第4話

 土曜日と日曜日を跨いで、週明け登校月曜日。


 わたしはこの休日は何も手につかなかった。考えてしまうのだ。あの時のキスを………

 思い出しては、悶えて。

 思い出しては、叫んで。

 思い出しては、ボーッとする。


 朝登校したら、隣の席の子、井上いのうえ 静玖しずくちゃんがイメチェンしてきて。

 長かった前髪はバッサリと断たれ、不自然に顔を隠すようにつけていたマスクもお役御免と外されていた。

 そんな井上 静玖ちゃんに朝のホームルームを待たずして連れ出され、見事駆け落ちの如く、先生に無断で逃避行を決めたわたしと彼女は旧校舎の音楽室へと身を潜ませた。


「(あの時の井上 静玖ちゃん、なんか公園で鬼ごっこする男の子みたいで可愛かったな)」


 なぁんて、この土日を含め月曜日今日まででもう数十回は井上 静玖ちゃんのことを「かわいい」とわたしは思ってしまっている。


 おかしいかな。ここ数日は何故だか井上 静玖ちゃんのことばかり考えてしまっていたせいで、わたしとしては珍しく大事な恋人、タッくんへの返信を忘れてしまうミスまで犯してしまうほどだった。


『キスしていい?』と問うてきた時の、あの井上 静玖ちゃんの表情。

 お腹の前で指をイジイジ、目線をわたしでは無く、やや左下に固定して頬をうっすらと桜色に染めたその顔は、表しがたい、だがしかし完全にそれは紛うことなきの顔だった。


 それから、、わたしは、女の子同士ならばキスをしても赤ちゃんができないことを知り、井上 静玖ちゃんの女の子な表情も相まって、キスの許可を出した。そう、出してしまった。


 あの、唇に痺れるようなふにゃっとした感覚。口の中をわたしのものでは無いものが凌辱する快感。

 彼女、井上 静玖ちゃんの唾液とわたしのとで混ざりあった甘蜜が、喉を巡り、体内へと侵食した時の頭に霞がかかったような時間。


 どれもが、わたしにとっては初めてのもので、そのどれもが、わたしに『気持ちいい』を教えてくれた。

 忘れることなんて、出来るはずもない。


 あぁ、考えれば考えるほど、胸の高鳴りが止まらない。

 この感情は、いったい?


「(もう一回、してくれたり?)」


 なんて自分勝手な考えに思考回路が行きついたところで、わたしはこれでもかと言うほど首を横に振った。



―――でも、ちょっと、少しだけ。

期待しちゃったりもする。



 学校について、教室に入る。

 休日を挟んでも、やっぱりクラスメイトたちが落ち着きを取り戻すことは無かった。

 わたしは自分の席、の隣に清然と座る(やっぱり美少女)井上 静玖ちゃんを見る。


 あの日、キスをした後はわたしが二人きりの空間に耐えられなくなって「教室に戻ろう」と言ってそそくさと音楽室を出てしまった。

 キスをする直前まで考えていた先生への言い訳もすっかり頭の中から削除されていて、結局わたしと井上 静玖ちゃんは先生に素直に怒られた。


 その日はそれ以降、井上 静玖ちゃんとは話す機会は無く、代わりにわたしには親友二人を含めたくさんのクラスメイトたちに「何をしたんだ」と口々に聞かれるはめに。


 まぁ、もちろん「キスをしてきました」なんて言えるはずも無いから。てきとうにはぐらかして、なんとかその日一日を乗り切った。


 そして今、わたしは自席へと座る。

 クラスメイトたちがチラチラと井上 静玖ちゃん、プラスわたしを横目で見てくるけれど、無視。気にしても仕方ない。


 親友たちに挨拶を済ませて、朝のホームルームが始まるまで談笑する。


 それでも意識は隣の席にいってしまう。


「(あいさつ、した方が良かったかな?)」


 今からでもするべきか、否か。

 ここで挨拶をしなければ、何故だか井上 静玖ちゃんとはもうずっと話せないような気がしてならない。


「(それは、やだな)」


 いったい、井上 静玖ちゃんと話せなくなることが、なんで自分は嫌なんだろうか。

 この気持ちは、なに?


 いや、そうだ。きっとあの時のことわたしは詳しく井上 静玖ちゃんに聞きたいんだ。

「なんでわたしとキスしたの?」って。

 ただ、その疑問が晴れることが無くなってしまうのが嫌だから。きっとそうだ。それ以外に、理由なんて、きっと、きっと………



 だから、わたしは今日も、わたしから、彼女に話しかけた。



「お、おはよう!」

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