第1話【呪いの転生】

ジャングルのような森の中央に聳えている大樹の幹に大きなログハウスが建てられていた。


そのツリーハウスの窓から黒雲が広がる夜空を眺めるは一人の魔女。


黒く美しい長髪が突風に靡いていたが、彼女はそれを気にも止めていない様子だった。


窓際に置かれた揺り椅子に腰かける魔女はスリットが際どいドレスから覗かせた美脚を可憐に組み重ねながらワイングラスで葡萄酒を煽っている。


そして、睫毛が長い眼を細めながら呟いた。


「あらあら、また異世界転生者が召喚されるのかしら」


そう述べると魔女は赤いルージュが鮮やかな唇で葡萄酒を一口飲んだ。


そして、葡萄酒を口の中で丹念に転がした魔女が美乳を抱えながら不満げに述べる。


「あら、このワイン、あまり美味しくないわ。別のはないの」


魔女の我儘に答えるは室内の奥に控えていた少年だった。


「もうちょっと値段が高い酒ならあるぞ」


ワインボトルを持つ少年は、小柄で黒髪の美少年。


まだ12歳ぐらいだろうか、瞳も黒色なのだが肌の色は白くて美しい。


一見華奢にも見える彼は堂々たる美少年だったが、口調に野郎臭い荒々しさが見て取れた。


その印象はがさつとも思える。


「じゃあ、そのワインを頂戴な」


「ああ──」


少年はワインボトルを片手で持ったまま親指だけで器用にコルクを抜くと魔女のグラスに葡萄酒を注いだ。


「あまり飲み過ぎるなよ。また二日酔いになるぞ」


「その時には解放して頂戴な。そのために作ったんだから」


「へいへい……」


黒髪の少年は、呆れながらそっぽを向いた。


それでも魔女は怪しく微笑んでいる。


荒れ狂う夜空を眺めながら。




同時刻、別の森の外れ──。




床一面に光輝く魔法陣の上に胡座で鎮座する老人は、胸元まで垂れ下がった長い白髭の前で、力強く絡み合う両手の指で複雑な印を組んでいた。


そして、長髭に隠れた口許からは怪しげな呪文が長々と呟くように続いている。


空は黒々と曇り、時折稲妻が目映く走っていた。


魔法の儀式中。


嵐の夜だ。


場所は魔法使いが呪い屋を営んでいる塔の屋上。


胡座をかいて呪文の詠唱に集中する魔法使いの前には、今回の依頼人である中年男爵が立っていた。


普段は調えられているはずの髪が嵐で激しく乱れている。


男の名前はモブノ・ヨーナ・モブギャラコフ。


七三ヘアーでチョビヒゲ。


王国に支える貧乏男爵で小さな村の管理を任されている小わっぱ役人だ。


その小わっぱ役人が、何故に呪い屋の塔に居るかと言えば、理由は複雑であった。


モブギャラコフは隣村を管理している男爵のゲドジャッド・ワリーノ・ゴクアクスキーと仲が悪かった。


お互い40歳になる中年だが、幼いころからの知人で、時にはライバルだったころもある。


学生時代は成績で競い合い、大人になってからは商売に関して競い合い、女性との仲でも競い合ったこともある。


モブギャラコフとゴクアクスキーは生涯のライバルと言えよう存在だったのだ。


とにかく、二人は仲が悪い。


そんな男爵二人が再び揉めた。


揉めた理由は微妙で複雑な理由からだった。


微妙であるが村としては重要な理由である。


それは───。


二つの村の境界線に大きな山がある。


なんの価値もない荒れ地の岩山だ。


その山の頂上を境目に、二つの村の土地の権利が分けられていた。


その山は荒れた岩山で、ほとんど木々も生えていない荒れ地のような土地だったのだ。


だから住む者も居らず、土地の権利を主張する者も居らず、今まで何十年も放置されていた。


無価値に近い山だったのだ。


だが、今年に入ってすぐのことである。


唐突に話が急変した。


とある旅人が道を間違え、その山に迷い込んだのだ。


しかも、その旅人は山の中腹に洞窟を見付ける。


その洞窟は、各村の住人ですら存在を知らなかった洞窟だったのだ。


しかも、迷い込んだ旅人が、その洞窟から金鉱石を持ち帰ったから大変である。


まさかの金山の発見であった。


しかも、鉱山が見付かった洞窟は、二つの村の境界線を跨ぐように口を開けていたのだ。


当然ながら二つの村が洞窟の権利は我々にあると主張した。


村の管理を任せられている村長の二人も黙っていられない。


自分が管理している土地から金が採掘されるとあっては棚からぼた餅だ。


金鉱山がある村と、そうじゃない村とでは価値が雲泥の差である。


金鉱山があれば男爵以上の爵位が王国から買えるからである。


こうして二つの村は洞窟の権利を巡って争いを始めるのであった。


だが、モブギャラコフもゴクアクスキーも貧乏男爵なのは同じ。


故にスケールの小さな争いしか出来ない。


村に駐在する兵士も持っていないし、傭兵を雇う資金も無い。


争うって言っても小競り合い程度が長々と続いていた。


その小競り合いがまた貧乏臭い。


近隣の町に嘘の噂を流したり、わざわざ隣村の家の前にウ○コを投げ付けたりと嫌がらせ程度なのだ。


そんな日々がダラダラと続く。


その状況を見かねたのは、早く金鉱の採掘を始めたかった伯爵のレフ・リーノ・ジャッジ氏だった。


彼的には、どちらの村が金鉱山を管理するかなんぞ、どうでもいいのだ。


とにかく金を掘って王家に献上したかったのである。


それがジャッジ伯爵の功績になるからだ。


故にジャッジ伯爵が揉める二人の男爵の間に入る。


そして、話し合いが始まった。


しかしながら話し合いは何時までたっても平行線。


お互いが洞窟の権利を主張するだけで何も進まない。


まるで子供の口喧嘩のような低レベルな話し合いが続いていたのだ。


そこで痺れを切らしたジャッジ伯爵がハッキリと白黒付くように提案する。


ジャッジ伯爵曰く───。


「互いの村から腕自慢の若者を一人選抜して、戦いで勝敗を決めよう。勝負に勝ったほうが金鉱の権利を得るってのでどうだろうか?」


二人の男爵は、その提案を飲んだのである。


そして今、モブギャラコフは魔法使いの塔に居るのであった。


何故にモブギャラコフが魔法使いの塔に居るかと言えば、呪い屋の魔法使いに報酬を払い、ゴクアクスキーを呪い殺してもらうためであった。


モブギャラコフは、最初っからジャッジ伯爵の提案なんぞに従う気なんぞなかったのである。


簡単に言えば、若者同士が戦う前にゴクアクスキーが死んでしまえば勝ちであると考えたのだ。


その結果が魔法使いに呪い殺してもらうだった。


「くっくっくっ。これで長年の腐れ縁も断ち切れるぞ」


嵐のような天候の中で、モブギャラコフは本心を露に怪しく微笑んでいた。


今回の呪い代を払うために彼は家の中の家具まで売りに出してお金を作ったのだ。


これもすべて金鉱のためである。


金鉱の権利を獲得出来れば、家具なんぞ幾らでも買い戻せる。


それどころか豪華な家具にランクアップして揃えられる。


だから、何があっても、何をしてでも、金鉱の権利は勝ち取らなければならないのである。


そして、魔法を唱える魔法使いの呪文もクライマックスだ。


黒雲から走る稲妻も更に激しくなり、吹き荒れる突風も更に強くなっていた。


「そ、そろそろか」


モブギャラコフが呟いた刹那であった。


黒雲から雷が男爵の前に落ちる。


「くあっ!!」


その目映さと衝撃に男爵が吹き飛ばされた。


「あ、危ない。私に雷が直撃する寸前だったぞ!」


男爵の衣類からは、少し煤けた臭いが漂っていた。


しかし、怪我も火傷もない様子。


自分の安否を確認したモブギャラコフが顔を上げる。


すると鎮座する魔法使いの前に人が片膝を着くようにしゃがみ込んでいた。


男爵のほうに背を向けているから顔は見えない。


性別は男のようだが黒髪で長髪。


しかも全裸。


布切れ一枚纏っていない。


しかし、その背中は筋肉質で分厚い。


まるで大理石の彫刻のような僧帽筋と広背筋。


更に肩の筋肉は頭のサイズより大きい。


まるで頭が三個並んでいるようだ。


そして、背面から見る上半身は逆三角形を超えた二等辺三角形の胴体で、腰が括れるほどに引き締まって細い。


なのにお尻も筋肉でガッチガチである。


魔法使いが掠れた声で言う。


「これがゴクアクスキー氏の災いだ。呪いの結晶ぞ」


その言葉に合わせてしゃがみ込んでいた筋肉男が立ち上がった。


その後ろ姿は凛々しい。


腕も足も筋肉で引き締まり太くて脂肪は少ない。


しかも長身。


おそらく1.9メートルは有りそうだ。


まるで武神のような佇まい。


まさに戦うためだけに鍛え上げられた戦闘用のボディーなのは明白。


後ろ姿だけでそれが理解できた。


「ここは、どこ?」


若い青年の声。


武人だと分かる口調。


その声色に威嚇的な闘志が聞き取れる。


モブギャラコフとて男爵の端くれ、少しは剣技を学んだことはある。


だから、察しられた。


これは武神の降臨だと───。


武神が呪いと代わってゴクアクスキーを殺してくれるのだと───。


これはこれで有りである。


「勝った!」


モブギャラコフは強く拳を握り締めて勝ちを確信した。


天はこの武神を使って若者同士の戦いに勝利しろと言っているのだろう。間違いない。


「勝ったぞ。これて鉱山の権利は我が村の物だ!!」


「鉱山?」


モブギャラコフの言葉に男が振り返る。


「ッ!!??」


その振り返った男の顔を見てモブギャラコフが固まった。


沸き上がった驚きの言葉が硬直した喉の奥で詰まってしまう。


衝撃過ぎたのだ。


だが、言葉を絞り出す。


「ゴ、ゴリラ……」


「ウホ?」


そう、男の顔はゴリラと瓜二つだったのだ。


筋肉美の身体とは裏腹に、顔だけが野性的なままに古代へと退化している。


それは衝撃的に───。


その証拠に、男を魔法で呼び出した魔法使いもゴリラ顔を見て鼻水を垂らしているぐらいだった。


そして、周囲をキョロキョロと確認しながらゴリラはウホウホと言っている。


「ウホウホ?」


モブギャラコフは疑問に思った。


「こ、これが本当に災いの呪いなのか……?」


モブギャラコフが呆然と筋肉質な全裸を眺めていると、その視線にゴリラ面が気付いて慌てる。


「きゃん、なんで私は裸なの!?」


咄嗟に背を丸めて股間と胸を隠すゴリラ男。


その仕草が女性的で可愛らしい。


「「えっ??」」


男爵と魔法使いの頭に?マークが浮かび上がった。


「なに、この乙女な反応……?」


「オ、オカマかのぉ……?」


するとゴリラが赤面しながら叫ぶ。


「ちょっと、女の子の裸を見ないでよ。なんで私、裸なのよ~!?」


「「女の子……??」」


男爵は先程までの記憶を辿る。


マッチョが振り返った瞬間───。


筋肉質な胸は厚い。


しかし、その筋肉質なボディーには、男なら見慣れた物がハッキリと欠落していた。


それは、股間の膨らみ。


一物を見た記憶がない。


次の刹那、男爵と魔法使いが新たなる衝撃に声を揃えて叫んでいた。


「「こいつ、女だぁぁあああ!!!」」





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by、ヒィッツカラルド




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