第11話「魔法少女(物理)」

 僕は絶句した。

 みんなも同じだった。

 もとから表情の乏しい花未はなみ以外、全員が驚いた。


「さて、今日はわたしの管轄案件だねっ! 早速、悪い幻邪イビルシードは封印しちゃうから!」


 魔女っ子である。

 魔法少女だ。

 あり得ないくらい鮮やかな緑の髪は、異常に長い一房ひとふさの三つ編み。魔女っぽい帽子にマント、そしてピンクのドレスを着てほうきに跨っている。

 アニメじゃない。

 アニメじゃない。

 本当のことさ。

 だってこれ、ラノベだからね!

 でも、一つ……そう、一つだけ。ようやく僕が絞り出した言葉は、頭上の魔法少女を振り向かせた。


「も、もしかして……摩耶まや、なのか? どうして、お前……」


 そう、髪型も服装も変わっているが、間違いなく纏摩耶まといまやだった。

 彼は……そう、彼なんだよ、男なんだよ。

 魔法少女もとい魔法女装少年はそっと僕を見下ろす。そして「ないしょ!」とウィンクでくちびるに人差し指を立てた。

 駄目だ、完全にキャラになりきってる。

 そして、摩耶は堂々と名乗りをあげた。


「魔法少女マジカル・マーヤッ! 封印ページング、開始っ!」


 摩耶……いや、マジカル・マーヤは颯爽さっそうと空飛ぶ箒を加速させる。

 それは、彼女が浮いていた場所にドラゴンのブレスが炸裂するのと同時だ。

 一撃必殺の火炎攻撃を避けつつ、マジカル・マーヤが躍動する。軽やかに、鮮やかに、ドレスのフリルが揺れれば春色の香りが舞い上がった。

 そして、なおすさぶワイバーンへと魔法が炸裂する。


「マジカル、ラジカル、フィジカルチャージッ!」


 箒からジャンプで飛び降りるや、マジカル・マーヤが空中大回転。そのまま鋭角的なジャンプ蹴りで急降下……って、蹴り!? ちょ、ちょっと待て、魔法は!?


「必殺っ、マアアアアアアアヤッ、キイイイイイイイック!」


 魔法(自称)が炸裂した。

 仮面なライダーもびっくりの必殺キックだ、ジャンプ強キックぽくて、ちょっとめくり判定ありそうだなと僕は思った。

 魔法少女の飛び蹴りという、実にアンビバレンツな攻撃にワイバーンが揺らぐ。

 目から星が弾け跳んで、その巨体がぐらりと揺れた。

 その隙をマジカル・マーヤは見逃さない。


「オッケー、封印開始っ! 幻邪、回収だよ!」


 彼女は腰のポーチからを取り出した。なんだかキラキラした装丁そうていで、いかにもお金かかってますって感じの豪華本仕様だ。

 そのページが開かれると、伸びてしまったワイバーンが吸い込まれる。

 同時に、大惨事だった周囲の街並みを光が包んだ。

 そして奇跡が起こる。


「ちょ、ちょっと隆良たから! 見て……街が、直ってる」

「む、特異点反応が強く出ているな。では、あのマジカル・マーヤとやらは」


 壱夜いよや花未の驚きも最もで、あの冥沙めいさ先輩まで目をシロクロさせている。

 破壊の限りを尽くされた商店街が、元通りになった。逃げ惑っていた人たちも、首を傾げて互いに顔を見合わせるしかできない。

 そして、マジカル・マーヤは再び箒に今度は脚を揃えて座り、そのままスイーっと飛んでってしまった。

 気付けば僕は、その背を追って走り出す。


「ちょ、ちょっと待ってよ、隆良っ! 置いて、いかないで」


 呼び止める壱夜に一度だけ振り向いたが、気がいていた。冥沙先輩に続いて、摩耶までが突然別世界の人間になってしまったんだ。

 じっとしていられない。

 奴の親友としても、一匹のラノベ作家としても。


「悪い、壱夜! 先に花未とアパートに行っててくれ! それとな」

「それと?」

「摩耶、生きてるから! 僕は多分絶対、恐らく確実に生きてると思う!」

「……もう、ばか。なにそれ、全然絶対じゃないし、確実でもないし」


 しょうがないわね、的な笑顔を浮かべる、いつもの壱夜がそこにはいた。

 だから僕は大きく頷き、再び駆け出す。

 だから、僕は肉体労働が苦手で、万年運動不足の作家家業なんだってば……でも、気持ちが焦れて、もつれるような脚に力を込めさせてくれる。

 ざわめき混乱する人混みの中を縫うようにして、僕は遠くに消える魔法少女を追った。


「ぜえ、ぜえ、どこ行った……どこだ、摩耶っ!」


 既にもう、山手側の住宅街まで来ていた。

 俗っぽい「閑静かんせいな」なんて枕詞まくらことばがつきそうなくらい、静かで平和な住宅街である。

 この辺はそういえば、摩耶の住んでる家の近く、かな?

 そう思っていると、突然通りの奥で路地から光が溢れ出た。

 車のヘッドライトとかそういうんじゃない、一瞬だけシュバッ! て閃光が走ったんだ。

 僕は慌ててブロック塀の曲がり角に飛び込む。


「ふう……疲れた。って、あと何枚のページを封印すれば――ぁ!?」


 そこには、纏摩耶がいた。

 いつも通り、女装しててもバッチリ男で、その言動と見た目のアンバランスさが際どい摩耶である。彼は僕を見て固まった。

 僕だって、言葉を脳裏に探すが見つからない。

 必死で考えれば考えるほど、なにもいいフレーズが浮かんでこない。

 でも、声をかけたい。

 摩耶に言葉を贈りたいと思ったんだ。


「摩耶! 今ここに魔法少女が来なかったか?」

「えっ! そ、それは、あー、うん、それなー」

「バカヤロォ~! そいつが特異点だ! 魔法少女に化けて潜り込んだんだ!」

「えっ!? えと、んと」


 なにを言ってるんだ僕は。

 突然のネタフリに戸惑いつつ、摩耶は口をもごつかせる。


「あっ、魔法少女ね、魔法少女……あっちに飛んでったよー、うんうん!」

「そ、そうか。ありがとう、って伝えたかったんだ。助けてくれてありがとうって」

「隆良……エヘヘ、そう言われると俺も照れるなあ。って、あっ」

「やっぱりか。お前だったんだな、摩耶」


 摩耶は、ちょっと美少女がしてはいけない表情に凍っていた。

 いやまあ、女装少年だけどな。

 でも、彼はなにかを言おうとしては口をつぐむ。言いたいことや言えないことがごった煮になったような、さっきまでの僕とは真逆の状態だ。

 僕は、言葉がなかなか出てこなかったけど、伝えたい想いだけは一つだった。

 そして、それは何度でも口にしていいことだと思う。


「摩耶、サンキュな。でもさあ、魔法少女がキックはないだろー」

「隆良……俺のこと、怪しいと思わない? おかしいとかさ」

「んー、強いて言うなら……なまめかしい? 女の子っぽい口調になっただけで、こう、需要が爆増した気がする。コスチュームも似合ってたしな!」

「そ、そう……えー、それ喜んでいいのかなあ」


 照れくさそうに摩耶が髪をかきむしる。

 長くもないし、三つ編みじゃないし、普段のちょっと色が抜けたような茶髪だ。

 でも、そんな摩耶の頭をポンポンと撫でてやる。


「すげえ助かったよ。あと、えた。エモかった。キックはどうかと思うけどな」

「そこ、こだわるなあ。だってしょうがないんだよ。俺、魔女の家系だけど男だし」

「ん? そなのか? ……詳しく。詳細キボンヌ」

「うわ、またそんな死語を……ネットの極端な部分に浸かり過ぎだってば」


 少し落ち着いたのか、摩耶は僕に事情を話してくれた。

 摩耶の家系、。その血筋は、紀元前までさかのぼることができるらしい。そして、昔は大勢の魔女たちが協力してこの世界の均衡を保っていたらしい。


「俺、男に生まれちゃったからさあ。魔女に必要な、なんつーの? メイン魔力? 的な? 属性みたいな。そういう素養がゼロなんだよ」

「そ、そっか。それで」

「女の魔女、って言うと変だけどさ。女はみんな、自分だけの必殺魔法があんの。……姉貴あねきもそうだったからさ」

「姉貴?」

「そう、この地区担当の魔女。先代のね」


 僕は察した。

 摩耶が、男なのに魔女をやり始めた理由がわかってしまった。

 過去形で語られる、姉の存在。

 正当な魔女が去ってしまった今、代替品が必要だったのだ。


「でも俺、よかったよ。今日、初めて……魔女になってよかったと思った」

「……格好良かったぞ、あとかわいい。うん、間違いなくかわいい」

「マジでー? じゃあやっぱ、抜ける?」

「いや無理。親友で抜くとか無理ゲー過ぎるだろ」

「親友……俺が?」

「おう。違うか? お前が違うって言っても、僕の親友は僕だけの親友だよ」


 一瞬驚いたように目を丸くして、摩耶はクシャッと笑顔になった。その目尻に、夕焼けの光が雫を輝かせる。

 けど、魔法少女は涙を見せない。

 纏摩耶は男の娘おとこのこ、男だから泣かないのだ。


「とりあえずさ、摩耶。みんなも待ってるし、一度僕の部屋に来いよ」

「う、うん。……ちょっとみんなのリアクションが怖いけど。でも、隆良とならいっか!」


 これにて決着、めでたしめでたし。

 ではない!

 特異点は冥沙先輩じゃなかったのか? さっきも花未が気色けしきばんでいたし、どうなってるんだ? 謎はますます深まり、未知と神秘にざわつきが収まらない。

 でも、確かにこの時僕は……えもいわれる興奮に高揚していたんだ。

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