第10話 修行の日々は瞬く間に②

 長い冬が終わって雪が溶け、草木が芽吹く。夏の訪れを喜ぶかのように木々の葉は青々と茂り、降り注ぐ日の光を浴びて輝く――そんなサイクルを、フィンとクリシアが出逢ってから二度繰り返された。


 溶けることを知らない雪のような白髪を夏の陽光に燦然と輝かせるクリシアは、今日もいつも通り家の用事を済ませたあとに、山で修行を行っていた。

 フィンと初めてあった頃と比べて背が一回り伸び、顔も未だ幼い面影が薄っすらと残っているものの、女性としての美しさを感じさせるようになっていた。それもそのはずで、クリシアはこの間の冬で十五歳。国の定める方ではもう結婚すらできる年齢になったのだから。


『――よし、シア。あの木を的にして、状態変化を加えた魔法の確認をしてみよう』


「はい、師匠っ!」


 クリシアはフィンに示された一本の木から少し距離を取って立つ。そして、その幹を両の瞳でしっかりと見据えて右手を突き出すように構えた。精神と呼吸を整え――――


「《ウォーター・ショット》!」


 右手の前に拳大の水球が生成され、勢いよく放たれる。そのまま幹に直撃して激しく木を揺らした。木の葉がひらひらと落ちる。そして、今度はクリシアが突き出していた右手を頭上に掲げる。


「《アイシクル・ピアス》」


 クリシアの身体を中心として、周囲に小さな水球が生成された途端、それらが一気に凝固し始め先端が鋭利に尖った氷と化す。そして、クリシアが手を振り下ろすのを合図に、宙に留まっていた氷が放たれ、木の幹へ狙い違わず突き刺さっていった。

 最後に、クリシアが両手を前方へ突き出す。すると、先程の《ウォーター・ショット》より一回り大きな水球が生成され、その中心からブクブクと気泡が激しく溢れ出てくる。


「《スチーム――」


 水球の沸騰が最高潮に達し、


「――バースト》ッ!!」


 バァァアアアン、と轟く大音響が大気を震わせた。


 生み出された水球が爆発的な勢いで体積を増加させて高温の気体と化し、指向性を持って前方へ噴射された。高温気体の砲弾と表現しても差し支えないその衝撃で、人が両腕で抱えきれない程の木の幹が粉砕された。折れた木は地面に呆気なく倒れ、無残にささくれ立った切り株が残っていた。


 そして、このように水の状態変化を操作することで魔法攻撃のレパートリーを増やすというのが、かつてフィンに戦い方の指摘をされてクリシアが出した答えだった。

 ただ、答えが出たからといってすぐにそれを実践出来るほど現実甘くはなく、クリシアが完璧に水の状態変化をコントロールできるようになったのはつい最近だ。


「どうですか、師匠?」


 技の出来栄えについてクリシアがフィンに感想を求める。フィンはクリシアの精神世界で二回ほど首を縦に振った。その表情は凄く満足そうなものだ。


『流石シアだな。想像以上に良かった。これなら比較的手強い魔物を相手にしても問題ないはずだ』


「えへへ。師匠の弟子ですからね。これくらい当然ですっ!」


 フィンに褒められるのはクリシアにとって最高のご褒美だ。クリシアが照れながらも嬉しさを隠しきれていない笑みを浮かべる。しかし、フィンはクリシアの師匠として、褒めてばかりでは成長させることが出来ないことがわかっている。反省点を見付けて、それを改善することによって人は成長し、更なる高みへ足を踏み出すことが出来るのだ。


『けどシア、まだまだお前は体術や剣の扱いが拙い。純粋な魔法師を目指すなら魔法技術だけを極めればいいが――』


 ――もちろんわかってますよ師匠、とクリシアはフィンがその先に続けるつもりだった話を代わるように自分の口から言う。


「単純な魔法技術のみの戦闘になったとき、私はどうしても才能のある魔法師に勝てない。だから、それ以外の部分で才能による相手との力量差を埋めなければならない。ですよね?」


『ああ、そうだ』


 フィンは頷く。

 確かにクリシアはフィンの指導の下、メキメキと実力を身に付けていっている。初めは自分で水滴一つ生成することさえ出来なかったのに、今では水の状態変化をコントロールするまでに至った。物覚えが良く成長速度としてはフィンの想像以上だった。


 しかし、魔法に限った話ではなく、努力ではどうしても越えられない壁というものが存在する。才能と言う名の壁が。


 どんな凡人でも努力すれば才能を越えられる。努力は期待を裏切らない――と、そんなありきたりな台詞がこの世には存在する。誰もが一度は聞いたことのあるものだろう。しかし、これらは綺麗ごとだ。頭の中がお花畑だ。


 才能のある者が努力をしないとでも? そんなわけはない。

 努力した凡人と努力した天才。どちらが勝つかと問われれば考えるまでもなく後者だ。


 この世は不平等で、残酷だ。そんな理不尽を、フィンは前世で身を持って体験している。どれだけ剣を極めても、努力と研鑽を積んできた才能溢れる魔法師が放つ圧倒的な暴力とも言える魔法の前では屈するしかなかった。最後に魔王の心臓へ届いた剣先ではあるが、皮肉にも自分を裏切った勇者パーティーの仲間の手助けがなければ、それも叶わなかった。


『俺は自分が磨き続けてきた剣の全てをシアに教えるつもりだ。魔王の命にさえ届いた剣の全てを。もし魔法の使えるシアが俺と同じく剣を極めたなら、それは俺を越えたことになる。そして、シアならさらにその先へだって手を伸ばせる』


「さらに、その先へ……」


 クリシアはフィンの言わんとしていることを想像してみるが、今はまだその景色が遠すぎて実感すらわかない。しかし、今自分が歩んでいる道を進んで行ったその遥か遠くに、フィンの言うものがあることは確かにわかった。


 クリシアはギュッと胸の前で拳を握り込み、大きく頷いた。


「師匠、まだ時間があります! 剣の指導を付けてください!」


 そう言ってクリシアが右手を宙に伸ばすと、瞬く間に氷が生成されて一振りの剣を形作った。その剣の柄を握ったクリシアの瞳の奥には、確かな希望の光が宿っている。

 フィンはクリシアの申し出に「よし来た!」と指をパチンと鳴らして答えた。



◇◆◇



 ――同時刻。村に派手な装飾が施された屋形を引く馬車と、それを護衛する兵士らがやって来ていた。


 返り討ちにあって以降クリシアをイジメることはなくなっていたグラッドと、その父であり村長であるバーミル・パーディスを筆頭に、他数名の村人らが慌てて迎え入れる準備をしていた。そして、そんな皆の前で屋形の扉が開き、中から少年が出てきた。

 背は平均的で、その身体は贅沢の象徴ともなりえるほどに丸々太っており、金色に輝く髪をミディアムに伸ばしていた。常に持ち上がった口角と言い、村人を見渡すその目付きと言い、偉そうな顔つきをしている。


 兵士の一人がそんな少年の隣までやって来て立ち、村人らへ向かって高らかと声を上げた。


「こちらは、この辺り一帯の地域を治める領主エードル・トリット様の御子息――ジャン・トリット様であらせられる! 領主様の命を受けこの村へ視察に来られた! 快く迎え入れよッ!」


 騒めく村人達。そんな彼らを睥睨するかのような視線を向けて、ジャンがニヤリと歪めた口を開いた。


「グフフ。精々ボクを持て成して見せよ?」

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