第7話【ゴリラ乙女と黒髪の美少年】

愛美が転生してから二日目の晩である。


愛美はモブギャラコフ男爵の家で晩御飯を頂いていた。


食卓に並ぶ人物は村長のモブギャラコフとその奥さんにその息子さんである。


奥さんの名前はモーブ・ヨーナ・モブギャラコフ。


村長よりは10歳ぐらい若そうな感じである。


まだ30代ぐらいだろう。


息子さんはモブリス・ヨーナ・モブギャラコフ。


まだ10代の子供だ。


普段から美味しいものをたらふく食べているのかモッチリしている。


少年は昼間の身体調査中に別の子供立ちと一緒に覗き見ていた外野の一人である。


そのせいか完全に愛美にたいしては怯えきっていた。


まるで愛美をモンスターでも見るような視線で見ている。


その視線が愛美にはいたたまれない。


故に食卓には静かな空気がどんよりと流れていた。


犇々と怯えのようなものが伝わってくるのだ。


しかも、食事が美味しくない。


それが愛美には不満だった。


この世界の食べ物は味が薄い。


この世界では塩や胡椒などの調味料は高価で貴重品らしいのだ。


だから料理も素材の味を活かした素朴な味の料理が多いらしい。


今食べている料理もそれである。


それでも背に腹は代えられない。


この筋肉ボディーを維持するためには食事は不可欠だ。


食べなくては空腹に襲われて切ないのである。


なので愛美は味の薄さには妥協して夕飯を口の中に無理矢理にも捩じ込んで食べていた。


しかし、愛美の表情から不満が漏れる。


その不満を溢す表情が村長一家には恐ろしく見えて恐怖を誘っていた。


不機嫌なゴリラと囲む食卓。


それはかなり怖いだろう。


その空気を読んでか奥さんのモーブ夫人が場を和ませようと明るく話を振る。


「愛美さん、今村の奥さんたちであなたの服を編んでいますは、その服では少し小さいでしょう。明日の昼ごろにはとりあえず一着は服が完成しますわよ」


「ウホ、それは助かります。この服、少し小さくって胸元のボタンが閉められないのですよ」


故に愛美の胸元はだいぶ開いていた。


そこから胸の割れ目が露出しているのだが、それは胸の谷間と言うよりも大胸筋の逞しい割れ目である。


女性なのにセクシーには見えなかった。


大胸筋が厚すぎてオッパイが無いように見えるのだ。


それに肩の部分がトレーニング中に少し破けてしまっている。


パンプアップした筋肉で破けたのだ。


「ご馳走さま。少し足らないな……」


すべての食事を食べ終わった愛美が御馳走様と言いながら両手を崇めるように合わせる。


その様子をモブギャラコフ一家が珍しそうに見ていた。


おそらくこの世界には無い風習だったのだろう。


モブノ男爵が不思議そうに問うた。


「愛美殿、それは?」


「ああ、これは気にしないでください。私の国の風習です。宗教的なものだと思ってください」


「はあ……」


愛美は席を立つと食器を重ねて運ぼうとする。


「お皿は台所に片付けて置きますね」


するとモーブ夫人が慌てた。


「それは私が。お客様にそんなことはさせられませんわ!」


「そ、そうですか……」


まあ、ここは甘えておこうと愛美は思う。


モーブ夫人の顔を立てる。


「あの~、お風呂に入りたいのですが、宜しいでしょうか?」


「「「お風呂?」」」


家族三人が揃って首を傾げた。


「あの、もしかして今日は沸かしていませんか?」


モブノ男爵が言う。


「家にお風呂なんてものはありませんよ……」


「ええ!!」


お風呂がない。


そもそも洋風文化の異世界だ。


考えてみれはお風呂が無くても当然だろう。


しかもここは水道も無さそうだ。


飲み水は水瓶に溜めた雨水を使っているっぽいし、そうなると当然ながらシャワーがあるとも思えない。


「あの~、汗を流したいのですが。代わりはありませんか?」


昼間の身体測定で汗をかいたから体がベタベタなのだ。気持ち悪い。


出来れば汗をお風呂で流したいところだが無いのならば仕方がない。


ならばと代わりの物が無いかと訊いてみる。


「村外れの川で水浴びをするか、お湯を沸かしてタオルで拭くか、ぐらいでしょうかね」


今は夏の季節で暑いぐらいだ。


夜なのに涼しくもならない。


こんな時間にお湯を沸かしてもらうのも大変だと思い愛美は川での水浴びを選ぶ。


川の場所は魔法使いの塔から来るさいに見つけていた。


石造りの可愛らしい橋があり、その下の小川で奥様たちが洗濯をしているところを見たのだ。


あそこならば水浴びも出来るだろう。


愛美はタオルとランタンを借りると家を出た。


外は夜で暗い。


しかし、三つの月が輝いていて明るいと思えた。


おそらく前世の世界より夜空の月二つ分だけ明るい夜かも知れない。


「ウホウホ、ウホホ~、ウホッホホホ~」


愛美は夜の村の中を鼻歌交じりで歩いていた。


スキップで昼間見た川を目指す。


村は静かで誰にもすれ違わなかった。


おそらく夜は物騒なのだろう。


女性どころか男性すら出歩かないのが常識なのかも知れない。


「ここね」


小さな川にたどり着いた愛美は川の中を覗き込む。


流れる水は透明で綺麗だった。


透き通っていて50センチぐらい下の川底がハッキリと見える。


「自然は豊かなのね。流石はファンタジア。ウホッ」


そして、水面を覗き込んでいると、月明かりに反射した水面に愛美の顔が写り混んだ。


「うっ……」


それはゴリラ面。


深い掘りに窪んだ眼。


潰れて広い鼻。


尖った口もに太い唇。


骨格全体が凄く野性的だ。


どこから見てもマウンテンメスゴリラ。


自分で言うのもなんだが、ハッキリと怖いぐらいだ。


これが自分の顔だと再確認する。


乙女には過酷な現実だった。


ましてや前世の愛美はアイドル女子レスラーと呼ばれるほどに美少女である。


小学校も中学生も高校も可愛いとチヤホヤされてきた。


それが、ここに来てこれだ……。


何度も言うが、過酷な現実である。


でも、強さを得られるならば、他は何も要らないと望んだのは愛美本人なのだ。


これは自分が望んだ結果である。


それは理解できていた。


だが、真剣に考えれば誠に過酷である。


これでは女性としての幸せを掴み取るのは難しいだろう。


今は与えられた筋肉に戯れていれは楽しいだろうが、それに飽きて女性としての幸せを望むようになったら深刻である。


彼女だって乙女だ。


将来的には結婚がしたい。


愛し合った人との間に子供も欲しい。


暖かい家庭が夢の一つでもある。


前世では女子レスラーを引退したら直ぐにでも結婚したいと考えていた。


もちろん相手が居ればの話だが。


なので転生しても結婚願望が消えたわけでもない。


なのに、これだ───。


まずは鉱山の権利を獲得する決闘に勝つ。


それが第一目標だろう。


だが、決闘に決着が付いたら、次の目標は顔である。


顔だけでも元の顔に戻してもらう。


それが第二の目標である。


愛美は強く誓う。


元の顔を取り戻すんたと───。


「よし、水浴びしちゃおっと」


それから愛美は周囲に誰も居ないかを確認してから服を脱いだ。


誰も見ていないとはいえ、流石に野外で服を脱いで全裸になるのは恥ずかしかった。


何せこれでも中身は乙女なのだから。


「水がちょっと冷たいな」


艶やかな筋肉の塊が月明かりに浴びて芸実作品の石像のように輝いている。


水浴びする姿は、乙女の全裸なのだが、別の意味で美しかった。


しかし、やはり性欲は微塵もそそられないだろう。


これは間違いなく異性にはモテないビジュアルだ。


いや、オスゴリラにはモテるのかも知れない。


そして、愛美が裸で川に入って水浴びをしていると背後から声を掛けられた。


「よう、あんた。こんな夜更けに一人で水浴びか?」


綺麗な少年の声。


愛美が咄嗟に振り返ると石造りの橋の上に一人の少年が居たのである。


橋の手摺に腰かける少年は美しい。


漆黒の瞳と漆黒の髪が月光を浴びて輝いていた。


愛美は一瞬その美しさに目を奪われ固まってしまったが、自分が裸なのを思い出すと悲鳴を上げる。


「きゃぁぁああ!!!」


「ええっ!!!」


仰天する愛美。


その悲鳴に黒髪の美少年も驚いていた。


「なに女みたいな悲鳴を上げているんだ、このゴリラ野郎は!?」


だが、裸体を捩って胸や股間を隠そうとする愛美を見て黒髪の少年が悟って呟いた。


「もしかして……」


漆黒の瞳を凝らして愛美を凝視する美少年が驚愕に震えながら言う。


「こ、こいつ女だ……。しかも、魂の形からして、かなりの乙女かよ!?」


そう黒髪の少年が述べた刹那だった。


川底からバレーボールサイズの岩を掬い上げた愛美が片手でその岩を少年に投げ付ける。


「変態、覗き魔、痴漢ッ!!」


「なにっ!!」


愛美が片手で投げた岩が黒髪の少年に命中する。


そして、胸元で岩を受け止めた黒髪の少年は岩の衝撃と重さで後ろに倒れてしまう。


そのまま手摺の陰に落ちてしまった。


「はっ! これはやり過ぎたわ!」


その危険な光景で我に戻った愛美がタオルで胸や股間を隠して川から上がると橋の上を目指す。


まさか今の一撃で少年が怪我をしなかったかと心配しながら。


「あれ……」


だが、橋の上に倒れ込んだはずの少年は居なかった。


愛美が投げつけた岩だけを残して姿が消えている。


「消えた……」


その後も愛美が周囲を見回したが少年の姿は見当たらなかった。


それっきり黒髪の少年は、その晩一度も姿を現さなかった。


「あの子、誰だったのかしら……。ちょっとタイプかも……」


黒髪の美少年は、愛美のドストライクだったようだ。






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