第29話 目の前のわたくし




「ここ、どこぉ? お父様、お母様ぁ……ひっく、ひっく」


 わたくしは誰かの泣き声ではっと目を覚ました。


 目を覚ましたと言っても、わたくしは立っていた。


 目の前にはベッドから上体を起こして泣いている銀髪の女性がいた。女性……いや、これわたくしですわね?!


 え? え? どういうこと?


 わたくしは突然の事態に混乱した。


 わたくしは、わたくしに声をかけようと手を伸ばしたが、そこで自分の手が透けていることに気づいた。


 ああ!! なんか前にもこんな体験しなかったかしら??!


 わたくしは慌てて周りを見渡した。


 広くて見覚えのない部屋だった。どこかの屋敷の客室だろうか?


 わたくしの目の前には大きな窓と、随分と派手なキングサイズのベッドが部屋の主のように置いてあった。


 大きな窓には上質そうではあるが派手な柄のカーテンが掛かっている。窓とベッドの間には、ピカピカに磨かれたテーブルとふかふかの椅子が置いてあった。


 天井にはキラキラと輝くシャンデリアまでついている。


 その他の装飾品も高そうなものばかりで、なぜわたくしは、こんなところにいるのかわからなかった。


「お家に帰りたい……お母様ぁ……」


 ベッドの上で泣いている自分自身にも違和感を感じていた。


 目の前にいるわたくしは、黄色の色っぽいドレスを身にまとった大人の女性だった。なのに、言動や仕草が幼すぎる気がする。


 ん? 黄色のドレス? なにか見覚えが――。


 ああ!!! このドレスはあの時のドレスだわ! 婚約破棄された時のドレス!!!


 わたくしはさらに混乱した。あの時から1ヶ月以上は経っているはずだが、わたくしはずっとこのドレスで眠っていたのだろうか?


 いやいや、眠っていても着替えぐらいはしてくれるはず。どうなっているの?


 そもそも、目の前にいるわたくしは誰なの?


 わたくしはここにいるのに、目の前にいるわたくしも自分の意志を持って動いている。なんなのだろう、これは。目の前にいるわたくしは一体誰なの?!


 怖くなったわたくしは、その場から動けなくなってしまった。


 呆然とその場に立ち尽くしていると、ドアの向こうが騒がしくなり、ドアが突然開いた。


「リシュア!!!」


 わたくしの名前を呼びながら慌てた様子で入ってきたのは、なんと大人姿のランティス様だった。


 走ってきたのだろうか。息が上がっている。


 ランティス様の金髪は少し乱れていた。服装も随分とシンプルなシャツとズボン姿なのに、顔にはパーティー用の化粧がしてあり、ちぐはぐな印象を受けた。


 ランティス様はベッドサイドに駆け寄ると、ベッドの方のわたくしの両手を大事そうに包んだ。


 わたくしの手を包んだランティス様の指には、この前見せてもらった変装の指輪がキラッと輝いている。


「リシュア! 目を覚ましたんだね! どうして泣いているの? どこか痛いのかい?」


 目の前のランティス様は、ベッド上のわたくしを慈しむように見つめていた。


 優しく気遣う言葉と、大切にされていると感じる態度。


 14歳のランティス様がわたくしに対してしてくれた、心がくすぐったくなる接し方を、わたくしじゃないわたくしにしている。


 心がモヤモヤした。


 そしてなぜか、腹が立ってきた。


 わたくしは、ランティス様の視界に入るだろうという角度で、踊ったり手を振ったり飛んでみたりした。


 しかし、ランティス様とは一向に目が合わなかった。


 どうしてかしら? イライラするわ。


『ランティス様!!』


 わたくしは大声でランティス様に呼びかけてみたが、反応は返ってこない。


『ランティス様!! ラン様!! ラン!!!』


 いくら呼びかけても、ランティス様はベッドの上のわたくししか見なかった。


 それはそうだろう。だって今のわたくしは幽霊みたいなものだもの。わかっている。わかっているのに。


 どうしてこんなに許せないんだろう。


 わたくしはなぜ今、ここにいるのだろう?


 14歳のランティス様はどうなったの? わたくしは何をしにここにきたの?


 わたくしが泣きそうになっていると、ベッドの上のわたくしが口を開いた。


「……あなたはだぁれ?」

「……え?」


 ベッドの上のわたくしは首をかしげて、ランティス様に尋ねていた。ランティス様はそのわたくしの反応に顔を青ざめさせる。


「もしかして、階段から落ちたショックで記憶が……?!」


 ランティス様が慌てている。


「な、名前はわかるかい?! 自分の名前は」

はリシュア・ロンメル。あなたはだぁれ?」

「……そ、そんな」

 

 ランティス様は困惑していたが、わたくしは驚いていた。


 ベッドにいるわたくしの中にいる人って、もしかして。


 わたくしはふと、先程のお母様の言葉を思い出していた。


 ――ねぇねぇ、リシュ。気になっていることがあるのだけど、貴女、自分のことを『わたし』から『わたくし』に変えたでしょう? 何か理由があるのかしら?――


 もしかして目の前にいるわたくしは12歳のわたくしなの!?




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