身を甲冑で固め、鋼鉄のスレッチハンマーを両手で持っていた。


そして、顔を布マスクで隠す女性は露出の高い服で、弓矢を構えている。


四人から伝わってくる殺気──。


それが物々しさを感じさせずにはいられない。


愛美は四つのシルエットに問う。


「あの~、こんな朝早くから何用でしょうか?」


俯いていた双剣の男が顔を上げた。


そのフードの奥に派手な古傷が伺える。


キラリと輝く細い眼差しには殺意が冷ややかに察しられた。


「いやね、ちょっとお前さんに興味があってな」


「興味?」


「あんた、異世界転生者なんだろう」


「そうですが」


「ならば少し俺らと遊んでもらえないか?」


「遊ぶ?」


そう愛美が返した刹那だった。


古傷の男が両腰から双剣を抜いた。


夜の庭先に鞘から刃物を抜く音が鋭利に響く。


「夜な夜な人の部屋に忍び込んで遊びたいなんて、なんてマナーがなっていない人たちなんですか。時間帯をわきまえてください」


「すまない。俺たちは育ちが悪いもんでな。礼儀ってやつには無縁でよ」


そう古傷の男が言うと大男がスレッチハンマーを構えて、黒マスクの女も弓矢を構えて弦を引いた。


魔法使いの老人もスタッフを翳して何やら呪文を呟き始める。


完全に戦闘体勢に入っていた。


それを察した愛美も静かに前に出る。


突然部屋から飛び出したために愛美は裸足だった。


だが、割れたガラス片の上を平然と素足で進む。


「分かりました。ですが、用が済んだらさっさと帰ってくださいね。こんな時間に騒いでいると近所迷惑になるかも知れませんから」


「なるほど、上等のようだな」


そう古傷の男が呟くと、唐突に家の裏口が開いてモブノ男爵が姿を見せる。


その姿は寝巻き姿で短剣を持っていた。


そして、愛美と来訪者たちの姿を見付けると引き吊った表情で怒鳴るように問う。


「ま、愛美様、これはいったいなんですか!?」


愛美はゴリラ面を笑顔に緩めると言った。


「すみません、村長さん。私のお客です。直ぐに追い返しますから室内に居てください」


「え、はあ……」


愛美の笑顔を見たモブノ男爵は戸惑いながらも扉を閉めた。


そして、扉の鍵を掛けると隣の窓の隙間から様子を伺う。


その隣には夫人と息子も並んで観ていた。


「さて──」


首を左右に振って間接をゴキゴキと鳴らす愛美が述べる。


「容赦はしませんよ」


古傷の男も口角を吊り上げながら返す。


「当然。こちらもそのつもりだ」


刹那。


黒マスクの女が矢を放った。


初弾の矢が愛美の心臓を狙う。


だが───。


「ふっ!」


愛美が瞬時に体を力ませて直撃する矢を弾き返す。


大胸筋の真ん中を捉えた矢が筋肉に弾かれた。


「ば、馬鹿な!!」


叫んだのは初弾を放った黒マスクの女だった。


その女に向かって愛美がダッシュで迫る。


凄い圧迫感だった。


ただ巨漢の愛美が迫ってくるだけで圧迫感を遥かに越えた恐怖心を女は感じる。


だが、ビビっているばかりでもなかった。


次の矢を矢筒から引き抜くと弓に装填して弦を引く。


しかし、猛ダッシュの愛美が眼前まで迫っていた。


それでも女が矢を放つ。


放つ───。


放ったはずだった。


矢を放つための弦から指を放していたが、何故か矢が飛んで行かずに矢元に残っているのだ。


「ええっ!!」


仰天する黒マスク女。


その眼前で片手を伸ばす愛美が弓に残る矢の矢尻を摘まむように押さえていた。


その握力で矢が発射されずに止まってしまっていたのだ。


「今度はこっちの番ね」


黒マスクの前でゴリラがそう述べた。


そして、矢尻を摘まぬ反対の腕が頭の高さまで振り上げられていた。


殴られる!


そう黒マスクの女が思った刹那に愛美の手刀が女の脳天に落とされた。


ゴンッ。


脳天唐竹割りチョップ。


「ぐほっ!」


脳天から真っ直ぐに伝わる衝撃が女の首を縮めて細い胴体の中を走ると足の裏から抜けていく。


その貫通する衝撃に後に女の意識がどこかに飛んでいった。


黒マスクの女は千鳥足で数歩だけふらつくと両膝から崩れて座ったまま気絶してしまう。


「うぉぉおおお!!」


愛美が崩れた女を見下ろしていると、いつの間にか大男がスレッチハンマーを振りかぶりながら愛美の背後に走り寄っていた。


そして、愛美が振り返ると同時に大男がスレッチハンマーで頭を強打する。


「おらっ!」


ゴーーンッ!


大男が大金槌で彼女の頭部を横殴ったのだが、愛美はふらつきもしないで笑顔を返す。


にこ~~。


ゴリラの満面な笑み。


「へ、平気なのか……」


「じゃあ、今度はこっちの番ね」


ゾワゾワっと大男の背筋に悪寒が走った。


刹那、愛美の片腕が大男の股ぐらに滑り込む。


反対の腕は大男の首筋に回されていた。


そこから巨漢が持ち上げられる。


「よいしょっと」


「ひぃぃいい!!」


愛美が甲冑を纏った大男を簡単に持ち上げたのだ。


上半身だけの甲冑とはいえ20キロはあるだろう。


更に大男の体重を入れれば150キロには近い総重量はあったはずだ。


それを愛美は軽々と持ち上げたのである。


そして、空中で180度回転。


気付けは大男の頭が下を向き足が天を向いていた。


更に大男の上半身がリフトアップされる。


愛美に抱えられた大男は空中で腹這いになるように持ち上げられていた。


そこから巨漢が投げ落とされる。


フルスイングのボディースラム。


「えいっ!」


ガシャーーーンっと鉄が弾ける騒音と共に羽上がる大男の身体。


ワンバウンドした巨漢が海老反りながら地面に倒れ込む。


その下の地面が大の字にへこんでいた。


大男は口をパクパクさせながら片手で背中を押さえている。


その表情は目蓋を見開き口を全開まで開けていた。


だが、声は僅かにも出ない。


何も叫べない。


ただただ痙攣するばかりだった。


苦痛に歪む大男の表情からしてしばらくは動けないだろう。


まあ、立ち上がれるまで数時間は休まないとならないだろうと予想された。


もしかしたら背骨が折れて二度と立ち上がれないかも知れない。


「残り二人」


倒れる大男を見下ろしていた愛美が頭を上げると老人と目があった。


老人は鋭い眼光を光らせると完成した魔法を撃ち放つ。


「食らえ、ファイアーウェーブ!!」


魔法使いが翳したスタッフの先から火炎が渦巻いた。


唸る火炎の津波が愛美に迫る。


だが、愛美は太い両腕で顔面だけを守ると火炎の並みに突っ込んで行く。


「なんのこれしき!」


「ば、馬鹿な!」


突破。


火炎の津波を突き破って飛び出してくる筋肉巨漢。


その身体には微塵の火傷も無かった。


無傷で焦げの一つもない。


長い髪すら燃えていない。


そして、筋肉巨漢が迫るなか魔法使いは魔道の眼力でゴリラボディーを見て納得していた。


「あの筋肉、アンチマジックが施されている……。しかも、高レベルの……」


それは有り得ないレベルの魔法防御力だった。


この世でなかなか見られるレベルではない。


あれでは一切の攻撃魔法は無効化されてしまうことだろう。


それで格の違いを知る。


「こりゃあ、勝てんわ……」


そう魔法使いが思った刹那に愛美の蹴り足が飛んできた。


片足を高く振り上げてから放たれる蟹股の蹴り技。


迫る裸足の踵。


893キックだ。


「ふごっ!」


振り上げられた踵が老人の顔面を容赦なく蹴り飛ばす。


愛美の踵が老人の顔面中央を蹴飛ばした刹那に愛美は体を捻って蹴り技を振り切った。


「ぐはっ!!」


顔面の中央を蹴られた老人が鼻血を散らしながら薙ぎ倒された。


更に老人の前歯が数本宙を舞ってからバラバラと地面に落ちる。


そして、後頭部が地面に激突した老人の下半身が羽上がるとお尻が天を向く。


そのままの体勢で老人は動かなくなった。


気絶したのだろう。


もしかしたら死んだのかも知れない。


「さて──」


振り返った愛美が笑顔で古傷の男を見た。


古傷の男は双剣を構えていたが、完全に腰が引けている。


しかも体が恐怖から震えていた。


瞬殺に次ぐ瞬殺。


仲間たちが一撃で伸されていく光景。


完全に戦力の差を思いしらされて絶望感に怯えているのだろう。


もう一人では勝てないと知る。


その瞳からは闘争心が消え去っているのが分かるぐらいだ。


それを察した愛美が拳を下げた。


笑顔で述べる愛美。


「まだ、やりますか?」


「ぃ、ゃ………」


古傷の男は掠れた小声を漏らすだけである。


絶望がすべての気力を奪っていた。


もう返事にもなっていない。


「もう降参するならあなたは見逃します。その代わり、このお仲間さんたちを連れ帰ってもらえませんか。ここに残されても迷惑ですから」


「み、見逃してくれるのか……」


「はい」


そう答えた愛美の背後から朝日が眩しく昇ってくる。


それはまるで神々しい光に伺えた。


まるで愛美の姿が朝日を浴びて獣神のように写る。





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