穏やかに刺激を謳って

中田滝

6:30


6:59

目が覚める。


ベッドボードに置いた携帯を開いて7:00に設定したアラームを解除し、通知を確認する。

ゲームアプリの通知が一件。

SMSの通知が一件。

LINEの通知が4件。

LINEは、両親からのものと大学の先輩からのもの、あとは部下からの仕事の連絡だった。

どれも、急ぎのものではない。

携帯を閉じてゾンビのように布団から這い出た。

高さのある収納付きのベッドから足を下ろす時、想定しているよりも強く音を出して着地してしまうのはいつもの事だ。


仄明るい室内に満足して、電気も点けないまま朝の準備をする。

30分後には家を出て、一時間後には会社。

五時間後に昼休憩をして、十時間後に退社。

家に帰ってから二時まで過ごして、眠りにつく。


今日もまた始まる。

何の変哲もない、いつも通りの日常が。


















6:30。

目覚ましの音で目が覚めた。

頭は寝惚けていてお世辞にも良い寝起きとは言えないのに、二度寝をしようという気は起きない。

初めての出社にソワソワして、小学生の頃の遠足当日のように心が浮ついている。

緊張、期待、不安。

色んなものが入り混じって、睡魔への感覚を鈍らせていた。

ベッドから下す足の動きも軽やかで、しなやかな動きで立ち上がった後、すぐ近くの簡易テーブルに置いてあった携帯を開いて通知を確認する。


SNSの通知が10件と、母親からのLINEの通知が二件。

〖今日から出社だね!緊張するし大変だろうけど、頑張ってね。忙しくなると思うから無理はしなくていいけど、またたまには顔見せて帰ってきてくれたら嬉しいです。行ってらっしゃい〗

〖スタンプ〗


「わざわざありがとう、、頑張ってくるね、、、と」


すぐにLINEを返して、洗面所に向かいながらSNSの通知を流し見る。

好きなアーティストがSNSを更新した。

自分の投稿にいいねがついた。

大体がそんな内容だった。


「映画の主題歌、、?すご、、」


歯磨きをしながら見ていた好きなアーティスト、〝シテ〟の投稿には、映画の主題歌を歌う事が決まったという告知が記載されていた。

元々歌ってみた動画を趣味で上げていたシテがメジャーデビューをしたのはまだ半年前。

その頃から人気はあったが、デビュー曲で爆発的な人気が出て、今ではTwitterのフォロワー数が100万を突破している。


〖【お知らせ】なんと、この度。8月上映予定の〝透き通るほどに濁って〟の主題歌を歌わせていただく事になりました!!〗


短い文章を添えた映画の公式アカウントの引用リツイートには、一晩経った今、既に5万ものいいねがついていた。

今なお歯磨きをしている数分の間で100単位で増えていくいいねに自分の微力を添えて、PVの一部であるイラストで曲への想像を駆り立てて、引き続き朝の用意に戻った。


「Ah~~♪」


髪をセットする間も、シテの映画主題歌への期待が頭から離れず、今まで発表された三曲を鼻歌で歌い続けている。

一曲目二曲目は激しい楽曲、三曲目は曲調をがらりと変えた妖艶な雰囲気の楽曲。

その全てが既に動画サイトで1000万再生を達成している。

4つ下の彼女に看過されて自分も幼い頃の夢を追いかけようと思った時期もあったが、結局今こうして無難な選択を取り、普通に就職をしている。

ただ、就職をするという選択肢の中では自分の中で最良のものを選んだつもりだ。


就職したのは日本で有数のゲーム会社。

シェア一位は別会社に取られているが、どちらかというと子供や家族向けのその会社よりも、元々就職先のゲームのほうが好きだった。

映像の綺麗さや動きの滑らかさ、ギミックの多さ。

そんなところに惚れこみ、大学ではゲームサークルに入ってゲームをひたすらにプレイしながら、独学でプログラミングを学んだ。

その集大成として、フリーゲームを作ってネット上に公開し、面接の時に〝良ければお時間がある際にでも見ていただけますと幸いです〟と宣言したのが功を奏したのか、特に何もなくすんなりと採用される事になった。


あとあと思い返すと、あの程度の出来であのアピールは蛇足だったなと思うが、過ぎてしまった事は仕方ないと諦めるしかない。

もしかしたら、何かしらの努力を感じ取ってもらえたのかもしれないし。



「いってきます」



そう独り言ちて、余裕を持って家を出た。

順調にいけば、出社30分前には会社に着く。

順調にいけば。

こういう時は大概遅延などの何かしらのアクシデントに巻き込まれると、今までの少ない人生経験で学んできた。

どんな理由があれ、初日から遅刻して印象を悪くするわけにはいかない。

そう気合いを入れて力強く最寄駅に向かって歩き出したのに、、



「早過ぎた、、、」



会社を視界に捉える。

思いの外早かった歩く速度のせいで、出社の40分前に到着してしまった。

流石に、この時間に行くのは遅刻するのと同じくらい失礼にあたる気がする。

社会経験はないが、何となくそんな気がした。





「ああ、、。涼しい、、」


流暢にカフェで時間を潰すのは見られている不安と遅刻してしまう不安感が付きまとい、コンビニで水を買って、近所の公園にある木陰のベンチに背を預けて空を見上げた。

雲一つない空。

というと嘘になるが、あながち間違いとも言い切れない清々しい天気をしている。

これがニュース番組だったら〝新社会人の門出を祝うに相応しい晴れやかな天気〟と大袈裟な笑顔で公共の電波に乗せるのだろうなと思った。

勿論晴れやかな気持ちもあるしそれが大半を占めてる新社会人も多くいると思うけど、今胸中にあるのは半分以上が不安と緊張で、晴れやかな気持ちはスーツが暑いという感情より少し多いくらいだ。

幸い、花粉症持ちではないから四季の中で1、2を争う過ごしやすさの春は好きなほうだが、スーツで外に出るとなると好きにも若干の濁りが出る。

異常気象で桜はほとんどが散ってしまっているし、あまり新しい門出という感じではなく、どちらかというと企業説明会に足を運んでいた初夏の頃の感触に似てるかもしれない。

影に入って風を浴びればこれ以上ない季節だと思えるけど。


「、、、そろそろ行かないと」


目を閉じて心を落ち着かせては携帯で時刻を確認してソワソワしてを繰り返す事約10回。

集合時間の20分前になり、漸く身体を起こした。

まだまだ胸中は不安や緊張で溢れ返っているが、いつの間にかあった身体の強張りは少し取れている気がする。


「ふわあ、、、」


それと同時に眠気も襲ってきたけど。

午前中は大きな会場で入社式と会社説明。

途中で立つ事もあると思うけど、ほぼ座りっぱなし。

そんな予定を控えてるのに、表に出てしまうくらい強い眠気が、、。

、、きっと。朝に飲んだコーヒーがあとあと効いてきてくれる。

ただの嗜好品に過剰な期待を寄せて、無理矢理引き締めて変に強張った顔で受付へと向かった。





「新入社員の皆様。この度は数ある企業の中から弊社を志願していただき、誠にありがとうございます。晴れ渡る青空が広がるこの素晴らしい日に皆様の晴れ姿を見れた事、とても嬉しく思います」


いざ入社式が始まると、身体の強張りは一瞬でも緩和されたのかと疑ってしまう程すぐに戻ってきた。

眠気も、大勢の視線に晒される事による緊張感で吹き飛んでいる。

コントロール出来るものではないしいつか戻ってくるかもしれないが、今はひとまず緊張で荒くなりそうな呼吸を整える事に専念した。


「もしかしたら、どこかで関わった事のある方もおられるかもしれませんが、ここにいる皆様のほとんどと、今までは何の関わりもありませんでした。ただ。面接を経て、今日を経て。皆様とは同じ志を持つ同士になります。私の挨拶が終われば共に進んでいく上での注意点や簡単な説明事項を専務からさせていただきますが、長くなってしまうのできっと眠たくなると思います。ですが、最低限のルールを持って一緒に歩んでいただきたいので、どうか最後までご静聴ください」


最後に簡単な挨拶を挟んで、社長の挨拶は終わった。

時間にして5分程度。

偉い人の話は長い印象がある。

学校という小さいコミュニティのトップなだけの校長先生ですら20分以下に収まってた記憶がないのだから、大企業の社長はさぞ長いご高説を垂れるんだろうと思っていたのに…。

短いだけじゃなく、どこまでも腰が低く優しさが滲む挨拶だった。

それだけの要素で、簡単にこれからの社会人生への期待値が上げられてしまった。

我ながら単純だと思うが、その後出てきた専務も同様に簡潔な話かつ腰が低く会社への印象はうなぎ登りになっていく一方なのだから仕方ない。




「あっちのコンビニで買ってもいいし、食券買ってあっちのカウンターで受け取って食べてもいいし、何食べるかは自由に選んで。選び終わったらさっきのあの席で集合ね」


何とか寝ずに耐えた会社説明の後、初対面の同期二人と案内係の桝井さんに連れられ、社食へやってきた。

流石は大企業。

社食は大型ショッピングモールのフードコートような形式と広さをしていて、入口近くの券売機だけで5台。

和洋中と受付カウンターが別々にあり、コンビニも街で見かけるものと遜色ない大きさをしている。

間違いなく、駅のホームにあるコンビニよりは大きく、品揃えも豊富だ。

こんなにも目移りしてしまう場所で、食べる時間も含めて二時間しかないというのはあまりにも酷な気がするが、今まで色んなアルバイトをしてきて二時間も休憩を取らせてもらえる事なんてなかったから、むしろ休み過ぎの部類に入るだろう。

初日で同期と親睦を深める意味合いも込めての二時間だから、いつもこんなに長時間というわけではないらしいが。

その説明を案内役の桝井さんにされてショックを受けたのは、同行している同期の二人も同じ、、だと思いたい。

誰だって、休める時間は長いほうが嬉しいはずだ。

これから一緒に働いていく仲間にワーカーホリックな人がいない事を祈ろう。


「広報課所属の新山静香にいやましずかです。出身は熊本で、この会社の公式ツイッターが面白くて入社しました」

田口一平たぐちいっぺいです。営業課所属予定です。大好きなこの会社のゲームを色んな人に知ってもらいたいと思い入社しました」


全員が食べたいものを買って席についた途端、桝井さんの号令で自己紹介が始まった。

どうせみんな同じ入社動機でゲームオタクだろうと思い好きなゲームや好きなキャラクターを語ってしまったのは蛇足だったかもしれない。

二人の簡潔な自己紹介を聞いて、自分のあまりにも陰な部分を悔いた。

若干早口になってしまった気がするし、桝井さんから向けられる生暖かい視線が辛いし、願わくばこの広い食堂の端で音を立てずに蕎麦をすすりたい。

、、、蕎麦という意外性のある目立ちやすいチョイスも確実に間違った気がする。


「三人ともありがとう。食べながらでいいから私の自己紹介も聞いてね。名前はさっき言った通り桝井沙希ますいさきです。入社二年目で、新山さんと同じく広報課所属。たまにリリースイベントに出たりしてたんだけど、、、。あんまり知らないよね?」


知ってる。

リリースイベントは、どんな時間でも必ず見ていた。

だが、さっきの失態を恥じていて出来るだけ目立ちたくない気持ちが先行し、堂々と頷く事を憚らせた。

それに、知ってると言ってしまえばゲームだけに留まらない女好きなのかと思われてしまいそうで、どんどんと濃くなっていってしまいそうな自分のキャラ付けに辟易として首を縦に振ってしまった。

社交辞令かもしれないが一拍遅れて首を横に振った同期二人に対して裏切られたような視線を向けてしまうくらいの事は許してほしい。


「世那君だけ知らないのは意外かも。あんまりリリイベ見ない?」

「、、はい」


一度否定してしまった手前、もう後戻りは出来ない。

最新作の発表の時に司会をしていたのもはっきりと覚えてるが仕方ない。

なんだったら一緒に見ていたゲーム同好会の先輩が新人の頃の桝井さんのモノマネをし出して爆笑していたが知らないものは知らない。


(大学の新歓コンパを思い出すな、、)


あの時も、周りに合わせようとしすぎて自分のキャラ設定を間違えた。

その結果、あまり誰とも関わりたくないコミュ障かっこつけ一匹狼のポジションを確立してしまった。

元々あったポジションでは無いと思うから、確立したと言うほうが正しい表現なのかもしれないが。

とにかく。

ここからは自分のキャラ設定を出来るだけ失敗しないようにしないといけない。

そう考えながら、場を白けさせないようにと話題を振り続けてくれる桝井さんへの返答を、ギャルゲの主人公になった気分で複数ある選択肢から選び続けた。

上手くいったかは分からない。

会話は、自分から振らなくても平等に振り分けてもらえてるから。

だから今はまだ、直感に任せて選択し続けようと思う。

言葉の意味を正確に捉えられているか分からないとは理解しつつも、これが噂に聞くブランディングなのだと自分を言い聞かせながら。



「よし。じゃあご飯も食べ終えた事だし、この後の事を説明します」


食べていたものが蕎麦だった事もあり、真っ先に食事を終えるという失態を犯したせいで会話を弾ませる格好の的となってしまったが、何とか全員が食べ終えて食器を返し終えるまでの30分を凌いだ後、不必要に疲れた頭で桝井さんの話に耳を傾けた。


「この後は二部制に分かれて、各部署で個人面談をする組と、会社案内組で行動してもらいます。世那君と田口君はまず私が会社案内するから休憩が終わったらここに迎えてくるから着いてきて。新山さんは広報の別の人が迎えに来るからその人に着いて行って個人面談ね。ちょっと準備があるからそれまで三人で親睦深めてて」

「「「はい!」」」


新社会人らしく元気に返事をしたはいいが、この後の事は何も決まっていない。

この後の事。とは言わずもがなMCのいなくなったこの即席メンバーでの会話の内容だ。

会社の話、学生時代の話、ゲームの話。

話のタネとなるものは桝井さんが十二分に撒いていってくれた。

それでも尚会話の切り口を作れない自分の姿を客観視して、新歓で出来上がってしまったキャラクターは案外間違ったものではなかったなと思わされた。


(実は会社の人がどこかで見てて会話の内容によって仕事内容が変わるとか…)


そう思うと話を早くしなくてはと焦るが、不確定要素だけで出来た焦りだけで話し始められるなら、とっくのとうに会話の中心になれているだろうなとも思った。


「個人面談ってどんな話するんだろうね、、ドキドキしてきた、、」


三人の中で一足先に個人面談を受ける新山さんがそう話しかけてきた。

そう。話しかけてきたんだ。決して独り言じゃない。

もし独り言だったら、各部署毎に特化した面接みたいな感じっぽいけど、、。

という返答が宙に浮く。


「そうですよねきっと。無難に営業課を選んだので専門的な質問されると答えられる気がしないんですけど、、」


距離感をまだ測りかねていそうな田口君がそう言った。

そこからは何を何で警戒していたのか分からないくらい話が弾み、あっという間に休憩の時間を終える事が出来た。

考えてみれば当然の事で、会社、年齢、初対面という三人共が同じ条件下で共通の話題も多くある中でたった一時間足らずの時間会話をもたせられないはずがなかった。

むしろまだまだ話したりないと思うくらいの感覚が、会社案内をしてもらっている今も心の隅に残っている。

そんな感情を持っているのに連絡先を交換しようと行動に移せないあたりが、大学で狭く浅くしか交友関係を築けなかった所以なのだろうなと資料室を案内してもらったあたりで自傷した。



「君が世那君かな?本日個人面談を担当します。システム統括の佐藤さとうです。案内するから着いて来て」


会社案内が終わり、食堂で一時待機をしていたところに迎えが来て、先程案内してもらった会議室へ向かう。

会議室は本来中央に置かれていたであろう長机を端に寄せてあり、パーテーションで等間隔に区切られたスペースに食堂にもあった三人用くらいの大きさの丸テーブルと椅子2脚のセットがそれぞれ設置されていた。

椅子は向かい合わせ。

促されるままに座ろうとしたが、確かこういう時は一度椅子の横に立って再度促された時に座るんだったとぎりぎりで思い出して、逆再生のように立った姿勢に戻った。


「座らないの?」

「あ、はい。すみません」

「?いえいえ」


多少の思い違いこそあったものの、無事に個人面談はスタートした。

そう、思い違いだ。たった少しの。

決して間違ったマナーではなかったと思いたい。今の振る舞いも面接の時の振る舞いも。


「ちょっと待ってね。世那君の資料はっと、、」


そこまで分厚くない資料の束から目的のものを探そうとしている佐藤さんを直視するのも気まずく、かといって他の人の資料をじっと見つめるのもダメな気がして、さして興味のない丸テーブルのカーブの滑らかさに考察を立てながら隣から聞こえてくる別の人の面談の声に耳を傾けた。


(とんでもない高学歴が聞こえてきたけど気のせいだよな、、、)


隣から聞こえてきたのは国内で1、2を争う偏差値の大学卒だという話。

しかも、どうやら同じ部署に配属予定らしい。

丸テーブルに思いを馳せるという謎行動のおかげで少し落ち着いていた心音がまた激しくなり始めた。

同じ部署といっても、厳密にいうとプログラミングをするという同じ仕事内容の中でも担当する工程であったり段階、役割が違ってくるようなので、全く一緒という事はないのかもしれないけど。

それでも、もしかしたらとんでもない同期と比べられるかもしれないという不安は強く胸を締め付けた。

胸、、?いや、締め付けられているのは胃かもしれない。

どのみち、臓器への負担は計り知れない。


「あったあった!、、あ。あのゲーム世那君のだったんだ」


前言撤回。

心臓が高鳴って胸も締め付けられ始めた。

早急に元データごとその資料をこちらに引き渡してもらいたい。


「あれ発想が面白いよね(笑)ゴミ捨て場が舞台でさ、そこにあるゴミを武器にして戦うっていうの。キャラクターがねずみをモチーフにしてるところに凄い愛を感じてさ。ちょっと社内で話題なってたけど桝井さんから何か聞いてない?」

「いや、、特になにも、、」


褒められたら褒められたで別の気恥ずかしさがある。

あのゲームを知ってる中でキャラがねずみだという要素を褒めてくれたのは佐藤さんと大学の先輩でよく一緒にゲームをしていた安穏先輩だけだ。

他の大してゲームを知らない興味本位だけでテスターをしてもらった人達は口々にキャラが気持ち悪いだとか人間じゃないから操作性が悪いだとか。

そんな製作者の拘りを真っ向から否定するようなコメントばかりしてきた。


(やっぱりこの会社に入社してよかったな)


たった一言でそう思わされた。

ゲーム好きにはゲーム好きのシンパシーみたいなものがあるのだなと、同期二人と話している時に言語化出来なかったものが明確になった。


「あれ一番流行ったのが広報課でさ。桝井さんもFPS系のゲーム好きだから絶対やってると思うんだけどなあ。あのゲームってどんな感じで作り上げていったの?ほら、アイデアがどこから湧いてきたとかこの順番で作っていったとか」

「元々田舎の生まれなので、そこでよくねずみが餌を巡って争い合うのは見てたんです。田舎だと田んぼとか畑とか用水路でよく見るんですけど、都会だとゴミ捨て場じゃないですか」

「うんうん」

「だったら畑とかよりも食べ物は少ないし、更に戦いは苛烈になるんじゃないかなと思って──」


心から楽しそうに相槌を打ちながら話を聞いてくれる佐藤さんを見て、発想から拘りまで、どんどん話がエスカレートしていった。


「キャラがねずみなのはやっぱり拘りがあったんだね」

「そうなんですよ。それなのにテストプレイをしてもらった友人達は口々に否定ばっかりしてきて──」


しまった、と思った。

いくら楽しそうに話を聞いてくれるからと言って、誰かを卑下するような発言はマイナスプロモーションにしかなり得ない。

恐る恐る、逸らしてしまった視線を佐藤さんへと戻す。


「あー確かにそれはあるかもね。ゲームをする層でゲーマーと呼ばれる人達ってごく一部でさ。そういう人達をライト層って呼んでるんだけど、そのライト層の人達は拘りより操作性とか分かりやすさみたいなのを求めるから、世那君みたいな職人気質の人だとどうしても分かり合えないところがあるよね」


返ってきたのは肯定でも否定でもなく客観的な事実だった。

つまらなく狭い知見で苛々していた自分が馬鹿馬鹿しくなる。

少し考えればライト層のほうが圧倒的に多い事なんて分かるはずなのに。


「でもまあ、そういう拘りは大歓迎だよ。勿論売れるものを作らないといけないからどうしてもライト層に合わせるところが多くなってしまうんだけど、、、。でも画質とかさ。凄いと思わない?」

「確かに、、。綺麗過ぎるくらい綺麗ですよね」

「そうだよね!先月発売したのとかもさ。構想が出始めた頃何回もこんなに拘る必要無いんじゃないかって話出たんだけどさ。結局デザイン部とウチが押し切られる形でああなって。でもそのおかげで話題性が生まれて予約時点で発売数かなり多かったから、結局拘ったらダメっていうよりどこに拘るのかみたいなところなんだろうなって思ったよ。その時は必死過ぎて押し切られた上司への悪態ばっかりいてたけどさ」

「佐藤君?」

山辺やまべさん!?いやだなあ。山辺さんの事じゃないっすよ」

「あとで資料整理ね」

「えっ。や、山辺さ~ん」


佐藤さんの尽力むなしく、隣でしていた面談を終えたらしい上司らしき人は資料整理を決定事項として会議室を去っていった。

資料整理。楽そうだけどそうじゃないのかな、、。

願わくば、最後に自分に向けられた山辺さんの笑顔がいつまでも曇らないように気を付けていきたい。

佐藤さんに向けられた冷たい視線を喜びと表現出来るほど、自分の感性は特殊に侵されていなかった。


「え~っと、、。気を取り直してここからはちゃんと質疑応答とか進めていくね」


そこから、あからさまにテンションの下がってしまった佐藤さんにいくつか質疑応答をされ、担当部署を言い渡されて個人面談は終了した。

配属部署はIT一部。

ゲームの構想を練ったり発案をする部署はどうかという話が多く上がったらしいが、プログラミングをしたいという意思を尊重してくれたらしく、人数も多くプログラミング歴が浅くても教える余裕があって大丈夫なIT一部に配属となったらしい。

流石大企業。

これが人員の足りない企業だったら、新入社員の要望など二の次に考えられるのだろうなと上層部の決定に深く感謝した。

佐藤さんは自作のゲームをあれだけ褒めてくれたけど、言ってもらったような大衆向けのゲームの立案なんてものはまだまだ経験の浅い自分には出来そうもない。

勿論興味はあるけど。

一つのプロジェクトに対して動く人員や予算を考えたら、とってもじゃないけど浅い興味だけでプロジェクトを背負う覚悟は持てない。

まずは初志貫徹で最初に興味を持ったプログラミングから。

その後縁があればプロジェクトリーダーなんかも、、、。

いや、今はまだ考えるだけでも胃が痛くなる。

そういうのは隣で個人面談してた高学歴同期にでも任せよう。

自作ゲームの話に熱くなりすぎて結局どこの部署に配属になったのか聞きそびれてしまったけど。

まあプログラミングを担当する部署なんてそんなに多くないだろうし、どこかで会うだろう。、、、多分。






「ただいま~、、」


アパート特有の少し重い玄関扉の錆びた音を聞きながら、誰もいない真っ暗な部屋に帰宅を告げる。

これをしてれば精神的に参るのをある程度緩和出来ると一人暮らしの先輩に聞いてからやり続けてるけど、言う度に虚しくなるだけで逆効果になっている気がするのは気のせいだろうか。

それともまだ慣れていないだけで、慣れてきたら効果を実感出来るようになるんだろうか。

疑いはしつつも続けている辺り自分の中でも完全に否定し切れていないんだろうなと、特に否定する事はなくどっちつかずな性格を客観視した。

こんな性格だから、薦められるものを薦められるままに試して無為にやる事ばかりが増えてきてしまうんだ。

今日だって、少ししかない帰りの電車の時間を携帯ゲームの一日分のノルマを消化する事に費やしてしまった。

せっかく奇跡的に座れたのに。

こういう時に流されるでもなく自分を磨く事、例えば本を読むとかそういう事をしている人が早く出世していくんだろうな、、、。


(せめて明日の準備でもしとくか、、)


何もせずに寝る準備だけして明日を迎える事に焦りを覚えて、購入した際に付いてきたハンガーにズボンとネクタイとジャケットをかけて、まだ少し冷えるフローリングに下着のまま座り込んだ。

冷たさと硬さが疲れた身体に優しくないが、今はこれくらいが丁度いい。

座り心地なんてものを求めてしまったらすぐに寝てしまう自信があるから。


「やるかあ~~~~」


自分一人しかいない部屋で溜息交じりに気合を入れて、今日受け取った資料を机の上に広げた。

保険関連の書類だったり、企業理念だったり就業規則について記されたものだったり。

この辺りは今日説明してもらったし今はまだ覚えてるから一旦封筒にしてまって置いておくとして。


「これも明日でいいやつだから大丈夫」


封筒とは別にクリアファイルに挟んで一旦鞄に戻したのは、面接や個人面談についてのアンケート用紙。

どうやら、面接官や個人面談者もこのアンケート内容で評価されるらしく、佐藤さんには冗談交じりに良い事いっぱい書いといてと言われた。

そもそも入社してすぐの新人が辛辣なレビューをつらつら並べるなんて無理だろうと思って二つ返事で了承したが、佐藤さんの人柄のおかげで緊張も解れて楽しい面談になったしわざわざ言われずとも書きたい事は良い事しかない。

問題は明日設けてくれるというその他諸々の書類も込みで記入する時間内で、このほぼ白紙に近いB5のアンケート用紙が埋められるかどうかという事だ。

携帯やパソコンやゲーム機ばかり触ってきたせいか自他共に認める遅筆の自分では時間内に佐藤さんの魅力を書き記す事が出来ないかもしれない。


「アンケートの内容考える、、と」


明日の通勤の電車内で先にある程度考えておくために携帯のメモにやる事リストをまとめる事にした。

たった15分程の時間でも、少し考えるくらいは出来るだろうきっと。

ゲームも朝に溜まってる分は消化出来るし、アンケート内容を考えても時間にお釣りがくるくらいの余裕はあると思う。

だからきっと大丈夫。

こうやって何でもゲーム基準で考える癖のせいで見た歴代の痛い目達が頭を過ったが、そんなものは不必要な書類と共にゴミ箱に放り捨てた。


「よし!終わり!」


無事に終わった書類整理で上がったテンションのままに立ち上がった代償は、硬く冷たい床に押さえつけられたお尻から先の痺れだった。

立ち上がると同時に電流が走ってそのまま後ろのベッドに倒れこむ。

丁度いい気温。五月蠅過ぎない風の音。まだ活気のあるアパートの外。

身体の状態とは全く違う環境に、轢かれたカエルのような姿勢のまま眠りにつきそうになってしまった。

シャツにパンツに靴下で?お風呂も入らず歯も磨かず?

流石に社会人一日目からそんな状態はダメだろうなと、思い直してみた。

、、、うん。

思い直しはしたけど身体は痺れたままでついてこない。

春の心地いい微睡みが勝つか社会人一日目の特別感が勝つか。

聞こえてくるバイクの音に耳を傾けながら、まるで実況者になったような気分で自分のこの後を他人事へとすり替えた。

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